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第三話 王女とハートゲージ

 1


「嬢ちゃん、あんたがウチに来てから、がらっと運が向いてきたようだぜ」

 ザルネル・ウレバスキンは東洋式に手を合わせ、メガネの女を崇めた。

「そりゃあ、前よりは大きな契約が舞いこむようにはなったんでしょうけど、その分、危ない目にも遭ってるじゃないですか」

 ナオ・シーダースはコクピット右端の指定席で紅茶をすすった。

「危ねえのはなにをやっても同じよ。複次元航法を駆使する、俺たちのような人種は特にな」

『複次元航法』の発明以来、人々は時空の『架け橋』を使って、宇宙の至る所へ短い時間で行けるようになった。だが、技術の輝きはその大きさに比例して影の部分も色濃くしていった。ちょっとした設定ミスや、ちょっとしたプログラムのバグのせいで、宇宙ステーションや地上都市のど真ん中にワープアウトした船が、数万の命を一瞬にして奪うことも稀ではなかった。

「そうまでしてお金を稼ぎたい理由って、なんなんですか?」

「ん、あー……」ザルネルは赤いキャップをかぶり直した。「そういうことについちゃ、お互い干渉しないことにしてる。まぁ、そのうちわかるだろうさ」

「はぁ」

 危険を冒してまで大金を手にする必要など、ナオにはまったくなかったのだが、ザルネルたちにはお金ではとても買えない『借り』があるため、日々宇宙のどこかでひぃひぃ言わねばならなかった。

「さて、幸運の女神様よ」ザルネルはパンパンと手を打った。「お次はもうちっと楽に、そいでもうちっと儲かる話を、どうかお一つ」

「そんなことばかり言ってると、そのうち罰が当たりますよ」

 その後、ザルネルが女神の言葉を重く受けとめるようになったのは、今回の依頼がきっかけだったのかもしれない。



 2


「たしか……ここのはずだが」

 ヘイズ・スモーキーJr(ジュニア)は、白いスーツの内ポケットから小さな端末を取りだし、電子地図とまわりの景色を見比べた。

 広大な森の奥深くにぽっかりと口を開けた、小さな湖の畔。依頼人はそこで直接会って交渉したいと希望してきたのだった。

「あっちに誰かいるよぉ?」

 ショコラ・ビーメイは額に手をかざし、対岸を見つめた。

 この肌寒い北国の秋に、少女は可愛いリュックを背負い、タンクトップ一丁ではりきっている。まるで田舎の子供の遠足だ。

「さ、寒くないんですか?」

 ナオは厚手のコートをしっかり着てもまだガタガタ震えていた。

 ザルネルはスタジャンのポケットに手を突っこむと言った。

「こいつとは比べねえほうがいいぜ、嬢ちゃん。氷河をぶち割って生まれてきた新種だそうだからな」

「ったく、何回同じ話すればいいんだよぉ。こーれだからおじいちゃんは……」

 ショコラは肩をすくめた。

「ンだと!」

「ボクは行軍中に落っこちたクレバスの底から、這い上がっただけだよ」

「ああ、思いだしたぜ! そこに住んでいた雪男に育てられたんだっけな」

「勝手に話つくるなっ!」

 ちっこい娘と口ひげオヤジは、互いにファイティングポーズをとった。

 ともかく……ショコラは極度の暑がりだった。

 湖の向こう岸で、馬に乗った誰かが手をふっている。依頼人らしき男は供を一人連れているようで、二頭でこちらに向かっていた。

 しばらくして、スーツ姿の老人と乗馬服の女が草深い小道を歩いてきた。白髪の紳士は依頼人のオーレ・ヤーゲ氏とナオは知っていたが、すぐ後ろを行く美少女ははじめて見る顔だった。

 二人が並ぶようにして立ちどまると、ヤーゲは悪気のない顔で言った。

「遅れて申し訳ない。城を抜けだすのに少々手間取りましてな」

 ヘイズは怒っているのか笑っているのか、口をむずむずさせている。『白い』サングラスのせいで感情は一部しか読み取れない。

「真の依頼人はそちらのお姫様のほうかな?」

 金色の髪を束ねて三つ編みにしたその顔には、王族独特の気品がうっすら漂っていた。とはいえ、まだ若すぎるためか、飾り気のない乗馬服を着た限りではどこぞの屋敷のお嬢様くらいにか、ナオには見えなかった。

「ハンメル王国第三王女、カーネリアンです」

 少女が言うと、ヘイズはさっと片ひざをついて頭をたれた。住んでいる国はおろか惑星(ほし)もちがうのだから、そこまで固くなることはないと、王女は男を立たせた。

「では普段通りに……。今回はどのような依頼で?」 

 カーネリアン王女は思いつめた表情で、スモーキー一味に歩み寄った。

「私の心を、奪ってほしいのです」

 秋の冷たい風が一つ、吹き抜けた。

 ガァガァと水鳥が浅瀬でたわむれる。

「っくちん!」

 ナオのくしゃみで、ヘイズはようやく我に返った。

「そ、そういった相談は、どこぞの国の王子様にでもなさったほうが……」

「あなた方には奪えないものはないと聞きました」

 それを言われると話を聞かないわけにはいかない。

 王女の教育係を務めるヤーゲが事情を語った。

「事はよくある世継ぎの問題です。我らハンメル王国には三人の王女がおりまして、通常ならば第一王女が女王の位を継ぐはずなのですが、これがどうも、その……」

 老人が渋い顔で言葉を濁そうとすると、ザルネルが代わりに言った。

「どうしようもねぇアホで困っていると」

 無礼な発言に、ヘイズとナオはキッとにらむ。

 ザルネルはどこ吹く風と、タバコの先を赤くした。

「ま、ありていに言えば、そういうことですな」

 教育係は冷たく言った。

 第二王女もこれまた手のつけられない遊び人で、ちょっと目を離すともう、国外の盛り場を供もつけずにほっつき歩いているという。

 女王は古くからのしきたりを重んじる性格で、世継ぎには当然ながら長女を推していた。それに対し重臣たちは、国の将来を思えば、気立てもよく俊才でもある末娘カーネリアンしかいないと力説していた。このままでは王位をめぐって血みどろの争いを引き起こしかねないと、依頼人たちは顔を曇らせるのだった。

 カーネリアンは言った。

「私は女王の位などには興味ありません。街を行き交う人々のように、自由に生き、自由に恋をして、子を産み育て、そして王国の土へと還りたい」

 ナオは王室の恥を事もなげに語る教育係や、それをとがめようとしない王女にいささか疑念を抱いていた。

「あの……これはあくまで素人の常識ですけど、よほどのことがない限り、王女ほどの位の方が一般庶民の人と結ばれることはないと思うのですが……」

 乗馬服の王女は黒い帽子をとって老人に手渡した。天の恵みを受けた光の草原が風に揺れ、その下の青い瞳がナオを見据える。

「これは我が王国独特の風習なのですが、王位継承権第三位以下の王女が平民の男と恋に落ちてしまった場合、その愛が嘘偽りでないことを証明できれば、その人は王族から抜け、庶民として生きることを許されるのです」

 王族でなくなれば権力争いで命を狙われることもない、か……あまりにロマンチックな異郷の文化に、ナオは頭がくらくらしてきた。

 でも本当だろうか……少し意地悪な質問をしてみたくなった。

「その愛が本物であると、どうやって証明するのですか。演技を磨けば嘘をつくことだってできると思いますけど」

 王女は微笑んだ。

「おっしゃる通り、おとぎ話のように、情に訴えるだけでどうにかなるほど現実は甘くはありません。そこで、これの登場です」

 カーネリアンは懐からハート型のペンダントを取りだした。

「これはハートゲージという、王家に代々伝わる秘宝です。持ち主の愛情の値をメーターのように表すことができます」

 狐につつまれたような顔でいるスモーキー一味に、王女はクスと笑いかけた。

「ではまず、ヤーゲで試してみましょう」

 王女は教育係を見つめた。水晶のように透き通っていた貴石は、下の方から少しずつピンク色の光に染まっていき、やがてちょうど半分のところで落ち着いた。

「五十パーセント……身に余る光栄でございます」

 ヤーゲはハンカチをそっと目にやった。

 ハートゲージは半分も光れば良いほうで、友愛や敬愛の値としては最高であることを意味していた。

 カーネリアンは次にヘイズやザルネルを見つめた。ハートの下っ端がちょっと赤くなっただけだった。ハートゲージが反応するには多少なりとも持ち主が育んだ愛情が必要であると、少女はつけ加えた。

 ブロック型の栄養食をもさもさ食べ終えたところで、ショコラがようやく口を開いた。

「よーするに、それが真っピンクになる人を探せばいいってこと?」

 王女はうなずいた。

「もし私の夢を叶えてくださるのなら、私の宝物のうち最上のものを選りすぐっておきましたので、それを差し上げます」

 ヤーゲは懐から小さな宝石箱を取りだし、フタを開いた。

「こ、これは!」

 ヘイズの白メガネが光った。

『ボーデの涙』……今知られているなかでは宇宙で五指に入る大きさの、世にも珍しい菖蒲色の(アイリス)ダイアモンドだ。

「い、いいのかい? お釣りはでないよ?」

 王女は満面に笑みをたたえた。

「これで自由が買えるのなら安いものです」

 無論、成功報酬なので宝石はヤーゲの預かりとなった。

 老先生はハンカチをふって王女を送りだした。

「カーネリアン様、お達者で」



 3


 スモーキー一味とカーネリアン王女を乗せた宇宙船〈ヘリオドール〉は、『いい男』を探して星から星へと飛びまわった。若き王女はその美貌に加えて胸の目だつ体型をしていたので、地味な色合いのワンピースに着替えても、ナンパしてくる男が後を絶たなかった。まともだと思った男には、素性を隠して近づいたことも何度かあったが、肝心のハートゲージはうんともすんともいわなかった。

「ハァ……城の外にはこんなにも男の人がいるというのに、上手くいかないものですね」

 王女は紅茶を口にした。

『王女の殿方選びご一行様』は、惑星フォークスのとある海辺の街を訪れていた。そこは縁結びの街として古くから知られる観光地で、一行は期待を高めてやってきたのだが、やたら坂が多くて王女が歩き疲れてしまったので、高台のオープンカフェで一休みすることにしたのだった。

 ワイシャツ姿で昼食をとるビジネスマン風の男、石畳の道をぶらつく少年、古ぼけたビルの四階の窓からのぞく禿頭。皆、カーネリアンを見ている。美人なら他にもたくさんいる。男は鈍感だとよく言われているけれど本当だろうか……あまり男を知らないナオにはわからないことだった。

 王女の隣にすわっていたショコラが、不意にもじもじやりはじめた。

「お、おしっこ!」

 少女はドリブルの名手のごとく、客や店員を次々とかわしながら、小さなビルのなかへ駆けこんでいった。

 それを見送ったヘイズは、空いた席にひょいと腰をずらした。

 カーネリアンはカップを置いた。

「なにか?」

「お姫様、あなたは重要な人物を見逃している」

「重要な人物?」

 ヘイズと王女はしばし見つめあった。

 王女はそのまま紅茶を口にする。

 優男は髪をいじったり、スーツの襟を正したりと、そわそわしはじめた。

 王女はカップを置くと手を打った。

「ああ、そうでしたね」

 そう言うと、懐からハートゲージを取りだし、改めてヘイズを見つめた。

 貴石は下から四分の一ほどしか光っていないとわかると、ヘイズはしょんぼり黙りこんでしまった。

 この寸劇を見ていたザルネルは大笑い、ナオも思わずコーヒーを噴いてしまうところだった。

「じゃあ次は俺だ」

 ザルネルは珍しく頭のキャップをとると、記念写真でも撮るかのようにニッとピースした。

 カーネリアンは視線を落とした。

「ごめんなさい」

 今度はヘイズがこらえきれなかった。ナオはタイミング悪くむせてしまった。

「マ、マジに答えなくてもいいじゃねえかよ!」

 ザルネルは赤くなると、キャップを深くかぶり直した。

 そのとき、トレーを手にした給仕の男が近づいてきて言った。

「お下げしてもよろしいでしょうか?」

 ナオはむっと男を睨んだ。ランチも飲み物もまだ残ってるじゃない。たしかに昼時で混んではいるけれど、それにしたってこの態度はひどすぎる。なにか言ってやりたい、けど……この人なんか……恐い。

 カフェの店員というより地下カジノのディーラーといった風の銀髪の男は、ベストのポケットから身分証明(バッジ)を取りだすと、静かに言った。

「星間警察機構(ISPO)のロッシだ。ハンメル王国第三王女誘拐の罪で、おまえたちを連行する」

 ナオの後ろの席にいた長い髪の女がふり返り、スカーフをかぶせた右手を突きだした。

 ヘイズは小さく両手を挙げると、ぼそとつぶやいた。

「教育係め……しくじったな」

 王女の不在を女王にどう言い訳するか……ヤーゲ氏はこの重任を果たせなかったようだ。

 薔薇柄のチュニックを着た浅黒の女は、カールした赤毛をかき上げると楽しげに口を開いた。

「城までお送りしますので、こちらへ」

 王女はがっかりした様子で席を立った。

 ロッシは残りの三人に店を出るよう命じた。「おまえたちは包囲されている。余計な仕事をさせるなよ」と脅しながら、男はヘイズたちを人気のない路地裏へ追いこんでいった。

 ナオは恐怖に震えていた。捜査官のなかには正当防衛と称し、一味のうち重要でない者を次々と射殺していく過激なサディストがいる、と聞いたことがある。この後、真っ先に風穴を開けられるのは……。

 ナオの口から今にも命乞いの言葉が飛び出そうかというときだった。

 ヘイズはこらえるように笑った。

「なにがおかしい!」

 ロッシは不意に立ちどまると、古びたリボルバーの撃鉄を引いた。

「王女にはいくらかかってるんだい?」

「な、なんのことだ」

「ISPOの刑事(デカ)は鉛弾なんか使わねえよ」

 ザルネルも笑った。

「チッ……なにか忘れてると思ったが、(ハジキ)のことだったか。まあいい、時間は稼がせてもらった。王女は無事に送り届けてやるから安心しておけ」

 強面の男は厳つい銃をかまえつつ、表通りのほうへ退()がっていった。

 なんだかわからないけど、とにかく助かった……ナオは灰色の壁にどうともたれかかった。

 ザルネルは曲がったタバコを一つ吹かすと、言った。

「賞金稼ぎ……か」




 バリス・アズーリは高らかに笑うと、偽造したバッジをコンソールへ放った。

「あれが噂のスモーキー一味だって?」

 宇宙船〈ペリドット〉の機体をモニターでチェックしていたヴィヴィアン・ローズは、近所のボス猫のように低く言った。

「浮かれるんじゃないよ」

「なんだよ、恐い顔しちゃって」

「なにか……なにか大事なことを忘れている気がする」

「王女様は客室に閉じこめたし、連中はこの船を知らない。手落ちはなかったと思うが」

 アラートが短くなった。エアスクリーンが起ち上がり、そこに映ったおかっぱ頭の女が山も谷もない表情で言った。

『発進準備、完了しました』

 ガーネットは〈ペリドット〉にプレインストールされてきた標準的なAIだ。人に近い思考をもち会話する彼女は、拡張プログラムでさらに人間らしくすることもできたが、この船に女は一人で充分よとヴィヴィアンが断じたので、初期設定値(デフォルト)のままとなった。

 バリスは席につくと操縦桿を握った。前方の窓には宇宙船がずらりと横並びした姿、その向こうに地上型宇宙港の滑走路――軍用船以外は港内での垂直離着陸が禁止されている――が広がっている。

〈ペリドット〉は発進船の行列につくべく、宇宙船の群れからゆっくりと抜けだし、九十度右に曲がって通路に入った。

 そのとき、AIガーネットが鋭く言った。

『船内に不審者発見! 船倉を映します』

 ガーネットの画が小さくなり、別のエアスクリーンが拡大していく。

「あーっ!」

 ヴィヴィアンが突きだした人差し指の先には、コソ泥のようにつま先を立てるショコラの姿があった。

 女の殺気を感知したのか、カメラに気づいたショコラは舌を出した。

『もう見つかっちった? んじゃ、こっからは競走ね』

 バリスとヴィヴィアンは、金づるである王女を確保することに気をとられ、まんまる顔の小娘が一人席を外していたことをうっかり忘れていた。

 二人がコクピットを飛びだし、狭い通路を駆けて客室前にたどりついたとき、ショコラはすでにドアを小型爆弾でぶち破り、王女の手を引いて逃げようとするところだった。

「野良猫め!」

 ヴィヴィアンは赤鬼のような顔でハンドレーザーを連射する。

「よせ!」バリスは銃身をつかんでそれを制した。「王女に当たったら、ギロチンどころか火あぶりの刑だぞ!」

「ク……」

 ヴィヴィアンは歯がみして銃を収めた。

「まあ落ち着け。おそらくあのガキは、トイレを出た後、異変に気づいてそれを物陰でやりすごし、おまえを尾行(つけ)たんだろう。そして船体下(した)のハッチを開けて中に入ろうとしたとき、すばやく忍びこんだ」

「解説なんかいいから!」

 駆けだそうとする女の手首を、バリスはつかんで引き止めた。

「忘れたのか? ハッチは俺たちにしか開けられない」

「そ、そうだった……」

 ヴィヴィアンは眉間の険を緩めた。

「あれは宇宙機雷にだって耐えられる装甲だ。万が一あのガキがプロの戦争屋だったとしても、そう簡単には逃げられやしな……」

 突然、耳をつんざく爆音がして二人はよろめいた。階下の船倉からだ。

 分厚い鋼製扉を開けると、二人はタラップを駆け下りていった。

 上ってくる煙をかき分け、船倉に下り立ったバリスは、あり得ない光景を前に力なく膝をついた。船体下の開閉口にぽっかり円い穴が空いていたのだ。

 ヴィヴィアンはどんよりした瞳で言った。

「機械化人の前線基地をたった一人で潰した英雄が、一味に紛れてるって噂……まさか、あの小娘のことをいってたワケ?」

 バリスは四つん這いに両手をついた。

「この装甲……高かったのに……」



 5


 宇宙港に()めてある〈ヘリオドール〉に戻ったヘイズとザルネル、そしてナオはショコラの帰りを待っていた。通信機が故障したのか、連絡もなければ位置情報も入ってこない。念のためにカーネリアン王女にも同じものを持たせてあるのだが、故障でなければ、連れだったあの赤毛の女に見つかって壊されたにちがいなく、やはりなんの音沙汰もなかった。

 三人はコクピットの窓や船外カメラの映像から、不審な船が飛び立ったりしないかと、滑走路を見張っていた。腕時計に仕込んだカメラでヘイズが密かに撮った写真から、あの二人はバリスとヴィヴィアンという、その道ではちょっと知られた賞金稼ぎであることが判った。ただ、どういうわけか、彼らの船〈ペリドット〉の情報はネット上ですぐには見つからず、船の発見は勘に頼るしかなかった。

 ナオは自分の席でそわそわしていた。バリスから解放されてカフェに戻ったとき、ショコラの姿はなかった。彼女は『わかっている』から探す必要はないというので、黙って従ったけれど……。

「そんなに心配しなくてもいい。たぶん、僕らの見張りは取りこし苦労に終わるだろう」

 ヘイズは微笑んだ。

「それはどういう……」

「ショコラのアレは警報みたいなものだからね」

 わけがわからず、ナオは眉をひそめた。

 そのとき、船外カメラは駐船場の通路を走る二人の影をとらえた。ショコラとカーネリアンだ。

「ほうらね」

 誇らしげなヘイズ越しに、ナオは逃げる二人の窮地を見ていた。

「あ、あの……笑ってる場合じゃないと思いますけど?」

「へ?」

 ヘイズは窓のほうへふり返る。

 ショコラと王女のさらに向こう、レーザー銃を乱射しながら、ものすごい形相で追いかけてくる銀髪の男がいた。

 カメラが音声を拾う。

『弁償しやがれ! クソガキが!』

 バリス・アズーリだった。

 ヴィヴィアン・ローズはそのずっと後方、ブチギレた男の勢いについていけず、諦め顔でたらたら走っている。

 王女の脚がおぼつかず、今にも追いつかれそうだったが、ザルネルがタイミングよく船体下のハッチを開閉して二人を拾い上げ、狂戦士(バーサーカー)を閉めだした。

『地獄の果てまで……』

 男が捨てゼリフを吐こうとしたときだった。

 小さくうなった〈ヘリオドール〉は、滑走用の車輪をのろのろ走らせた。

『こ、こら! 危ねえじゃねえか!』

 ほんの五秒前までショコラを撃ち殺そうとしていた人がよく言うわ……ナオはぐったりとシートに沈んだ。


 惑星フォークスを後にした一行は、宇宙空間を漂いながら、次はどの星域へ行くべきか考えていた。

 カーネリアン王女はなかなか寝つけないといって、ナオを客間のベッドサイドに呼びつけた。恐ろしいことがつづいたので心身の興奮が冷めないのだろうと、はじめは同情的になっていたのだが、王女の饒舌ぶりを見ているうち、ナオはしだいに違和感を覚えるようになっていった。

 どうにか王女を寝かしつけたナオは、コクピットに戻ってショコラの顔を見たとき、ふと思いだしたことがあった。彼女は危険を察知すると『おしっこ』に行きたくなるそうだが、『普段』はどうなのだろうか。

 ヘイズとザルネルが王女にふさわしい男について談義している一方、ショコラは相変わらず骨董携帯ゲームDSF(ディーエスファイト)に夢中だった。ナオが自分の席についたとき、少女は突如としてゲーム機を二つに閉じ、猛ダッシュで部屋を出ていった。

「もる! もるぅ!」

 ナオはびくっとして辺りを見まわした。危険はやってこなかった。あーもう、なんてまぎらわしい特技なのっ。

 脱力したところで、ナオも下腹が急にむずむずしてきた。王女の世話に集中していて気づかなかったのだろうか。まずい。今すぐ行かないと……。

「も!」

 ナオは恥ずかしい言葉をとっさに手で押さえつけると、トイレ目指して駆けだした。



 6


 ここは名もなき惑星の赤茶けた峡谷。この世に人類が誕生するずっと前から、そしてこの世から人類がいなくなった後もずっと、変わらぬ静寂がすべてを支配する、はずだったのだが……。

 狭くうねった谷の空中を、二機の宇宙船が爆走していった。

 先を行くのはおなじみ〈ヘリオドール〉、そのすぐ後ろを草色の(やじり)のような〈ペリドット〉がぴたりとつけている。

 王女を奪還し一度は巻いたと思った賞金稼ぎの二人は、ヘイズたちがどこにワープアウトしてもしつこく追ってきた。ナオとショコラは王女の体を念入りに調べたが、敵の発信器は見つからなかった。なにか飲み物を口にしなかったかとヘイズが訊くと、赤毛の女がハーブティーをすすめるので一口含んだと王女は答えた。ヘイズは「やられた」と嘆いた。おそらくそのお茶には、量子信号を発するナノマシンが含まれている。王女の体から老廃物として出ていくまでは、どこへ逃げても似たようなものだと。そこで腕に覚えのある航海長ザルネルが、莫大な出費に怒るバリスに対し、一計を案じたというわけだった。

 万里の峡谷も中間点にさしかかった頃、切通しのような左右の絶壁がさっと広がっていき、見晴らしが良くなった。

〈ペリドット〉はすかさずビーム砲を乱射する。

〈ヘリオドール〉はやたら運動神経のいいデブタレントのごとく、ずんぐりした図体を自在に操ってこれをかわした。

 テール・トゥ・ノーズ――前のマシンの後部と後ろのマシンの先端が触れそうなほどの接近戦――をくり返す二機。大きな直線区間(ストレッチ)を駆け抜けた後、サーキットのシケインのような鋭いS字の谷にさしかかったとき、事故は起こった。

 左ウイングが岩壁をこすり、〈ペリドット〉は大きくバランスを崩す。

 やがて、遙か下界の涸れ(ドライリバー)に砂塵のドームができあがった。

「あばよ、イタリアの『瞬間湯沸かし器』君!」

 ザルネルはシフトレバーを上げる。

〈ヘリオドール〉は雲一つない空へ舞い上がった。



 7


 カーネリアン王女の殿方探しは突如として終わりを告げた。王女のハートゲージが真っピンクに染まったのだ。そのお相手は帝国の王子でもなく、富豪の息子でもなく、銀幕の貴公子でもなければ、リングの若獅子でもなく、なんと競馬漬けのヒゲオヤジだった!

 席にいたザルネルは競馬新聞をパサリと取り落とすと、コクピットの小さな広場に立つ王女に言った。

「じょ、冗談だろ?」

「いいえ、ほら」

 王女はザルネルを見つめる。

 ペンダントの光メーターは見事にふり切った。

 賞金稼ぎを荒野に葬った――あれでくたばるとは誰も思っていないが――ザルネルの活躍を、カーネリアンは客間のモニターでずっと見守っていた。王女は胸が熱くなるのを感じた。ハッとしてペンダントを取りだしてみると、スタールビーのように輝いていたというわけだ。

「いきなりそんなこと言われても……なぁ」

 ザルネルが熱い視線を送ると、ヘイズは助け船をだした。

「彼のストライクゾーンは、少なくともハタチよりは上だからねぇ」

 ショコラは串団子をもぐもぐしながら言った。

「ヘイ(にい)が相手だったらよかったのにね。ついてるもんついてれば、青くても萎びてても、もがっ!?」

 ヘイズは飛んでいって少女の口を封じた。

 王女は潤んだ瞳で声を震わせた。

「ザルネルさん、私はあなたのことをまだよく知りません。でも、この秘宝ハートゲージは未来を含めた真実を語ります。私はあなたに身も心も捧げるつもりでしたのに……」

 足もとにぽつぽつと落ちるものがあった。

 ザルネルは席を立った。

「い、いや、その、全然ダメってワケじゃねえんだ!」

「ほんとう?」

 王女は顔を上げた。

「その……あんたはまだ若すぎるっていうか……もう少しその……男ってぇものを……」

「では成人するまで私が待てば、もらっていただけるということですね?」

「あ、いや、それは……」

「うれしい! 愛する夫と煌めく自由を同時に手に入れられるなんて!」

 カーネリアンは両手で顔を覆うと、感激のあまりしゃがみこんでしまった。

 ヘイズは呆然とする中年男に近づくと、小声で言った。

「水ものの女より、炎のギャンブルって言ってたクセに」

「ど、どうするよ?」

 ザルネルは涙目で訴えた。

「部屋はあんたのを二人で使えばいい。ああ、でも夜中に大きな声をださないでくれよ?」

「そういうことじゃねえって!」

「いいじゃないか。王家の女といったって正式に『元』のお墨がつくんだから」

「そういうことでもねえ!」

 感涙に疲れてふらふらになった王女を、ナオとショコラが客間に連れ立っていった。

 コクピットの自動ドアが閉まると、ヘイズはすかさず言った。

「僕の勘ではあのお姫様、たぶんすっごく嫉妬深いよ?」

「だから、どうするよ!」

 ザルネルは一人の女に縛られて満足できるタチの男ではなかった。だが、これほど若くて素直で美しい妻は、世界中の女を虜にする笑顔を持っていたとしても、銀河中に散らばる黄金を集めたとしても、なかなか手に入るものではない。崇拝する幸運の女神ナオがもたらしたであろうこの(えにし)、結ぶべきか、結ばざるべきか……。

 それからしばらく、ザルネルはタバコを口にするのも忘れて、ため息ばかりついていた。



 8


〈ヘリオドール〉はハンメル王国空軍の警戒網を巧みにかいくぐり、人気のない休耕地へじかに着陸した。船を下りた一行は、鬱蒼とした森を歩いて横切り、先日出会った小さな湖の畔に抜けると、城の裏門へつづく小道へ足を向けた。

 宇宙港に車を呼びつけて、堂々と入城するわけにはいかなかった。女王はカーネリアンを誘拐されたと思いこんでいる。説明する間もなく大騒ぎになって、この縁談はなかったことになるだろう。そんなことになる前になんとかして城へ忍びこみ、見事に染まったハートゲージを、女王の目に直接触れさせなければならなかった。

 ところが一行のもくろみは、木陰から現れた十数人の衛士たちによって阻まれてしまった。

 銃で武装した男たちが一行を取り囲むと、王女はザルネルの傍らで震えはじめた。

 団長らしき角刈りの男は言った。

「素直にカーネリアン様を引き渡せば、命だけは助けてやろう」

 ヘイズは肩をすくめた。

「僕らはお姫様の依頼で、一緒に(ダンナ)の候補を探していただけだよ」

「戯れ言をぬかすな! 要求はなんだ! 我が国に恨みでもあるのか!」

「だからぁ……」

 そのときだった。

 王女はザルネルのもとを離れ、衛士団長のほうへすたすた歩きだした。

「カ、カーネリアン様?」

 団長は眉を段にする。

 王女は懐からペンダントを取りだすと、ペロッと舌をみせた。

「ごめんなさい。ちょっとやりすぎたわ」

「またそんなオモチャで!」団長は額に手をやった。「女王に知れたら、ただ事ではすみませんよ!」

「少なくとも一ヶ月は、北の塔のてっぺんで暮らさねばならないでしょうね」

 少女は事もなげに言い放った。

 ヘイズとザルネルは魂を抜かれたように立ち尽くしている。ショコラはしゃがんで足もとの虫と戯れている。そして……。

 ナオは渇ききった口からどうにか声をもらした。

「あ、あの……」

「楽しかったわ」

 少女の笑顔がすべてを物語っていた。

 あの()は単に、王室の堅苦しい毎日への気晴らしがしたかっただけなのだ。いつの間にか現れた教育係のヤーゲによれば、次期女王は賢明なる第一王女が来年の春にも即位することになっていたし、カーネリアンの婚約者も五歳のときに決まっていた。幸いなことにその王子様とは幼い頃から仲が良く、許嫁のことで悩んでいたわけでもなかった。

 王女は騙していたことを詫びると、約束だった菖蒲色の(アイリス)ダイアモンド『ボーデの涙』を、このとき唯一まともに話ができそうなナオに手渡した。

 ナオはむっとして、最後になにか言ってやろうと息を吸いこむ。

 そこへカーネリアンの手がさっと伸びた。

「荒野の追いかけっこのとき、彼にちょっとだけときめいたのは、本当よ」

 ナオはちらとザルネルを見た。

 今はどう言葉を尽くしてなぐさめても無駄だと思った。

 

 王女たちと別れたスモーキー一味は、森の外に〈ヘリオドール〉を放置したまま、城下町の歓楽街にくりだし、ザルネルのくだ巻きに朝までつきあうことにした。

 哀しき宴もたけなわの頃、ナオたちはべろべろになりながらも、ゲットした超希少ダイアモンドの時価を調べるべく、酒場の隅っこにあるネット端末を囲んだ。目的のサイトがなかなかつながらず皆がイライラしていると、画面右下に緊急ニュースの動画が割りこんできた。

『本日未明、惑星ハンメリアンをとりまく四つの衛星の地下深くで、アイリスダイアモンドの大鉱脈が発見され……』

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