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第一話 引き裂かれた古札

 1


 宇宙船〈ヘリオドール〉はこれというアテもなく、無限の闇の『どこか』を漂っていた。

 夢の技術とされてきた『複次元航法』の発明により、人類の版図は格段に広がった。重力の影響が小さな空間であれば、虹の架け橋ならぬ『次元の架け橋』を使い、それまでは天体望遠鏡でしか見られなかった深宇宙へ、人々はわずかな時間で(浦島太郎にもならずに)行けるようになった。また、通信手段もそれに劣らず進歩を遂げ、今や星の光が届く『どこか』にさえいれば、人は孤独ではなかった。

 五百年も前に実をむすんだこの史上最大の発明のことを、ナオ・シーダースが知ったのはわずか五分前のことだった。故郷の惑星(ほし)のまわりは情勢不安がつづいており、一般の人々が最後に宇宙に出たのは、ナオがまだ七歳の頃だった。それに加えて理科の成績が十二年間つねに『下の中』だったとくれば、あんたの宇宙知識は中世の農奴並みだと言われてもしかたがなかった。

 ナオの指定席はコクピットの右端にあった。船首に向かって並ぶ二つの席には、ナオの命を救った謎の団体の代表ヘイズ・スモーキーJr(ジュニア)と、航海長のザルネル・ウレバスキン。そして左端には、男たちの目の前で全裸のナオをひきずった世間知らずの少女、ショコラ・ビーメイがいた。

 それぞれの席には特徴があった。ショコラの席にはゲーム用操縦桿(ジョイスティック)があり、ザルネルの席には大型トラック風のステアリングがあり、ヘイズの席には透けた天球儀のなかに浮かぶ千分の一スケールの〈ヘリオドール〉があった。

 ナオの席にはなにもなかった。飾り気のない、事務机まわりのような形があるだけだ。難しいことをやらされるよりはマシかとも思えたが、どことなく二軍にいるような感じが気に入らなくもあった。予備の席なので、そのうち改造するかもしれないとのこと。

 そんなことより、ナオにはまず知っておくべき問題があった。

「あの……私たちっていったい、なにをする団体なんですか?」

 白スーツの優男は、スタジャン中年やタンクトップ少女としばし顔を見あわせ、怪しげな『白』メガネに手をやった。

「うーん、ひと言で説明するのは難しいんだけどね……」

 ショコラは笑顔で言った。

「雇われの強盗(ごーとー)だよぉ」

「!」

 ナオはすくと立ち上がる。

 ヘイズはあたふたした。

「こ、こら! 人聞きの悪い!」

「だって、そうじゃん」

「ま、ひと言でいわねえならここを爆破する、ってんならそうなるわな」とザルネル。

「強盗なんかやるくらいなら、スラムで体を売ったほうがマシです!」

 ナオがコクピットの出口に足を向けようとすると、ヘイズはさっと腕をつかんだ。

「ま、落ち着いて。基本的に僕らは、金目のものや人の命には手を出さないんだ」

 ナオは男の手をふりはらう。

「それのどこが強盗なんですかっ!」

「うーん、だからひと言で説明するのは難しいと……」

 どのみち宇宙にいる間は逃げられないのだ。「そのうちわかるよ」とショコラになだめられ、ナオはひとまずどかっと着席。

 そのとき、船が大きく震えた。

「な、なに!? 地震?」

 ナオはとっさに机の下へ隠れた。

 ショコラがぷぷと吹きだす。

 そうだった……ここは宇宙だった。ナオは真っ赤になってもぞもぞ這いだした。

「依頼の通信さ。ファイ!」

 ヘイズはどこへともなく声を張った。

 着信のたびに船がぶるぶるするなんて……ナオはこみ上げる笑いを必死にかみ殺した。

〈ヘリオドール〉につめこんだ機器類を統べる人工知能(AI)、それがファイだった。パソコンにOSがインストールしてあるように、宇宙船を買ったときにはAIがついてくるのが当たり前だった。船舶系のAIは設定されたキャラクターの立体映像があれこれとしゃべりまくるのが一般的なのだが、なぜかファイは起動した直後に原因不明のバグが暴れだし、対話機能が著しく損なわれてしまった。コミュニケーションの問題をのぞけば頼れる仲間なのだと三人はいう。

 コクピットの前方に、無色無質の画面『エアスクリーン』が現れた。

 画面に映った白髪の男はフランツ・ヴィルトールと名乗った。歴史博物館のスタッフがこぞってほしがりそうな骨董家具の数々をバックに、スーツ姿の老紳士は挨拶もそこそこに本題に入った。

『さっそくだが、君たちに奪ってもらいたいものは、これだ』

 ヴィルトールは一枚の古びた札を、よく見えるよう両手で掲げた。

「!」ナオは目を剥いて立ち上がった。「やっぱりただの強盗じゃないですか!」

「こんな大事な時期に……」

 ヘイズが背もたれにどっと崩れると、ザルネルが代わりに応えた。

「あのなぁオッサン、どこで俺たちのことを耳にしたか知らねぇが……」

 ヘイズは咳払いして言葉を継いだ。

「僕らのポリシーは、メンバー一人一人の顔より広く伝わっているはずだよ」

 老紳士はうなずいた。

『もちろん知っているとも。そこのメガネのお嬢さんが私の話を最後まで聞いていれば、誤解が広がらずにすんだのだがね』

 皆の視線が集まり、ナオは下を向いた。

「す、すみません」

 冷静に思いだすべきだった。世に出回るお金は、その九割以上が電子化されており、旧来の銀行強盗は今や絶滅の危機にあるのだ。

 ヴィルトールはつづけた。

『私の不注意で、これと同じ絵柄の札を何者かに盗まれてしまった。それを奪い返してもらいたいのだ』

 ヘイズの『白い』サングラスが光った。

「ウチの相場は知っているね?」

『十倍出そう』

 たかが一枚の古札に額面の何万倍も!? これはやはり……ナオはじろりとヘイズを睨んだ。

 優男は肩をすくめた。

「残念だが、他を当たってくれないか」

『少ないというのかね?』

「僕らは『コワーイおじさんたち』とは関わりたくないんでね。どう見てもこれは彼らの仕事だよ」

 ヴィルトールは笑った。

『たしかに希少という意味では、ダイアモンドや古美術品のようなものかもしれん。だがおそらく、この札には一銭の値打ちもつかないだろう』

「?」

 ヘイズは眉をひそめた。

『電灯一つなかった時代につくられたというこの札は、我が()に代々伝わる護符のようなもの。はじめからこの世に二枚しか存在せず、貨幣としては一度も流通していないのだから、市場価値などあるはずもない』

「価値のないものが盗まれるわけはないよ」

『実をいうとここ三百年の間に、二枚のどちらかが六回も盗まれているのだが、時を同じくして、我らが惑星アゲートは人口の半数を失う厄災にみまわれた』

「なるほど。そういう価値か」

「厭世家かテロリストか、それとも一族から追われた奴の陰謀か……」

 ザルネルは口ひげをさすった。

「僕は神仏の類は信じないタチなんだが……」

 こっそりファイに調べさせておいた惑星アゲートの歴史に目をやると、ヘイズは硬い笑みを浮かべた。

「偶然にしては出来すぎている」

 名家の末裔は言った。

『受けてもらえるかね?』

「タイムリミットはあるのかい?」

『雄札と雌札が引き離されたとき、三日三晩の末に災いは起こるという』

「よし、十倍で手を打とう」

 契約が決まったのはいいとして……ナオは小首をかしげた。そういえばショコラの声を聞かない。いるのはわかっているけれど、小さいので背もたれに隠れてしまっている。具合でも悪いのかと思って呼びかけると、ショコラはくるりとシートをまわした。

「ちょっと待って、今いいトコ……あっ!」

 天を仰ぐ少女。

「で、なに?」

 ショコラは年代物の携帯ゲーム機を閉じた。

「いえ……ごめんなさい」



 2


 古札の真価を知っている人間は限られている。盗んだのはいったい誰なのか、依頼人には二三の心当たりがあった。ヘイズはAIファイに命じ、ネット上に散らばる依頼人の血縁や交友関係の情報をあたらせた。するとヴィルトールの甥にあたる一人の大学教授が浮かび上がった。

「惑星科学の第一人者、ジャン・ジャック・ジャブイーユ。ある時期『人類失敗作説』で学会を沸かせたが、科学界はもとより宗教界からも激しい批判を受け、しだいに表現の場を奪われていった」

「ジャジャジャジャーン!」

 ザルネルはクラシックの名曲を口ずさむ。

 ヘイズは眉を八の字にした。

「言うと思ったよ」

「しゃあないしゃあない」ショコラは肩をすくめた。「そうでもして脳を鍛えてないと、おじいちゃんはアタマ腐っちゃうからねぇ」

 ザルネルは赤いキャップのつばを上げた。

「ンだとコラ! じゃあ、さっきのやつのタイトルを言ってみろ」

「そ、それは……」

 ショコラは目をそらす。

「アニソンしか聴かねえガキよりは全然マシだろうが」

「ちゃんと聴けばいい曲いっぱいあるよ!」

「耳が腐る!」

「アタマはもう腐りかけてるんだから大して変わりないじゃん」

「てめぇ……」

 二人は席を立ち、じりじりと間合いをはかりはじめた。

「それで、人類失敗作説というのは?」

 ナオはヘイズに訊いた。

「すべての生き物は互いに調和を保つようにつくられ……」

「@☆‰!」「×××!」

 ショコラとザルネルは汚い言葉で罵りあう。

「え?」

 ナオは聞き返した。

「自然環境がよく人体と……」

「レロレロ! ここまでおいで!」とショコラ。

「え?」

「だから自然環境が……」

「そんなに宇宙(そと)に放りだされてぇか、あ?」とザルネル。

 それからしばらくの間、コクピットでは罵声や物や鉄拳が飛び交った。ナオとヘイズはシートの影に隠れて話をつづけようとしたが、無駄な努力だった。

「いい加減にしてくだ……」

 ナオが立ち上がって抗議しようとしたときだった。

 べちょ!

 ショコラが握りつぶした容器には、ハチミツのラベルが貼ってあった。

 会議は一時中断。ナオとショコラは浴室でシャワーを浴びながら、小さな反省会を開いた。ショコラの額に暗い筋が立ったのをはじめて見たと、男たちは畏怖の目でのぼせ気味の新人(ルーキー)を追った。

 ナオが自分の席に戻ると、ヘイズは最初からやり直した。

「すべての生き物は互いに調和を保つようにつくられている。自然環境がよく人体と比べられるのはなぜか。わずかな調和の乱れが不健康、場合によっては死を招くことがあるという意味でよく似ているからだ。ジャブイーユ教授によれば、自然の調和を乱そうとする人間は、惑星生物圏(ガイア)という大いなる肉体を侵す悪質な『病巣』、別の見方をすれば『進化上の失敗作』なのだそうだ」

「つまりその、彼は……」

「確証はない、が少なくとも教授は自然に対する人間の立場を変えたいと思っているはずだ。これまでにない思想や哲学、政策によってか、あるいは……」

「いっそ滅ぼしてしまうか」

 ナオはぼそと言った。

「おお、恐い恐い」

 ザルネルは身震いした。

 残された時間はすでに二日を切っている。古札を持ちだした後、教授はどこへ逃げたのか、絞りこむ必要があった。

 ヘイズは訊いた。

「ナオ、君ならどうする?」

「私なら……宇宙の彼方へ逃げますね。厄災には巻きこまれたくないし、軍の追っ手もふりきらないと」

「五十点……というところかな。例の古札はこれまでに六度盗まれたわけだが、六度ともヴィルトール家に帰ってきた。逃げ切った犯人は一人もいない」

「犯人の野望を叶えてくれる、引き離されたお札の効力には距離の限界がある、と?」

「そのようだね」

「だとすれば、惑星アゲートのまわりにある三つの衛星のどこかに隠れるしかないでしょうね」

 ヘイズはナオの手を取った。

「よかった。『君とは』うまくやっていけそうだ」

「なんだよぉ!」「俺はそんなに役立たずかよ!」

 ショコラとザルネルのブーイング。

 ナオは男の手をふりはらった。

「私、強盗なんかやりませんよ。たとえ盗まれたものを奪い返すためだとしても」

「かまわないよ。ずっとそこにすわっていてくれればいい。君は僕らの幸運の女神なんだから」

「……」

 心の隅っこにチクっときた。街角にすわって新築住宅案内のプラカードを立てているだけで高給がもらえるとしても、私はきっとやらないだろう。

「とにかく時間がねえ、順番にあたるぜ」

 ザルネルはアクセルを踏んだ。



 3


 第一衛星カルノーは、宇宙研究施設が建ちならぶ、高度に地球化(テラフォーミング)された広大な学園都市だ。ジャブイーユはその中心にある大学に長く在籍していた。

〈ヘリオドール〉は、空港によく似た地上型宇宙港に着陸すると、まるで駐車場のような気軽さで翼を休めた。船を出た一行はさっそく、カプセルのような形をした直通の地下鉄――車輪はついていないが名前だけ残った――に乗ってその大学を訪れると、学生に化けて教授の手がかりを探ることにした。

 適任はナオだった。ヘイズもまだまだいけそうな年格好なのだが、例の怪しい白メガネは外すと大変なことになるからといって、真っ先に候補から降りてしまった。

 大変なことってなによ。そんなに素顔に自信があるってこと? っていうか、いきなり大学生をやれっていわれても、私、高卒だし……。ナオは全身の筋肉が骨になってしまったような思いで『惑星科学棟』をうろついた。『ジャブイーユ研』には鍵がかかっていた。廊下にいた学生や通りがかった講師にそれとなく訊いてみたが、教授のプライベートについて知る者はいなかった。

 新米兵隊の行進のようにギクシャクと棟を出ると、玄関先の木陰でヘイズたちが笑いをこらえていた。

 ナオはムッとして向きを変え、正門のほうへすたすた歩いていく。

 三人はあわてて追いかけ、ヘイズが呼びかけた。

「いやぁ、すまない。あそこまで固くなるとは思っていなかったんでね。で、収穫は?」

「ありません! 少なくともここでは模範的な先生だったそうです」

 ヘイズはためらいがちに言った。

「その……さっきのはちょっと、目立ちすぎたかな。この次は、もう少し普通に、というか……」

「私は普通です! 宇宙理論も知らなければ、大学(キャンパス)も知らない、たまたま宝くじが当たったというだけの、普通の元OLですから!」

 ナオは一人でずんずん歩いていった。

「NGワードが一つ、増えたかな」

 ヘイズは頭をかいた。



 4


 第二衛星ゼノは資源の星だ。特に宇宙船や兵器の素材となる鉱石が多く採れることで知られていた。荒っぽい男が行き交うこの星では、女子供がうろちょろしているとすぐに目を引いてしまう。そんなわけでここは僕らの出番だと、ヘイズとザルネルは女子供を宇宙港に残し、商業区ドームのほうへ消えていった。

〈ヘリオドール〉の留守番を任されたナオは、コクピットの窓から剥きだしの地平を眺めていた。必要なところにだけ半球形のドームが点在し、ドーム間は太い管で結ばれている。あとは岩がちな砂漠とクレーターがあるばかりだ。上空は宇宙にいるときと変わらない、永遠の夜空だった。

 男どもを待っているうち、ナオはだんだんと落ち着かなくなり、狭い空間を行ったり来たりした。

 大学の購買で手に入れたバタークッキーを口いっぱいに頬張りながら、ショコラは訊いた。

「ど(ろ)したの? おし(ひ)っこ?」

「ちがいます! なにかしてないと不安なんです」

「ゲームやる?」

 ナオは携帯ゲーム機『DSF(ディーエスファイト)』を受け取った。

「ど、どうも」

 見たこともないほど古い型の機種だ。博物館なら重要文化財の札がかかっていてもおかしくはない。だけど……すごい。まるで新品のようにメンテしてある。どこで手に入れたんだろう。スタートボタンを押す。これまた年代物の2Dシューティングゲーム。この手のゲームは決して得意ではないけれど……いともあっさり最終面をクリアしてしまった。か、簡単すぎる。ショコラはいつもこのゲームをクリアできずに天を仰いでいた。ナオの頭に一つの仮説が浮かび上がった。

「あ、あの……ショコラさんて、もしかして……」

「ん?」

「デジタルアレルギーですか?」

「もがっ!?」

 ショコラはクッキーを喉につまらせた。

 図星か……。彼女はああ見えてもただ遊んでいたわけではないようだ。それにしても、ヘイズはなぜ骨董品で訓練しなければならないような、不器用な子を拾ったんだろう。

 船が小さく揺れた。ヘイズたちからの定時連絡だ。正面の窓ぎわに『サウンド・オンリー』の文字が浮かぶ。

 やけにまわりが賑やかだ。歓楽街にいるのだろうか。

『おらっ! 大人しくしてねぇと小遣いやんねーぞ!』

 ザルネルのダミ声。

『おみやげはなにがいいかなー? ナオたーん!』

 ヘイズが高らかに笑う。

 ナオは頭痛に襲われた。なにしに行ったの、あの人たち……。

「あーあ、またおネェちゃんたちに飲まされたね」

 ショコラは口で言うほどあきれてはいない。これが彼らの日常なのだろう。

『らーいじょうぶらって。つかむもんはつか……うえっぷ』

『おいおい、こんなとこで()っちまったら色男が台無しだぜ』

 ナオはため息をついた。

「どうせ女の胸でもつかんできたっていうんでしょ?」

『誤解されては困るよ、ナオきゅーん。これは捜査の一環としてらね……』

「いつからケーサツ官になったんですかっ!」

 そのとき、ヘイズの居所からそう遠くない廃鉱地区の無人ドームで異変があった。爆発とともに天井が吹き飛んだのだ。

『今の、見えたか?』

 ヘイズは正気を取り戻した。

「は、はい! あ、いえ、煙が多くてなにが飛びだしたのかまでは……」

『チッ、迂闊だったぜ』

 ザルネルは悔しがる。

「あの爆発はいったい……」

『店の女のなかに教授と通じているのがいたらしい。手洗いに立ったとき、気づくべきだった。すぐに帰る。以上』

 ヘイズたちは、逃げた教授を追って次の衛星へ向かった。



 5


〈ヘリオドール〉は第三衛星スコロウの上空を漂っていた。ナオたちに残された時間はアゲート標準時であと半日、つまり九時間しかない。

 方々の圧力によって学会を追われたジャブイーユ教授は、しばらく行方をくらませた後、名家当主の甥という立場を利用して鉱業関係者と近づきになった。高級な宇宙素材が格安で手に入るようになると、資源もなければ空気もないとアゲート人が見捨てたこの不毛の星に地下基地を作り、チャンスをうかがった。叔父フランツ・ヴィルトールのパーティーに招かれるたびに、教授は屋敷の大金庫の暗号を探り、そしてある晩、ついに古札の片割れを持ちだしたのだった。ヘイズとザルネルがバーやクラブの女から引きだした情報はそんなところだ。

 クレーターの底にずらりと顔をだしたレーザー砲や地対空ミサイルは、すべて〈ヘリオドール〉を狙っていた。

 船が小さく揺れた。

 回線をつなぐと、縮れた栗色の毛をした細面の男の姿が浮かび上がった。ジャン・ジャック・ジャブイーユは成績のいい学生を讃えるような口ぶりで言った。

『三日三晩のうちに私を見つけだすとは、大したものだ』

「そりゃどうも」

 肘掛けに頬杖をつきながら、ヘイズは応えた。

『だが、君たちの活躍はもはやこれまで。今から援軍を呼んでも、やって来た頃には時間切れだ。風は渦を巻いて暴れまわり、山々は火の玉を噴き上げ、大地は八つに裂けるであろう』

 惑星アゲートにも立派な宇宙軍はあるのだが、古くさい軍律が彼らの腰を重くしていた。ヴィルトールがスモーキー一味に期待したのは、事件の犯人が身内である可能性が高い上に、こういった事情も含まれていたのだろう。

「援軍など必要ない、と言ったら?」

『星の彼方の誰とも知れぬ人間のことで命を落とすこともあるまい』

「それもそうだな」

 ヘイズは冷たく光った二つのレンズをショコラに向けた。

 少女はうなずき、ジョイスティックを握った。コンソール上にアーケードゲームのような画面が起ち上がると、安っぽいドット絵の〈ヘリオドール〉と標的(ターゲット)のクレーターを、横から見たものが映った。次いで船首の下がぱっくりと開き、二連式の砲座が現れた。

 例の携帯ゲームよりはうんと難易度が低そうだけど……ナオはそれでも不安だった。

 目標に向かってまっすぐのびていった光の筋は、見えない壁に当たってちりぢりに砕けた。

『無駄なことを』

 教授は笑った。

 ショコラは表情一つ変えずに大きく息を吸うと、目にもとまらぬ速さでスティックを動かし、横のボタンを押しまくった。

 数十基はあった防衛兵器があっという間に灰になった。

 点で狙ったというより面で圧したというべきか、とにかく人間業とは思えない手数で、ショコラは敵のシールドをぶち破ったのだった。

『待ってくれ! 私を殺せば、札の保管場所は永久にわからなくなるぞ!』

 ジャブイーユ教授は、例の古札は手元にはないのだと告白した。

 それを駆け引きと判断したのか、ヘイズは話に乗っていかなかった。

「あいにく、宝探しは得意なほうでね」

 教授は両手をコンソールに突いてうなだれると、うめくように口を開いた。

『かなり複雑な場所だ。ひと言では伝えられないから、しっかり記録しておくんだね』

 教授はどの街の、どのビルの、どの階の、どの区画の、どの机の、どの引き出しの、どのケースの、どのポケットにあるのかを、のろのろと口にした。

 ヘイズは鼻でため息をついた。

「ハメられた……かな」

 教授はうつむくと、小さく震えた。

『フフ……ククク……』

 突如、船が大きく揺れた。

 ヘイズの前にある透けた天球儀がオレンジ色に点滅する。船になにか取りついたと、物言えぬファイからの警告だ。船外カメラは〈ヘリオドール〉の背中に『人型機動兵器(アームドモビール)』を見つけた。出力を極小に抑えていたのか、こちらのセンサー網に引っかからなかったようだ。

 ヘイズのこめかみに汗がにじんだ。

「ベルグ宇宙戦協定で禁止されているはずだが……」

『私は軍人ではないのでね』

「ザルネル!」

「チイッ!」

 ザルネルはギアを入れ、アクセルをベタ踏みして、ステアリングをきる。

 アームドモビールのサーベルは空を切った。

『ハッハッハ! そんな太っちょでどこまで逃げられるかな!』

「見た目で判断されては困るね。特にこのオジサンのほう」

 ヘイズの言ったとおり、ザルネルは機動力で数段劣る宇宙船を左右にふり、『戦場の鷹』と呼ばれた凶器の執拗なビーム攻撃をかわしていった。

 航海長の神がかった腕も大したものだが、相手は高度なAIが人間以上の働きをする恐るべきテクノロジーの産物だ。巨人の電脳はザルネルの癖を早くも学習して、〈ヘリオドール〉を追いつめていった。

 猛禽と野兎の残酷なショーに興奮したのか、ジャブイーユは口走った。

『いいことを教えてやろう。君たちが探している宝物はその〈小鳥〉のなかだよ。さぁ、もっと楽しませてくれ!』

〈ヘリオドール〉とアームドモビールは同じ空域をぐるぐるまわりつづけ、ザルネルの集中力と残り時間だけが虚しく減っていった。

 このままでは埒があかないと、ヘイズとショコラはコクピットから飛びだしていった。

「あ、あの……私はどうすれば」

 ナオが追いかけようとすると、ザルネルは声を荒げた。

「嬢ちゃんはすわってな! 今のあんたは『見守る』ことが最大の仕事だ」

「私、置物なんかじゃありません!」

「ならあのバケモンがどこにいるか、しっかり見張ってな!」

 ナオは隣のヘイズの席に腰かけると、透けた天球儀に張りついた。中心に〈ヘリオドール〉、後部上方に赤い点が光っている。

 それはわかる……。でも、位置情報の読み方がわからない。ナオはヘルプボタンを押し、コンソール上に現れたマニュアル画面を一から読みはじめた。

 ビーム砲の光が、窓の右に左に走る。

 ナオはかろうじて初歩を学び取った。

「右舷一七五、仰角十二、距離五百!」

 ザルネルはナオの情報と、バックミラーならぬ後方カメラの映像だけを頼りに、攻撃をかわしていった。

 普段は賭場にたむろしていそうなむさ苦しいオヤジだが、このときばかりは街中でカーチェイスを繰りひろげるベテラン俳優のように、ナオの目には映った。

 機体が大きく揺れた。アームドモビールが再び〈ヘリオドール〉の背中に取りついたのだ。船外カメラは引きつづき敵機の動きを追っていた。四つん這いの赤い巨人は、くすんだ黄金色のクジラを串刺しにせんとサーベルを抜いた。

「ああっ!」

 ナオはなすすべもなく両手を口にやった。

 そのとき、別のカメラが二つのスリムな宇宙服姿を映しだした。小さいほうは巨人にひるむことなく、バズーカのような筒をかまえている。

 画面いっぱいに光が広がった。

 と思ったら、巨人の右腕はもう吹き飛んでいた。

『ふぅ、追尾装置(ホーミング)禁止だったから、ちょっとプレッシャーだったよぉ』

 ショコラの明るい声。

 どこかに当たればいいというのでは、思わぬ誘爆を招くことがある。古札を探すためにもピンポイントで狙う必要があった。

『おいおい、まだ終わってないぞ』

 ヘイズは右手のレーザーライフルで敵頭部の機銃を壊すと、左手のずんぐりしたマグネット(アンカー)を発射。低い音がして円盤が貼りつくと、ワイヤーを巻き上げ、巨人に取りついた。

 その間、ザルネルは舵をAIファイに任せ、ショコラの席のジョイスティックでロボットアームを操っていた。

 左右の骨っぽい手に捕らえられた巨人は、そこから逃れようと背中のブースターをこれでもかと噴かしまくる。

『やばいかも。思ったよりパワーあるよ』

 ショコラが言ったそばから、ロボットアームはぼろぼろと崩れだした。あと一回の噴射に耐えられるかどうか。

 赤い装甲にへばりつく男は非常用開閉ボタンを探り当てると、コクピットハッチを片手で開けた。

『う!』

 とのけぞった上空に、光の糸がばっと咲き乱れた。

 中は箱形のレーザーガンでいっぱいだった。建物の通路などを守る自動制御のやつだ。

 その間も、アームドモビールは噴かしつづける。

(アーム)が保たないよ! 離れて!』

 ショコラが叫ぶ。

『フェアな契約ならとっくに逃げてるさ!』

 一瞬、ナオの胸がくっとつまった。フェアな契約じゃない……そうだった。この仕事の成功には何億もの命がかかっていたんだ。

 ヘイズは拳銃を撃っては伏せ、撃っては伏せをくり返す。

 コクピットから煙が上がり、セキュリティーの狙いが甘くなった。

 隙をみてヘイズは中へ飛びこみ、古札の入った透明ケースを計器から引っぺがすと、背中のロケットを小さく噴かした。

 巨人は残った手でビームガンを男に向ける。

 そこへショコラが砲弾をぶちこむと、大きな左手は砕け散った。

 爆風に押されたヘイズの姿は、あっという間に見えなくなってしまった。

 巨人は両腕を失いながらも猛然とブースターを噴かす。

『げ! 体当たりで道連れにする気だ!』

「ひっ!」

 ナオは両手で顔を覆った。

「そうはいくかよ!」

 ザルネルはスティック横の黄色いボタンを押した。

 すると船体背部のハッチが開き、二連式の副砲が躍りでた。

 男は狙いも定めずビーム砲をぶっぱなした。

 二発、三発と頭や足をかすめ、巨体が宙返りしたところで、とどめの一発が背中から胴を貫いた。

〈ヘリオドール〉は最大加速で誘爆を逃れた。AIファイは(あるじ)たちを見事に守ってみせたが、その中に真の主は含まれていなかった。

「ヘイズさんはっ!?」

 ナオは天球儀に飛びつく。

 小さな〈ヘリオドール〉以外、光る点はなかった。

「そんな……」

 航海長が自分の席に戻ったというのに、ファイの操縦はなぜかつづいていた。数分後、ファイは無限の闇を漂っていたヘイズを見つけだし、船体下部のハッチから回収した。

 通信機は爆発のショックで壊れ、救難信号は送られていなかった。ナオはコクピットに帰ってきたヘイズやショコラにどうなっているのか問うたが、ザルネルも含めて皆は「さあ」と首をかしげるばかりだった。ファイには他のAIにはない、奇妙な能力が潜んでいるらしいのだが、それがいつどのようにして発動するのかは、誰にもわからなかった。

 四人が自分の席についたときにはすでに、クレーターの底は二つに分かれ、脱出艇が飛び去った後だった。契約内容に直接関係ないとはいえ、危険な男を取り逃がしてしまった。この先またどこかで鉢合わせそうな気がしてならないと、腕の立つ三人は眉をひそめた。

 ヘイズは透明ケースから古札を取りだすと、「初仕事の記念に見ておくかい?」とナオに手渡した。

 この世に二枚しかないお札……そう思うとナオの手は震えた。

 珍しい札を手にすると人は透かしてみたくなるもの。ナオもその一人だった。

 両手でしっかり掲げようとするのだが、緊張して手もとが定まらない。

 今にも笑いだしそうな顔で、皆はこっちを見ている。

 ナオは恥をかくのがいやで、どうか収まってと手に力をこめた。

 ビリッ!

 コクピットの面々は、時間が止まったように動かなくなった。

「ハ……ハハ……」

 ヘイズがだらしなく口を開けて笑うと、針は再び時を刻みはじめた。

 ショコラとザルネルは顔を見あわせる。

「や、やばくない?」

「全市民に移住を働きかけたほうがいいんじゃねぇのか? 別の惑星によ」

 ナオは見るものすべてが真っ白になっていった。

 やっぱりあの時、橋から落ちていたほうがよかったんだ……。



 6


 約束のタイムリミットまであと一時間。

 ヘイズたちは古札の修復に全力をかたむけたものの、破れた紙を百パーセント元通りにすることはどうしてもできなかった。

 ヘイズはうなだれた。

「ここまでだ。正直に話そう」

「で、でも、でもぉ!」

 ナオはつぶれた灯油缶のような顔で食い下がった。

「これから避難命令をだしても間にあうかどうか」とザルネル。

「パニックになっちゃうね」とショコラ。

「お願い! 強盗でもなんでもしますからぁ!」

 ナオはヘイズにすがった。

 男はナオの頭にそっと手を添えると、力なく言った。

「わかったよ。ギリギリまで粘ってみよう」

 それから彼らは、知っている限りの専門家と連絡を取りあったが、解決策はついに見つからなかった。

 日付が変わり、タイムリミットを十五分まわった。

 今度こそ正直に話すというヘイズの言葉に、ナオはうつむいたままうなずいた。

「つないでくれ」

 正面の窓ぎわにヴィルトールの上半身が現れた。

 古札を取り戻しはしたが誤って破ってしまったことを、ヘイズは告げた。

『……』

 当然ながら老紳士は浮かない顔だ。

「違約金は払う。早く避難命令を……」

『それが、どうも妙なのだ』

「えっ?」

『記録によれば、厄災は四日目の午前〇時きっかりにはじまるはずなのだが……』

 ヘイズたちは自分の腕時計を見た。もう二十分も過ぎている。

『そうか!』ヴィルトールは手を打った。『いやぁ、まさか君たちが積年の謎を解いてくれるとは』

「?」

 四人はわけがわからず眉をひそめた。 

『私はこの〈呪われた古札〉の力を永久に消し去り、あるがままの惑星の姿を取り戻したいと、幼い頃から思っていた。こんなものに自然がコントロールされるなど、あってはならないことだ。なにか良い方法はないかと今の今まで考えつづけていたのだが……いや、よくやってくれた。まさかこんなに簡単なやり方だったとは』

 ヴィルトールは部屋の大金庫から古札の片割れを取りだすと、ためらいもなく二つに裂いてみせた。

 ヘイズたちは一瞬びくっとしたが、それからどれだけ待っても被害の報告は入ってこなかった。その代わり、小さな噴火や嵐は惑星各地で起こった。それまで呪いの力で一手に凝縮されてきた災いが、まんべんなく散ったのだろう。


 数日後、再び回線をつなぐと、ヘイズは老紳士に媚びた笑みを送った。

「ま、とにかく惑星市民の命は救われたわけだし、報酬は五十パーということで……」

 ヴィルトールは笑った。

『ご冗談を。契約書にはなんと書かれていたのかね』

「古札を無事に奪い返したら、成功報酬を、支払……」

 ヘイズは声を萎ませていった。

『他には?』

「ないようだね」

『ではそういうことで』

 男が通信を切ろうとしたとき、ナオは立ち上がった。

「ひどいじゃないですか! 私たちは命がけで……」

 ヴィルトールはさっと両手を広げた。

『もちろん! 君たちの活躍を忘れたわけではない。スモーキーと彼の忠実なる戦士たちは、伝説の救世主として永遠に語り継がれるよう、取りはからう所存だ。しかし……』

 男はぱたりと手を下ろした。

『それとこれとは別の話だ』

 ほどなくヴィルトールの姿が消え、前方に青い惑星が広がった。

 致命的な調査不足だった。あの星は、うつろう人情よりも、動かぬ決まり事を重んじるお国柄だったのだ。

 大きな魚を逃し、落胆を禁じ得ないスモーキー一味であった。


 後日、ナオが破った札を、古銭マニア向けのネットオークションに出したところ、ヴィルトールと交わした契約金のちょうど半分の額で落札された。一度も市場に出回っていなくても、こういう類の人たちはしっかり情報を集めて値をつけてしまうものらしい。

 気を取り直したヘイズは、入金があったその日じゅう、密かに録画してあったナオの映像をくり返し船内に流しつづけた。

『お願い! 強盗でもなんでもしますからぁ!』

 自室のドアにロックをかけ、ベッドにこもったナオは、枕の下で思った。

 もう……後戻りできないかもしれない。

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