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 -8 『決死の抗戦』

   ◆


 クルトはこれまでにない焦りを浮かべていた。


 眼前に立ちはだかるバーゼンという青年。

 その彼が手にしているイビルという凶悪な悪魔を前に、どうすればいいものかと困惑していた。


 バーゼンの周囲に黒い霧が立ち込めている。

 ただそこにいるだけなのに、まるで凄まれたような威圧感が肌を焦がした。


 彼を超えて急いで塔を登りなおさなければ、頂にある杯を得られずに負けてしまう。かねてからの願いだった学園のトップを勝ち取れなくなる。もしかすると、こうして足止めされているうちに誰かが先を行ってしまうかもしれない。


 どうにかしてバーゼンを回避して向かうという手もある。


 だが――。


「イビル……」


 何百年も前に封印されたという災厄の悪魔。

 なによりもそれをそのままにして放置しておくことなどできるはずがない。


 ――もしもこの悪魔が他の生徒を襲ったら。


 並の生徒で奴に勝てるはずがない。

 そうして魔法を奪われればイビルの力が更に増してしまうだろう。


 どうやらバーゼンはクルトを置いて頂上の盃を目指すつもりはないようだ。あくまで目的はクルト。その敵視は自身の最優秀の座を奪い取った後輩だけに向けられている。


「バーゼン先輩……この人はここで止めないと」


 クルトは一度、競技の杯のことを頭から取り払い、きりっと目元を据えてバーゼンに相対した。


 バーゼンと戦うことに自信はない。


 魔法球の大きさや射出の精度、固有魔法の練度。これまで様々なものに対して研鑽を積んできたが、対人的な経験は浅い。ましてや目の前にいる相手は、負ければ全てを奪い取ってくる邪悪の化身だ。


 ただの競い合いではない。

 負けられないという緊張を、渇いた唾とともに嚥下した。


「どうした、クルト。怯えているのか、お前が?」


 余裕の笑みを浮かべたバーゼンがそう煽ってくるのをクルトは冷静に聞き流す。


 流されては駄目だ。


「俺は自信に満ち溢れているぞ。今ならなんだってできそうだ。ほら、見てみろ」


 バーゼンが手を前に伸ばす。

 それと同時に小さな魔法球が数個現れたかと思うと、それは瞬く間にクルトへと射出された。


 魔法球は淡い光の尾を引きながら空を裂き、クルトの足元に、点で円を描くように正確に着弾する。直後、それらの魔法球が同時に小さな爆発を起こす。


 煙でむせ返る程度で痛みはなく、挑発目的なのは明確だ。だがそれ以上に、その魔法を見てクルトは水面下でふつふつと情念をたぎらせていた。


 ――ルーラとラクスト。


 正確な射撃と複数の魔法球。それと爆発。

 本来ならばあの二人だけがそれぞれ使えるはずの固有魔法。


 なんだってできる。

 バーゼンのその言葉は、奪い取るという意味ではまさに的を得ているようだった。


「どうだ、すごいだろう」

「バーゼン先輩。それは危ない力だ」

「危ない? そんなことはないぞ。俺の願いは忠実にかなえてくれる素晴らしい力だ」

「妄言を。先輩は利用されているだけだ。イビルという恐ろしい悪魔に」


「俺だっていろいろと調べたさ。幸い、俺の家にはそれなりに古い書物も揃っていてな。それにお前達が開いてくれた書庫の情報のおかげでイビルという存在にたどり着けた。本当に感謝しているよ」


 バーゼンも神童と呼ばれたことがあるほどの秀才だ。

 情報の糸口さえあれば彼ならばイビルに行き着くことも難しくはないだろう。


「調べたのなら知ってるはず。そいつはかつて、世界を食らおうとした悪魔だ」

「それは弱者の言い訳さ。搾取されることに畏れ、あらがうこともできない者の。イビルはただ純粋なる強者だった。その強者にたどり着けず、それでいてひれ伏すことを認められなかった連中が疎み、迫害したのだ」


「強いからって奪っていいわけじゃない」

「奪われたくなければ、奪われないよう強くなればいいだけだろう」

「それは自分が上にいるから言える言葉だ。それより下の人間のことなんてまったく見向きもしていない」

「それの何が悪い!」


 慟哭のようにバーゼンは声を張った。


「弱者は強者によって支配される。人間だけでなく、自然の理だろう」

「一方的な支配は、それはもう知性の欠片もない蹂躙だ。人間はそんな浅はかな生き物じゃあない」

「お前のそういう、上に立つくせに甘ったるいことを言うところが俺は大嫌いだったんだ」


 こめかみにしわをよせ苛立ちを見せたバーゼンが魔法球を撃ちだした。


 今度は先ほどよりもずっと大きい。

 直撃すればそれなりの衝撃と痛みは避けられないだろう。


「くっ……!」


 クルトは咄嗟に地面を蹴って横に跳んだ。


 だがバーゼンの魔法球はルーラの固有魔法によって正確に追尾をしてくる。跳躍した先にまで追いかけてくる魔法球に、クルトは自身の制服の上着を脱いで広げてみせた。


 盾のように広げたそれに魔法球はぶつかり、そして爆発を起こす。

 激しい衝撃が空気を揺らす。だがその中心にいるクルトは一切のダメージを負ってはいなかった。


「服を咄嗟に硬質化させたか。どこまでも憎いほど優秀な固有魔法……それも俺のものにしてやる」

「くそっ。逃げることは無理か」


 どうにか防御はできたものの、かわすことができない以上じり貧だ。ひたすら服を硬化させて盾にし続けても限度がある。魔法の行使はそれなりの力を消耗する。他者の魔法力を吸い取って無尽蔵に力を得たバーゼンと比べては勝てるはずがない。


 かといってクルトが魔法球を撃ち返してみても、バーゼンがひとたび手に持った箱を掲げると、まるで引き寄せられるようにそこへと吸い込まれてしまった。


「魔法はイビルの餌だ。餌付けしてくれて助かるよ、クルト」


 あざけるようにバーゼンが言う。


「魔法での攻撃は駄目か」


 だとすればどうバーゼンに打ち勝つというのか。まったくわからない。


 だがこのままでは負けてしまう。

 どうにか解決の糸口を見つけ出さなければ。


 ――不意をつければ、あるいは。


 あのイビルの箱を使えなければ直撃の可能性もある。

 しかし開けた屋上で彼の目を欺くのは難しいだろう。


「どうしたクルト。逃げることで精一杯か!」


 調子づいたようにバーゼンは恍惚に笑う。

 その間も魔法球はバーゼンの手元から幾度となく射出され、クルトを襲った。


「逃げてばかりだとなにもならんぞ」

「自分を磨くことから逃げた人には言われたくない」

「逃げたんじゃない。強くなるための他の方法を見つけただけさ」

「詭弁を!」


 ひとまず飛んでくる魔法球を防ぎ切ったクルトは意を決してバーゼンへと突っ込んだ。ぎりぎりまで接近し、魔法球を撃つ。


「魔法は無駄だと言っただろう」

「硬質化っ!」


 撃ちだされた魔法球に更に魔法をかける。

 魔法が駄目なら、それを無理やり魔法ではない別の物質に変化させて吸収できなくする。


 初めてのことだ。そもそも固形の物質ではないそれに可能なのかはわからないが、一か八かにかけるしかない。


 魔法球を鉛へと変化させる。

 撃ちだす瞬間に複雑に魔法を組み上げ、手のひらに力を込めた。


 光り輝く魔法球が瞬時に、不透明な鉛色へと変わる。


「なに!?」

「くらえっ!」


 ありったけの力を込めて撃ち込んだ魔法球は、箱に吸収されず、バーゼンの腹部へと思いきり叩きこまれた。


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