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 -10『私がいる』

   ◆


「それ……その子は、リル、なのか?」


 驚いた顔を見せたクルトは、リルに跨がる私を見てそう尋ねてきた。


「ええそうよ」と私が答えると、クルトは更に驚いた風に大きく目を見開かせていた。


 真っ白な竜の姿をしたリルも、長い首をクルトへ振り返らせる。そして鼻先をクルトの顔に甘えるように擦り付けた。


 爆発の煙が残る中、クルトもその鼻先を撫でるように手を伸ばし、二人のシルエットが触れあう。


「リル、痛くはなかったか」


 クルトを庇って被弾したリルの翼を見やりながら、気を使って言葉を投げかけるクルトの声は優しい。目の前のそれが自分の知っている子供の姿でなくても、クルトはすっかり理解し受け入れていた。


 ――クォォォ。


 機嫌良さそうな高い声でリルも応える。

 あまり被弾をした影響はなさそうだ。


「ちょっとちょっと。再会の挨拶のところ悪いけど、今はそれどころじゃないでしょ」

「ああ、そうだな」


 クルトが気を引き締め、相対していたバーゼンへと向かいなおる。


 そのバーゼンはというと、眼前に突如として現れた竜を前にして愕然と口を開けていた。


「そ、そいつはなんだ……」

「お前も書物に目を通したんだろ。いや、イビルのことしか調べられてないのか」


 クルトでもレニアの力を借りなければ詳細に把握できなかったことだ。


「この子は竜だ。遙か昔にこの地に実在した、人類の守護者だよ」

「竜、だと?」


 バーゼンの声が裏返る。


「いや、確かにそのような記述はあった気もするが」


 バーゼンは訝しげにリルを睨んだ。


 クルト達人間に対して圧倒的に自信を持っていた彼の瞳が、眼前の白き竜を映した途端に足を竦ませていた。


「私たちが相手よ、バーゼン」

「相手? おい、ふざけるな。お前は競技の部外者だろうが。今は伝統ある選抜競技中なんだぜ」

「あら。それなら貴方もイビルがいるじゃない。そっちも助太刀があるようなものでしょ」


 屁理屈のようなものだが、バーゼンがイビルの力を借りているのは事実だ。


 私達が竜を伴ってやってくることは、バーゼンからすればまったく予想外のことだったのだろう。


 おそらくこの選抜大会でクルトを襲うことは計画的に進めていたはずだ。なにかしらの手段で競技の内容を事前に知っていたのかもしれない。彼ならば家業の手伝いと嘯いて尖塔を昇る階段に何かしらの細工などをしていてもおかしくはない。


 クルトと一対一で決着をつける。

 その丁寧に用意してきた算段がくずれたのだ。予想もしない『竜』という壁によって。


 バーゼンは動揺を隠せないでいた。

 しかしそれでも彼の手元にイビルの箱が握られている以上、彼の継ぎ接ぎで盛られた自信は揺らぎはしない。


「まあいい。邪魔をするというのなら、その竜すらも食らってやる」

「この子は簡単には負けないわよ。なんたって私の子なんだから。リル!」


 私の声にあわせてリルが天高く飛翔した。


 もはや細かい指示など必要ない。一言と、背中にしがみつく手指の機微でリルは感じ取ってくれる。


「飛んだって無駄さ」


 バーゼンは魔法球を数個生みだし、リルへと射出する。先ほどよりも数は少ないが更に大きい魔法球だ。


 ルーラの固有魔法によって絶対的な追尾性能を持つそれは、遙か頭上に舞い上がったリルを追いかけていく。リルはそれを振り切ろうと一度高く飛び上がり、またすぐに急降下し、そうして体をきりもみして捻ったりと試していく。だが執拗に迫る魔法球はついにリルの翼尾をとらえ、爆発を起こした。


「きゃあっ」


 私は爆炎と煙にさらされ顔をしかめる。

 だがリルは顔を煤けさせながらも、一切も怯まずにいた。むしろ今度は果敢にバーゼンへと向かう。


 巨竜の大きな体による突進。当たればどんな人間でもタダでは済まないだろう。


 獰猛な牙をむき出しにしてバーゼンへと急降下したリル。しかしバーゼンはそれを、封印の小箱を掲げることで、そこから噴き出した黒い霧によって、まるで壁で守られたかのようにリルをよせつけなかった。


 黒い霧が質量を持った風のようにリルの巨躯を押し返したのだ。


 中空でバランスを崩したリルは、それでも私を落とさないように必死に翼を羽ばたかせた。


「大丈夫、リル?」


 ――クォォォ。


 平気なようだ。


 簡単にはバーゼンに近づかせてもらえないらしい。だが私にできることはあまりない。私の魔法は戦いには不向きすぎる。それでいて屋上にいるクルトはもはや満身創痍だ。


 ――リルに頑張ってもらうしか。


「どうにか隙だけでも作れれば……きゃっ」


 一度上空へ逃げたところへ、再びバーゼンの魔法球がぶつけられる。


「どうした。竜も所詮はその程度か」

「くっ……」


 一度は狼狽していたバーゼンだが、すっかり余裕を取り戻したらしい。実際、既に多くの力を蓄えたイビルの魔法力は計り知れないほどに増している。


「リル、だったら魔法よ」


 私の指示にリルが応え、彼女の鋭い牙を持った口が大きく開かれる。その口元から火花が散ったかと思うと、直後に熱風を感じるほどの巨大な火炎球が撃ち出された。


 これが竜の力。

 決して並の人間では届かなさそうなほどの凄まじい魔法だ。


 全てを焦がすような猛熱の火炎球がバーゼンへと降り注ぐ。


 これにはさすがのバーゼンも再び焦りを浮かべた――と思った私に、彼は不適に笑みを返す。


「……?!」

「ふふっ。イビルはこういうこともできるのさ」


 逃げることもせずバーゼンが箱を掲げる。

 すると、彼に向かいくる火炎球がその箱へと吸い込まれてしまった。


「そんなっ!」


 封印の箱によって火炎球までもが吸収されてしまった。


「さすがは竜の魔法。いい具合に溜まっているな」

「魔法すら寄せ付けないというのか?」


 状況を見守ることしかできないクルトは口惜しそうに言った。


「そうさ。すなわち俺は最強。俺には誰も勝てないのさ!」

「そんな……」


 その気になればクルトの魔法すらも吸い取れていたというのか。そうしなかったのは魔法の直接のぶつかり合いで優劣を示したかったのか、それともただの慢心か。


 どちらにせよ、いかなる魔法をもバーゼンには通らないという事実。それはクルトの精神を挫くには十分なほどの衝撃だった。。


「これじゃあ勝ち目がない。どんな魔法の天才にだって無理だ」


 弱音が漏れた。

 クルトですら勝てず、竜のリルさえも打つ手がない。


「絶望したか? 俺との差に」


 呆然と立ち尽くすばかりのクルトを横目に、バーゼンはリルに魔法球を撃ち込み続ける。


 リルはかわそうとするがやはり的確に追尾され、何十回という爆発を受け、ついにその巨体を大きくよろめかせた。


「リル!」


 自分の傍へとふらふらゆっくり降り立ったリルに、クルトは軋む体を無理に動かしてでも駆け寄った。


「リル、大丈夫か」


 ――クォォォ。


 返事は力なげだった。

 しかしそれでも気持ちは挫けていないのか、首だけは力強くバーゼンへと向けられている。


「すまない、リル」


 ――クォ?


「俺のせいでこんな痛い思いを。ただでさえ、俺達のご先祖様のために封印されていたのに」


 せっかく解放されたかと思えばこんな始末。人間の醜い争いに巻き込まれてほとほと迷惑していることだろう。


 リルはまだまだ子供だ。

 そんな子をこんな目に遭わせてしまっている後ろめたさがクルトはたまらないのだろう。リルに手をかけながら悲痛に顔をゆがませている。


「人の勝手で封印されて、今も俺のせいで傷ついている。リルにそんな義務なんてないのに」


 力なく、申し訳なさそうにそう言うクルト。だが、そんな彼がリルの首元を優しくさすった時、


 ――大丈夫だよ。


 そう、確かに声が届いてきた。

 私だけではなくクルトにも聞こえたのだろう。驚いて耳を疑った顔を浮かべている。


 それがリルのものだと二人してすぐにわかった。聞き慣れたあの子の声を間違えるはずがない。


 ――リル、ママとパパのやくにたちたいもん。ママもパパも、だいすきだから。


「…………」


 ――リル、まだがんばれるよ。だってママとパパがいるもん。


「……リル」


 ――ママもパパも、いつも一緒にいてくれた。リルをたすけてくれた。だからリルは、まだ頑張れるよ!


 リルはそうして力強く両翼を持ち上げると、天を貫くほどの大きな咆哮あげてみせた。まだ元気だとアピールするように。


 しかしクルトの顔はまだ優れないままだ。


「だが、イビルの力はあまりにも強すぎる。誰にも、たとえ学園長にだってきっと止められない」


 そう言うクルトに、しかし私は胸を張る。


「なにを言ってるの」と。


 不遜とでも言われるだろうか。そんなくらい堂々と不適に笑い、私はクルトを見下ろして言った。


「誰にも止められない?」


 そんな訳ないじゃない。


「――私がいるでしょ!」


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