-9 『加勢』
勢いづいた鉄球をくらったようにバーゼンは大きくのけぞり、衝撃で口から飛沫を飛ばした。
――よし、一撃を与えた。
このままどうにか攻撃を通して制圧することができれば。
微かな希望を胸の内に抱けたその間際、しかしバーゼンはけろりと表情を平静に戻してクルトをにらみつけた。逆に接近してしまったクルトの胸ぐらを掴み返す。
「弱いくせにいきがるなよ!」
「ぐはぁぁっ」
地面にたたきつけるように投げられ、クルトの体は屋上の石材の床へと激しく擦られた。
まるで効いていない。
衝撃は与えたものの、魔法のダメージはすべて吸収されているようだった。
「調子にのるな!」
それでも少しでも攻撃を受けたことがよほど腹だったらしい。バーゼンは微塵も隠さず怒りを露わにすると、致命に至らない程度に緩めた爆発の魔法球を執拗に何度もクルトへぶつけた。
小さな爆発を何度も何度も。
クルトを殺すというより、まるで子供の嫌がらせのよう。
それをクルトは必死に、硬質化させた制服を盾にして耐えた。
バーゼンはそんなクルトを見るのがさぞ気持ちいいのだろう。
攻撃を続けるほどに眉間のしわは緩まり、口角が持ち上がっていく。
お前は所詮、俺にはかなわない。そう言いたげに。
もう盾で防ぐのも限界だ。
魔法力の消耗が激しすぎる。肉体的な損傷だって大きい。
クルトの疲労はもはや限界を迎えようとしていた。
そんな矢先、
「クルトとバーゼン?」
遅れていた選抜生徒の後続組がやっと屋上へとやってきた。
随分遅い――いや、むしろ今のバーゼンとの組合いが一瞬だったのか。
選手の一人である男子生徒がクルト達を見つけ、急いでいた足を止める。それに続いてやってきた他の数人も同じように立ち止まった。
優勝候補である二人がこんなところで戦っている様子に驚いているようだった。
だが今は競争中。
そんな二人を差し置いて一人の男子生徒が脇を通り抜けようとする。
それを見逃すバーゼンではなかった。
「駄目だ!」とクルトが気づいて叫んだ時にはもう遅い。
「おいおい。水を差すなよ」
バーゼンはその男子生徒へ向けて大量の魔法球を射出。ひとつ残らず全てを着弾させ、小規模の爆発を起こした。
男子生徒はその爆発の衝撃で激しく体を吹き飛ばす。
そんな男子生徒にバーゼンが手のひらを向けると、そこから黒霧が噴き出て、倒れた男性と包み込んだ。
「雑魚は雑魚らしく黙っていろ」
バーゼンがそう言ってこぶしを握り締めて引き寄せると、まるで生気を抜かれたように男子生徒は気を失ったのだった。
「おい、やめろ!」
つい感情的にクルトは叫んでしまう。
他の選抜生徒たちは何が起こったのか理解できていない。
だがクルトだけは、彼のやったことを正確に把握していた。
魔法を奪ったのだ。ルーラ達のように。
クルトは急いでその男子生徒へ駆け寄った。
鼓動は動ている。
命に別状はないだろう。だが完全に意識はない。
「ああ、いいものだな。雫もかき集めれば湖となるか」
バーゼンの口元が不気味に持ち上がったのに気づき、クルトは背筋が伸びるほどの襲われた。その直後、
「みんな、逃げてくれ!」
そう咄嗟にクルトが叫ぶと同時に、バーゼンは他の生徒達へも魔法球を射出していった。その悉くが命中し、爆発が生徒達を襲う。
容赦のないそれは瞬く間に、場を制圧したように生徒達を屋上の床へとひれ伏せさせた。そうして躊躇いことなくバーゼンは彼らから魔法を奪い取っていった。
「悪くない」
まるで馳走をたいらげたように満足げにバーゼンが笑む。
それはもはや蹂躙。殺戮のようだった。
クルト以外の他の生徒達はすべて倒れ、バーゼンに魔法を吸い取られて気を失っている。そんな死屍累々な、絶望的な光景がクルトの眼前に広がる。更に最悪なのは、その生徒達の力を吸っているおかげでよりバーゼンの魔法力は高まっていることだ。
バーゼンが自身の周囲に魔法球を生み出す。
その数は最初よりもずっと多く、十を軽く超えていた。しかも一つ一つが大きく、見るからに威力が高い。
「そんな……」
愕然とするほどの力の差だった。
もはやクルトにだって耐えられない。
学園長や他の職員が助けに駆けつけてくれる可能性だってあるが、もはや彼らでもバーゼンを止めることは不可能だろう。それほどに彼の力は兄弟に膨れ上がっている。
「さて、メインディッシュをいただくか」
下卑た笑みを浮かべたバーゼンは、ついにその大量の魔法球をクルトへと撃ちだした。
――もう、無理だ。
迫りくる無数の魔法球にそんな諦めの気持ちを抱き始めていた時。
「クルト!」
聞き間違いかと思うような、どこか聞き馴染みのある声がした。その瞬間、クルトの目の前に巨大な何が落下し、バーゼンから壁を作るように立ち塞がった。
その何かから伸びる長く巨大な二つの腕のようなものが、バーゼンの魔法球をはたき落とす。その二本の腕が大きな翼であるとうことにクルトはしばらくして気づいた。
視界を埋め尽くした真っ白な巨躯。力強く広げられた純白の翼。異質なその上に、見慣れた顔が一つ。
「……リズ?」
真っ白な巨体に跨っていたその少女は、クルトへと振り返ると頼もし気にはにかむ。
「随分とボロボロじゃない。私達の助けが必要かしら?」
状況に不似合いなほど気さくな明るい声を向けられ、クルトは拍子抜けした風につい微笑をこぼしてしまった。
なんだろう。
切羽詰まっていた心が少し、深呼吸でもできたみたいだ。
「……ああ。ちょうど人手が欲しいと思ってたところだ」
「竜の手もね」
――クォォォォ。
リズが明るくそう言って跨っていた白く巨大な何かを優しく叩くと、それはけたたましい嘶きを天高く響かせたのだった。
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