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 -6 『相対す』

   ◆


 クルト=マークライトは誰よりも抜きんでていた。


 勉学は常に上位。運動も得意。恵まれた容姿を持ち、おまけに性格も良く申し分ない。


 そんな羨望溢れる才覚を持って生まれた彼ほど、この二年に一度の選抜競技において注目されている生徒はいないだろう。


 遙か昔から続く名家と呼ばれるマークライトの

名に恥じない彼の素行は、学園に入学してからというもの、全校生徒から高く評価されるほどに完璧だった。


「今回の選抜競技もクルトが取るだろう」とは何度も囁かれた言葉だ。


 クルト自身もそうだと固く信じているし、それを実現するために研鑽を積んできた。選抜候補に選ばれるためには学業を励み、一定以上の成績を収めなければならない。更には魔法の素質も欠かせない。体育の授業などの成績から身体能力も加味される。


 クルトが選抜競技の優勝候補筆頭に躍り出たのは、それ相応の努力を毎日欠かさずに行っていたからだ。


 名家であるマークライトの子として、期待を向けてくる両親に応えるため。学園の主席となって今後社会に出てからの地位を得るため。


 そしてなにより――。


「私、魔法がうまく使えないの。へぼへぼなのよ」


 今でも頭の片隅にこびりついて離れない、女の子の言葉。クルトがまだ七歳くらいだった頃だろうか。


「みんな自分の魔法を使えるようになってるのに私は全然。だからみんな、私を馬鹿にするの。まともに魔法も使えない落ちこぼれだって」


 記憶の中の少女は口をとがらせ、ふてくされた風にそう言い捨てる。


 だからクルトは決まって言い返すのだ。


「だったらその悪口を言うやつら、みんな俺が負かせてやるよ。それで、お前に悪口を言ったやつらの前で、お前らもへぼへぼだ、って言ってやる」


 そんなことを、昔のクルトは何も深く考えずに言ったことを覚えている。


 あの日以来、クルトは誰よりも強くなるために頑張ってきた。


 あの日の言葉を実現するために。


 そんな些細なことが原動力だなんて、もしその少女が知ったら馬鹿にしてくることだろう。きっと鼻で笑ってきて、努力を無碍にしてくるに違いない。


 けれどそれでかまわなかった。

 それはもはや独りよがりな目標にすらなっていたのだから。


 一番になるために頑張って、そうなった姿を見せるのだ。


 二年に一度の魔法大会。そこで開かれる選抜競技は、この学園で選ばれた者達だけで行われる唯一無二の争い。頂点を目指して競い合い、この日の勝者が実質的に学園で一番となる。


 つまり、誰よりも強いということ。


 ――だから今日は、絶対に負けられない。


 人並み以上の意気込みを含ませながら、クルトは学園の校舎の壁を、魔法で硬質化させた僅かな庇などに足をかけながら駆け上っていった。


 目的地は、校舎で最も高い尖塔の頂。点を見上げるほどに高いそこは、垂直の石壁が長々と続き、起伏もあまりないため駆け上がるのは困難だ。最も確実なのは、その尖塔が座する根元の旧館から続く螺旋階段をひたすら上っていくことだろう。


「後続は……まだ来てない」


 校舎の屋上にひとまずたどり着いたクルトが後ろを見てみても、まだ他の選抜生徒達は追いついていないようだ。人混みの中を駆け抜けることに手間取っているのだろう。


「だったら確実に」


 外壁を駆け上がるのは圧倒的に難しく、リスクが大きい。ここは着実に上っていくことが正解だろう。


 見栄えとしてはあまりに地味だが、堅実であることは大事だ。


「絶対に勝つんだ」


 そのためには地道にでも突き進む。


 今いる新館の屋上から旧館に続く渡り廊下へと飛び移り、校舎の中へと入る。そうして旧館へと移った。


 この旧館は職員室などがある。以前にリズが隠されし書庫を探していた時に歩き回っていたのもこのあたりだ。いくつもの空き教室が立ち並んでいる。


 そんながらんどうな廊下を走り抜け、尖塔へと続く螺旋階段のあるフロアへとたどり着いた。


 見上げれば吹き抜けの螺旋階段が遙か遠くにまで続いている。これを登り切るのはそれ相応の体力が必要だろう。


 一度だけ大きく息を吸って覚悟を決め、クルトは螺旋階段を駆け上がり始めた。


 順調だ。

 あとはひたすらここを駆け上がるだけ。


 そうすれば頂上には学園長レグニスが指定した杯が置かれているはず。それを一番に手にして、クルトの優勝だ。


 いける。

 この調子で走り続ければ勝てる。


 あの子に――誰よりも強くなったことを示せる。


「よし、このまま。……っ!?」


 駆け上がるために強く踏みしめたはずの足が、まるで宙に浮いたような違和感に襲われた。


 足下の階段が崩れたのだ。

 力の入った足は石造りの階段を勢いよく貫くように踏み抜いた。


 勢いづいたまま転げるように、前屈みにバランスを崩す。かなり一気に上っていたせいもあって高所だ。下手に内側に踏み外せば相当な高さから落下することになる。


 クルトは咄嗟に、必死にまだ崩れていない目の前の階段へと腕を伸ばしてしがみついた。


 おかげで落下だけはまぬがれた状況だ。

 どうして急に足場が崩れたのか。旧館はもう何百年前に建てられた相当古い建物だ。老朽化が進んで朽ちていたのだろうか。


 ――でもよかった。


 そう安堵した瞬間、クルトの眼前に小さな光の玉が現れる。途端、それはクルトの目を潰すように激しく瞬き、同時に激しい轟音をまき散らすと共に爆発したのだった。


「うわあっ!」


 その爆発によってクルトの体は吹き飛ばされてしまっていた。衝撃で尖塔の外壁の一部が壊れ、むき出しになったそこからクルトは投げ出されるように落下してしまったのだった。


 爆発による痛みの最中、しかしクルトは冷静に、自分が高所から落下している事実を把握した。


 尖塔から体ごと放り出されている。このままでは屋上の三角屋根に激突するだろう。


「――魔法をっ」


 中空で咄嗟に身を翻し、地面に落下する直前に、足下へと向けて手を掲げる。


 固有魔法『物質変化』。


 着地する屋根の材質を瞬間的に柔らかくさせる。弾力が付与されたそれは落下してきたクルトの体を包むように受け止め、衝撃を和らげた。


「いたっ……」


 けれどもやはり多少の痛みは免れない。それでも重傷を負わなかったのは大したものだ。


 顔をしかめながら立ち上がる。


 しかしどうして爆発が。

 ただ老朽化した階段を踏み抜いてしまっただけで爆発などするはずがない。


 それに――。


「さっきの。あれはラクストの……?」


 まるで魔法球を爆発させる彼の固有魔法だった。


 ――何か事情があって参加できなかったラクストが妨害をしてきた? いや、彼はそのような悪人じゃない。


「まさか」


 咄嗟の逡巡で思い浮かんだ最悪の事態。

 そうでないことを願いたくなるクルトだったが、しかしそれを裏切るように、一つの人影が目の前を塞ぐように現れる。


 静かに靴音を鳴らし陰りの深い笑みを浮かべて現れたその人物に、クルトは怪訝に顔を歪ませた。


「……バーゼン先輩」


 そこにいたのはバーゼンだった。


「やあ、クルト。どうしたんだ、そんな煤だらけで」

「まさか貴方が?」

「なにがかな?」


 嘲笑を含んだような余裕のある笑みを浮かべて向かい立つバーゼン。その様子は明らかに異質だった。


 バーゼンだって競技中だ。一位を取るためにも、今すぐにでも塔の頂上へ向かわなければならないはず。それなのにまったく急ぐ様子も見せず、まるでクルトを阻むように立ち塞がっている。


「ああ、もしかしてこれか?」


 バーゼンは不敵に口許を持ち上げると、手のひらの上に小さな魔法球を作り出した。そしてそれをクルトへ向け、何の躊躇いもなく射出する。


「うわあっ!」


 クルトにぶつかったそれは同時に小規模の爆発を起こし、服を微かに焦がした。


「バーゼン先輩。その固有魔法をどうして貴方が」


 尋ねはしたものの、察しはとうについている。


 焦燥に駆られて苦悶の顔を浮かべるクルトに対し、けらけらと気味悪く笑うばかりのバーゼンは、おもむろに懐から小さな箱を取り出した。


 まがまがしく、まるで黒い霧がかかったようにその箱はおぞましい輝きを見せている。


「答えは簡単さ。この俺が、この学園で誰よりも最強の魔法使いに選ばれたからだ!」


 醜悪な顔を浮かべたバーゼンはその箱を天高く掲げた。するとたちまちに黒い霧が周囲を包み込むように噴き出し、日中に浮かぶ太陽の光すら取り込んだように辺りが暗くなる。


「そう、俺は選ばれたのさ。太古の魔神に!」


 バーゼンがけたたましく言葉を張ったのと同時に、周囲の黒い霧が全方向から包むようにクルトへと襲い掛かっていった。


   ◆


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