-12『見えざる一手』
バーゼンはぎりぎりと歯を食いしばり、不愉快に苛立ちを募らせていた。
私達が屈するところを見たかったのだろう。ずっと目の上のたんこぶとして邪魔に思っていたクルトを見下すことを楽しみにしていたのだろう。
しかし未だ諦めずに対峙してきたクルトを見て彼はひどく憤慨していた。
「なんで……なんで諦めない。ここまでの力の差を示しても、どうしてっ!」
決して届かないほどの差。
バーゼンはずっとそれをクルトに感じていたのだろう。だから彼は、悪魔の力を使って埋めようとした。
しかしクルトは悪魔に頼らず、私達を頼った。
その違い。その孤独がバーゼンを更に憤慨させていた。
その苛立ちを暴力へと変え、私達へと魔法球を撃ち放つ。
「リズ! リル!」
「まかせなさい」
――クォォォ。
クルトはリルの脚を駆け上って私の後ろに跨がった。そしてリルが天高く飛翔する。
やはり魔法球が追いかけてきたが、リルは懸命に翼を羽ばたかせて逃げ回る。首を曲げて迫り来る魔法球に自らの吐き出した火球をぶつけ、相殺させた。
「やるじゃない、リル!」
私に褒められ、リルは一層機嫌良さそうに空を飛んだ。調子づいたように動きが速くなっていく。
リルも私達の力になれて喜んでくれている。
しかし全てを打ち落とすことは不可能で、数発はリルにまで届いて着弾した。更にはなおも地上でバーゼンが続けて魔法球を撃ちだし続けている。
これでは結局じり貧だ。
なにも状況は変わっていない。
この状況を打開しないと。
「リズ」
「なによ、クルト」
「俺を……信じてくれるか?」
ふと後ろに振り返った私に、クルトは真剣な面もちをしてそう尋ねてきた。
瞳には全くの揺るぎがない。
意図は分からないが、その力強さに頼もしさを覚えた。
「わかったわ」
私は頷く。
直後、クルトはリルの体を優しく叩いた。
「リル。もう少し頑張って逃げ回ってくれ」
――クォォォ。
幾度と被弾して体は煤だらけになりながらも、大好きな私達に応えるようにリルはまた大きく翼を広げる。
「蠅をたたき落とす感覚っていうのはこういうのだろうな。はははははっ、逃げたって無駄だぁ!」
執拗に攻撃を続けるバーゼン。
複数の迫り来る魔法球の中に、一つだけとりわけ巨大なものが混じっていることにリルは気づけなかった。
――クォォォ!
直撃。
巨大な爆炎がリルを襲う。
彼女の体が大きく揺さぶられ、クルトが中空へと投げ出された。
クルトが咄嗟に私の腕を掴む。
私はそのまま彼の力に耐えられず、引きずり込まれる形で私も一緒に空へと放り出されてしまったのだった。
きゃあっ、と私の悲鳴が上空に響く。
空に足場などない。
一度舞えば後は落下するのみだ。
唯一空を自由に動けるリルは、なおもバーゼンから放たれ続ける魔法球にさらされ、私達どころではなくなっている。
真下は遙か遠い地上。
落下すれば打撲どころの騒ぎではない。
空気を切るように体が急降下し始め、恐怖に身が竦む。
「リル。俺を信じろ」
耳をつんざくほどの風切り音の中、私の腕を掴んだままのクルトがそう叫ぶ。
私はその声を頼りに、ひたすら臆さず、どうにか目を見開いて真下を見つめた。
「しとめた!」
バーゼンの歓喜の大声に私がふと目をやると、幾度と魔法球受け続けたリルがついに限界を迎えて地上に叩きつけられていた。
森の木々が受け止めてくれて大事はならなかったようだが、立派な翼は傷つき、所々破れてしまっていた。
バーゼンの目標が落下中の私達へと切り替わる。
「へへっ。あとはおまえ達だけだぜ」
ぎらついたバーゼンが舌なめずりをするように私達をとらえる。
空中では逃げ場などない。恰好の的だ。
いや、ただでさえ追尾してかわすこともできない。
もはやバーゼンは決定的な勝利を確信したようにほくそ笑んでいた。
「気持ちのいい花火を打ち上げてやるぜ。祭りの終演に相応しい、な」
品のない高笑いを響かせ、バーゼンは自身の目の前にいくつもの魔法球を浮かべた。そのどれもがこれまでの魔法球よりもずっと大きい。
決着をつけにきたのだとわかる。
リルを撃ち落とすほどの魔法。
私達がまともにくらえばただでは済まないかもしれない。
だがその恐れを打ち払うようにクルトが私の手を握り、真っ逆様に落下しながらも私の体を強く抱きしめた。
――ちょ、ちょっと!
思わず照れてしまったが、そんなことを言っている場合ではない。
どうにせよ、もしバーゼンの攻撃回避しても落下して地面に衝突するだけ。
ならばもう、覚悟を決めるしかない。
「――リズ」
「ええ」
目を合わせてきたクルトに私は息をのんだ。
「潔く死ぬ覚悟ができたか。案ずるな。お前の魔法力は俺がしっかりともらってやる」
バーゼンの魔法球が撃ち出された。
それは放物線を描いて的確に私達へと向かってくる。
そんな最中、クルトは私をさらに強く自分の方へ抱き寄せると、自分の制服の上着を私にくるませた。
「……頼む」
ぼそり、彼はそうとだけ呟いたかと思うと、私はそのままに自分だけ空中で身を反転させる。直後、落下していく自分の目の前に巨大な魔法球を出現させた。
おそらく、今できる最大級の魔法力を込めたのだろう。その大きな魔法球を、しかしクルトはバーゼンと正反対の方へ向けている。
「あがくつもりか? だが空中ではコントロールできていないようだな」
まるで無力な蠅を眺めるように余裕の笑みを浮かべたバーゼンに、しかしクルトは不敵に笑む。
「それはどうかな」
途端、彼は真逆の方向へとその特大の魔法球を撃ち出した。
空気を揺らすほどの激しい衝撃だ。
まるで意味のない空撃ち。そう思っていたバーゼンは直後、その表情を驚愕に一変させる。
魔法球の衝撃にさらされた私とクルトと体は、その反動によって大きく軌道を変えていた。真下に落ちていたはずの私達が、まるで壁を蹴ったように、バーゼンがいるところへと入射角を変えて落下始めたのだった。
「なにっ?!」
さすがのバーゼンも、想定外の挙動に焦りを浮かべ、歯を食いしばる。
「だが無駄だ」
しかし先ほど撃ち出されていた魔法球が未だクルト達を追いかけていた。
「俺への奇襲のつもりだったか。だが残念だったな。お前達は撃ち落とされて終わりだ!」
その言葉の通りに魔法球が私達を捉え、迫る。
今にもぶつかり爆発が起こるというその刹那、クルトは私を投げ捨てるように自分から離した。
そのままクルトは学校の屋上に落下する直前で魔法球に撃ち抜かれ、大きな爆発と共に屋上へと身を投げ出された。
クルトに放り投げられた私も、同じように強く屋上に叩きつけられる。
「自分だけ助かろうとリズを囮にでもしたのか? 残念だったな。追尾するのはお前だよ」
「……ぅぅ」
「まだ息があるのか。爆発で落下の衝撃が弱まったか?」
爆発の噴煙が薄く残す中、バーゼンは勝利を確信して口許を緩める。
そんな彼に、しかしクルトも屋上に力なく倒れながら、返すようにふっと笑う。
「いや。俺達の勝ちだよ、先輩」
「ん? ……はっ!」
バーゼンが気づいた時にはもう遅かった。
噴煙の微かな視界不良に紛れ、彼の背後に人知れず回り込んだ人影の存在に気づけなかったのだ。
「もらったわ!」
「リズ、だと?」
そう、私はクルトに囮になどされたわけではなかった。むしろ囮はクルトだった。
クルトに空中で投げ出されたその瞬間、彼は私を包み込んだ制服の上着に硬化の魔法をかけ、私を落下の衝撃から守ったのだ。そうして攻撃は自分で受けた。バーゼンの狙いが執拗にクルトであるとわかっていたからだ。
激しい痛みはあったものの、どうにか無事に着地できた私は、気配を殺してバーゼンへと詰め寄っていた。
すぐ背後。死角から腕を伸ばし、彼の握っていた封印の箱を掠め取った。




