-14『戦いのあとに』
私とクルトは屋上に散乱した瓦礫の隙間に倒れて横並びになっていた。
全身の軋むような痛みや重くのしかかる疲労感も余所に、ただただ空を見上げる。どす黒く覆っていた空もすっかりもとの青さを取り戻し、視界の隅を小鳥の群が飛び去っていった。
バーゼンはイビルが体から抜けた影響で気を失っている。所詮は彼も、イビルに踊らされた被害者の一人だったのかもしれない。
クルトへの嫉妬は確かにあったのだろう。だがくすぶる程度だったその感情をイビルに利用され、増幅され、凶行に至ってしまったのだ。
その怨念から解放されたバーゼンは、邪気がとれたような穏やかな顔をして倒れていた。
先ほどまでの凄惨さはどこ吹く風。
日差しは麗らかで、まるで昼寝の眠気を誘うように私達を照らしつける。
「あーあ」
私はそんな空を見上げながら嘆息を漏らした。
頭の上、風に吹かれて舞った木の葉に手を伸ばす。魔法で引き寄せようと力を込めるが、木の葉はわずかにふらりと揺れただけで、ただ風の気まぐれのようにどこかへと流れていってしまった。
私の魔法も元通り。
いや、むしろもっと空っぽになったかもしれない。
イビルの封印のために置いてきたのだ。かの邪悪を封じ込め続けるために。
そしてそれは、隣で寝転ぶクルトも同じ。
「私達、今度は二人揃って魔法が使えない落ちこぼれの仲間入りね」
おどけた調子で私が言うと、クルトは空を見上げたまま微笑を返してくる。
「いいや、俺は違うぞ」
「え?」
「俺はお前と違って勉強ができる。何も残らないのはお前だけだ」
「何よそれ、ずるい!」
「ずるくない」
むっと眉をひそめる私。
けれど疲労感が大きすぎてクルトにくみかかる元気もない。
せめてとばかりに、隣で転ぶ彼の肩を小突く。
「もう。私だけが損じゃない」
「何を言ってるんだ。リルを犠牲にしなくて済んだんだ。それだけでも上々だろ」
「まあ……確かに」
それはクルトのおかげだ。
私の手元にはまだ封印の箱が握られている。それはしっかりと、まるで固い金属のように外見を変質させている。クルトの魔法がその箱に宿っている限りはより強固となって維持されることだろう。
彼の助力がなかったら私一人の力では、イビルの封印は不可能だった。また七百年前のように、竜を犠牲にして一緒に封印することになっていたかもしれない。
「……ありがと」
ほとんど届かせないような消え入る声で私はそっと呟いた。
何か言ったか、とクルトガ不思議そうに顔を向けて覗き込んできたが、私は決して繰り返しはしなかった。顔が熱くなりそうだったから。
それからしばらく、でもひらすら長かったような二人だけの時間が流れた。
「ままぁー!」
ふと、私達にかぶさるようにリルが飛び込んできた。竜の姿から人の姿に戻っている彼女は体や服がややボロボロながらも、元気そうに笑顔を浮かべながら、私達をがっしり掴むように抱きついてきた。
「リル。よかったわ。怪我はない?」
「うん」
「よくがんばったな、リル」
「うん!」
たまらない満面の笑顔を浮かべてリルが頷く。
この笑顔を失わずにいられたのだ。
この先また落ちこぼれと言われるくらい、まあいいか。
たとえ魔法を失っても、新しく得られたものがある。
「そうだ、リズ」
ふと改めてクルトに声をかけられ、私はリルの頭を撫でてやりながら顔だけを向ける。
彼は決して私に顔を向けず、言った。
「どうせお前はこのまま勉強もせずに過ごすつもりなんだろう。魔法も使えずそんな成績のままじゃ、ろくな仕事にだってつけないだろ」
「む、失礼ね! 煽ってるの?」
いや、まあその通りかもしれないが。
「なんだったら、卒業後は俺のところにくるか?」
「えっ……」
――そ、それってもしかして。
クルトの言葉を聞いた途端、私の心拍数が急に上昇した。
俺のところにくるか。
それって、誰がどう考えても、そういうことなのだろうか。
いや、他にあるとは思えない。
「ちょ、ちょっと待って」
急なことに焦り、上擦った声を漏らして顔を背けてしまう。顔は真っ赤で、それらの動揺がバレないように慌てて背ける。
まあ、確かに私とクルトはとても長い付き合いだ。昔は本当の兄弟のように仲が良かったし、学園に入ってからちょっと疎遠になったこともあったけど、他人とは思えないような間柄ではある……けど。
――さ、さすがにお付き合いもしてないのにいきなりっていうのはどうなの!
いや、まさかこれがお付き合いの申し込みという意味なのかもしれない。
そんなことを、まるで何の気ないようにクルトはさらっと言ってきたのだ。そして、私の動揺など知る由もないといった風に暢気に私の方を見てきている。
――ど、どうしたらいいのよ。そりゃあ私だってクルトにいろいろ悪戯もしてきたけど、それはクルトが他の女の子にいつも集られててつい見てて苛々しちゃっただけというか。別にクルトが嫌いってことは決してないのだけれど。でも。
「あ、あのっ」
声を詰まらせて、それでもどうにか何か返事をしようとした矢先。
「ちょうど俺の屋敷の給仕係がそろそろ定年で辞めるんだ」
「……は?」
聞き違いだろうか。
クルトの口からよくわからない言葉が出てきたけれど。
「ろくな働き先がないのなら、まずは家事見習いとして雇ってやるよ。給料は良いぞ。それに拘束も厳しくないし、休みだってちゃんとある。部屋だって用意するし、そこならリルと二人で暮らすにも十分だろう」
クルトの言葉を聞いていくうちに、私の真っ赤に熱くなった顔が沸々と煮えたぎるように更に温度を上げていくのがわかった。
「……ちょっと」
「なんだ」
「この馬鹿っ!」
気づくと私はクルトの顔を思いっきりひっぱたいてしまっていた。
「いてっ。何するんだこのじゃじゃ馬」
「私の気持ちを返しなさいよ!」
「どんな気持ちだよ」
「どんなって……なんでもないわよ!」
さすがに「告白かと思ってドキドキしてました」なんてクルトに言うわけにもいかず、私はまた照れ隠しにクルトを叩いてしまった。
「ママ、パパ。ケンカはだめ」
私達に多い被さっているリルが二人の顔を見やりながらなだめてくる。叩いたのがイヤだったのか、うっすらと彼女の目許には涙までたまっていた。
「ち、違うのよリル。これは別に喧嘩してるわけじゃなくて」
「ああ、そうだ。いつもと変わらない冗談だぞ、リル」
「ほんとう?」
私とクルトがアイコンタクトをして同時に、
「そうよ」
「そうだ」
と答えた。
するとリルは一転して満足そうに笑い、また私達をぎゅっと抱きしめてきたのだった。
――まあ、いいか。
今はもう満身創痍だ。
イビルを封印することができた。この学園を守ることができた。
それだけで、今はいいとしよう。
「そういえば、今はまだ選抜競技の途中だっけ。一位の杯を取りにいかなくていいの?」
私が尋ねると、クルトはまるで急ぐ気もないように暢気に息をついた。
「もういいかなって。なんというか、疲れたしさ。もう魔法を使えないしな」
「そうね。私達落ちこぼれだものね」
「だから俺は違う」
「いいえ。貴方もそうよ! 絶対にそう言い張ってやるんだから」
「はいはい……。俺も一緒ですよ、っと」
「リルもいっしょ?」とリルが楽しそうに尋ねてくる。話の意味などわかっていないだろう。ただ私達が話しているのが楽しそうで混ざりたいだけだ。
そんなリルをそっと抱きしめ返し、私は言う。
「ええ。リルも一緒よ。これからも」
「えへへー」
リルはひたすら嬉しそうに頬を緩め、私達に顔を擦り付けてきていた。
二年に一度の魔法大会。
学園一の私達のお祭りはそうしてゆっくりと幕を閉じた。
その後、駆けつけてきたローズマリー先生や他の教員達によって騒ぎの収束が行われ、選抜競技もすべての選手が棄権したことによって、今年は優勝者なしという異例の事態に終わったのだった。
祭りとしてはなんとも不完全燃焼で曖昧な終わり方をしてしまったが、イビルという災厄による脅威は防ぐことができた。それだけでも結果は上々だろう。
私とクルト、そしてリルは、すっかり疲れ果て、瓦礫の残る屋上で並んだまま眠ってしまっていた。ローズマリー先生が川の字で眠るそんな私達を見て、
「まあ、こんな時に。なんて仲がいいこと」
そう微笑ましく呟いたということを、私は後になって彼女に冷やかされたのだった。




