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 -4 『不穏な動き』

 選抜競技の内容から、出場しているクルト達の戦場は必然的に競技場の外となっていた。


 開始の合図と共に出場者全員が会場を飛び出し、目的の杯が掲げられている校舎の頂上を目指し始める。


 真っ先に会場を出てすぐの出店の通りを直進する生徒。やや遅れて混雑を避けて迂回する生徒。いろんな様子が会場の投影魔法によって観客に映し出されていく。


 クルトは人混みの中を突っ切って校舎へと向かう集団に混じっていた。もちろん同じように考える生徒は少なくなく、数人が最短ルートを競うように走っている。


 必要とされているのは基礎的な運動能力。走る早さもそうだが、観客にぶつかるわけにもいかない。その走る場所の判断力と、体勢を崩さぬように走る体感。そして魔法も有用だ。


 その点で秀でていたのはやはりクルトだった。


 自信の固有魔法『物質を変化させる』魔法により、混雑して通り抜けられなさそうな場所でも、出店の屋根の上に飛び乗って打開する。布で覆われただけの木組みの出店だが、クルトが足を乗せる瞬間だけその材質を鉄に変化。柱に強度を持たせ、その上を駆け抜けることを可能にさせた。


 恵まれた固有魔法の才と、それを一歩ごとに足下へ向けて実行できる集中力があってこその芸当だ。最短で人混みを抜けようとした一団の中からクルトは頭一つ抜き出ることに成功していた。


 さすがの期待を受けるだけあって、その好調ぶりに激しい歓声が響きわたる。


 このまま順調に進めばクルトが勝てるだろう。


 この後は校舎の中を進むか、外壁を駆け上がるか。魔法を使えば後者も可能になる。


 抜きん出た一位の後ろでは熾烈な上位争いがすでに始まっていた。魔法によって互いを邪魔しあい、蹴落とし蹴落とされていく。今回のルールはただ早い者勝ちだ。失格の定義はなく、魔法球をぶつけられて一度は倒れた生徒も、すぐにもう一度立ち上がって後を追う。


 身体能力と魔法力が拮抗している場合、有利を決めるのは固有魔法の差だ。ある生徒は跳躍力を強化して密集地帯を切り抜け、ある生徒は自身に向かう魔法球を全て反らせて身を守る。その固有魔法の僅かな有用性の差が、次第に彼らの順位を明確に分け始めていた。


「いけ! やっちまえ!」

「がんばってー!」


 道すがらの生徒達の応援が飛び交う。


 人混みがあればあるほど邪魔になってしまうが、彼らの道中には、その試合を間近で見ようと次々に生徒達が群を作っていた。


 まさにお祭り騒ぎだ。

 学園中が彼らを応援していて活気沸いている。


 そんな中、私は見回りだ。試合の内容にはあまり興味がないし、どうせクルトが勝つと思っている。それよりも、この騒ぎに紛れてイビルが何か悪さをしないか目を見張ることの方が大事だ。


「いたっ。ちょっと誰よ。足踏んだわよ!」


 選抜生徒達を見ようと駆け寄ってくる通行人に翻弄されながらも、とにかく手を繋いだリルだけは守るように抱き寄せながら歩いて回る。


 とにかくイビルを見つけなければならない。人がこれほど多く集まる今日ほど、他人の魔法を奪って強くなる彼が好ましい日はないだろう。


 必ずどこかで何かを仕掛けてくる。そんな確信があった。


 イビルはどんな悪さをする?

 もしこれが私だったらどうするだろうか。


「誰にも気づかれずに……となるとまずは人の少ないところかしら」


 この学園で最も人が近づかなさそうなところ。それでいて、できれば学園から離れていればなお良い。それだけ人目に付きづらくなる。


 そんな、学園の誰からも忘れられていそうな都合のいい場所なんて――。


「あっ」


 私はふと思い至り、リルを抱え上げて群衆から抜け出した。


 向かった先は――星待ちの塔。


「あそこなら他の生徒は誰も訪れない」


 私で実証済みだ。

 だから私も秘密基地に使っている。

 その私達が今は留守なのだから他に誰もいくはずがない。


 私は大急ぎでそこへ向かった。

 さすがに距離があって、リルを抱えて走るにはあまりに無茶すぎた。すぐに息が上がる。


 星待ちの塔まではまだまだ先なのに。


「はあ……はあ……」


 肩が大きく上下して、足も止まってしまった。


「ママ……大丈夫?」


 心配して顔をのぞき込んでくるリルに私は目一杯の笑顔を作り、大丈夫だと言葉を返す。だがとてもリルを抱えたまま走りきれる体力は残っていない。


 リルをひとまずここに置いていくか。いや、このお祭りの人混みの中に小さな子を残していくのは不安だ。じゃあ誰かに預けるべきか。けれど知り合いなんて近くにいない。保健室だってずっと遠くだ。


 どうしよう。


 心の焦り募り始めていた時、


「何やってるのさ」


 ふと声をかけられ、私は下がっていた視線を持ち上げた。


 レニアだった。


「貴方……図書館に逃げたんじゃ」

「失礼な。ちゃんと色々見て回ってたさ」


 ふん、と鼻を鳴らして怒られてしまった。


「それよりも何をしているのさ」

「ちょっと、星待ちの塔に行こうかと思ってて」

「あそこに? なんで。もしかしてそっちがサボろうとしてたんじゃないか?」

「違うわよ!」


 そんなつもりなんてまったくない。


「そうじゃなくて。あそこなら人目に付きづらいでしょ。イビルが何かをしてても騒ぎになりにくい場所といったら、学園で一番怪しいのがそこだ思って」

「……なるほど」


 納得はしてくれたようだ。

 顎に手を当てたレニアは小さく頷くと、私へと手を差し出す。


「リルを預かるよ。僕だって運動は苦手だけど、さすがにリズよりはマシなはずさ」

「さすが、男の子ね」


 私はふふっと微笑むと、その言葉に甘えてリルをレニアへと預けた。体が軽くなり、幾分か余裕が生まれる。


「封印されていたあの四角い箱。最初はちゃんと、あの塔のところにあったの。もしイビルがそれを今手にしているのなら、間違いなく一度はあそこにやって来たはず。星待ちの塔のことは間違いなく知っているわ」

「自分が封印されていた因縁ある場所だしね。利用していてもおかしくはない」


 私はレニアと一緒に星待ちの塔へと急いだ。


 学園の喧噪が次第に後ろへと遠ざかっていく。星待ちの塔へと続く寂れた小道には人影一つなく、祭りの盛況さとはかけ離れた静寂に満ちていた。


 そんな中を、草木を踏みしめる音を響かせながら私達はひた走った。


「ついたわ」


 星待ちの塔の扉がかすかに開いているのがわかった。私が最後に出たときはちゃんと閉めたはずだ。


 勝手に開くはずはない。

 誰かが中に入った。いや、いまその最中なのかもしれない。


 私とレニアは星待ちの塔の扉の脇に張り付くと、息をのんで顔を見合わせた。お互いに頷きあい、そっと扉を開けて中へと入る。


「……あれ?」


 しかし予想に反して中には誰もいなかった。私が前に訪れたときのままだ。乱雑に、休憩用の布団やらレニアが持ち込んだ本やらが散らばっているだけ。そこに誰かがいる様子はない。


「私の考え違いだったかしら」


 それならそれで問題ないのだが、まだ私の中で一抹の違和感がくすぶっている。その正体に気づいたのはレニアだった。


「リズ。上への階段が」

「え?」


 ふと気づけば、物陰に隠れるように吊り下がるように天井から階段が降りてきていた。私はずっとここを利用していたのに、そんな階段があるなんて知らなかった。星待ちの塔はとても背の低い塔だ。そのため一階しか場所がないと勝手に思っていたが、どうやら上階があったらしい。


「こんな階段があったなんて」

「隠し階段みたいだ」

「行きましょう」


 初めて踏み入れる星待ちの塔の上階。

 いったいその先に何があるのか。誰かがいるのか。


「…………っ!」


 息をのんで階段を上った私の目の前に現れたのは、薄暗く狭い部屋の中で倒れる一つの人影だった。


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