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 -3 『はじまり』

 管弦楽部による厳かな演奏と共に、昼の一五時を知らせる大きな祝砲が木霊した。


 二年に一度の祭典、この魔法大会におけるメイン競技――選抜競技の始まりの報せだ。


 満員となった競技場は熱気に溢れている。それぞれの出場選手を応援する横断幕や、この魔法大会を応援して出資してくれている近くの町の企業の広告などが並んでいる。観客達の興奮はまだ始まってもいないのに期待に急かされ随分と盛り上がっていた。


「皆の者、静粛に!」


 競技場の中央に置かれた台座に佇んでいた学園長レグニスがそう言葉を話つ。拡声器に乗せられて会場中に響いた彼の声に、観客達は息をのんで静まりかえった。


「今日の生徒達による演目もおおかた終わりを迎えた。どれも見応えがあり、今後の成長を期待させてくれる素晴らしいものじゃった。彼らがこの学園に息づいていてくれる限り、この町の未来は安泰じゃろうと思う」


 これまでの生徒達の健闘を讃えるように喝采がわく。

 学園長レグニスもその彼らからの拍手や歓声を満足そうに聞いていた。が、それを不意にきりっとした厳かな表情へと切り替えさせる。


「じゃが、お祭りの雰囲気はここまでじゃ。ここからは己の研鑽を極め、遙かな頂を目指す猛者達の競演」


 おお、と期待に会場がどよめく。


「選抜競技の開始じゃ!」


 学園長レグニスの張り上げた声と共に、盛大な花火が会場を彩る。


「この学園の頂点。最も優秀な生徒を決める刻がやってきた。その栄光への挑戦を認められた選ばれし者の入場じゃ!」


 管弦楽部によるファンファーレが響きわたると、会場の歓声に包まれる中、クルトを筆頭に数名の生徒達が姿を現す。


「選抜競技に任命された選ばれし子らじゃ!」


 先頭を歩くのはクルト。彼の恰好は競技用に卸された新しい競技服だ。見た目は制服のように襟が入っているが、身動きの取りやすい柔らかい生地が使われている。しかしそれでいて、格式だったこの場所に相応しいよう襟元や袖に装飾が施された非常に洗練されたものだ。


 そんな競技服をまとった生徒達がクルトの後に続いて次々とやってくる。まだ中等部の小柄なホープから、私達とほぼ同年代の高等部に属する有力な生徒達。その中にはバーゼンも含まれている。彼は不気味な笑みを浮かべながら、会場の真ん中へと足を進めていた。


 ――あれ?


 見回りもしながら会場の一角で眺めていた私は、ふと違和感に気づいた。


 入場する生徒達の中に、知っているはずの顔が連なっていなかったのだ。


「ラクストがいないわ」


 中央の壇上に立つ選手は現在九人。しかしその中に、クルトに対して非常に意気込んでいたあの筋肉男子の姿がない。


 まだ入場に時間がかかっているのかと思ったが、しかしどれだけ待っても現れなかった。


 会場の観客の中にも疑問を抱く人が何人か出ているのがわかる。ラクストもそれなりの実力を持った、クルトと張り合えるかもしれないと噂される数少ない優勝候補の一人だ。しかしそれも、沸き立つ会場の熱気にかき消されてしまっていた。


 会場の中央、学園長レグニスのいる壇上へと集まった選抜選手の中でも、クルトは同じように不思議そうにしていた。彼も何も知らないだろうか。


「彼らが此度の選抜競技を争う優秀な生徒達じゃ。なお、ラクスト=ブルンゲルは規定の時間までにやって来なかったため、規定に則り失格となった」


「ええっ!」と会場がどよめく。


 あれだけクルトに挑戦的だったというのに、まだどこかをうろついているというのか。それで間に合わなかったなんて格好悪すぎる。


 あきれた顔を浮かべた私と違って、しかし壇上のクルトはどこか思い詰めたように顔をしかめるばかりだった。その後ろではバーゼンがけらけらと笑っている。


 二人の声が私の方へかすかに届いてくる。


「そんな……ラクストが欠場だなんて。あいつはあれでも真面目なのに」

「お祭りでタガが外れていたんじゃないか。ああいう奴はどうも調子に乗ってしまうもんさ」


 心配するクルトにバーゼンは小馬鹿にしたような言葉で返していた。


「皆、改めて静粛に」


 学園長レグニスが場を収める。


「どのような事情があれど規則は規則。ルールというものは守られねばならぬ。よって、今ここにいる九名によって選抜競技を執り行うこととする。それでは今年の選抜競技。そのルールを説明する」


 学園長レグニスが右手を天にかざし、指を鳴らす。すると会場を取り囲む燭台に一斉に灯がともされ、それと同時に彼らの頭上に文字が投影された。


 この巨大な会場の特別な仕掛けだ。この選抜競技のために施工段階から大がかりな魔法が施されており、魔法を注ぎ込むことで空中に写真や映像などを投影させるというものだ。


 非常に高度な魔法である。

 その投影魔法が映し出した文字を学園長レグニスは読み上げていく。


「今回の選抜競技。その内容は――誰よりも早く、学園の頂に設置した杯を持ってくることじゃ」


 競技内容が示され、出場者達に緊張が走る。


 学園の頂――つまり学園の校舎の一番上ということだろう。簡単そうな言葉で言うが、しかしこの学園の校舎の最上部は天高く見上げるほどに高い。とんがった槍のように尖塔が突き出ているのだ。その塔の先には学園の旗が掲げられている。用務員によって毎日掲揚されているらしい。


 そこへたどり着くだけでも時間はかかる。しかも投影魔法によって映されたその杯の場所はまさに尖塔の外の屋根の上であり、落ちればタダでは済まない高所という危険を孕んだ場所である。


 そのことに会場の観客は驚きの声をあげるが、選抜競技に選ばれた選手達は反して一切のおくびにも出さずにいた。


 彼らが求める、学園の頂点の座がそこにある。


「競技の様子はこの投影魔法によって映し出される。杯へ至る手段、魔法の使役、他者の妨害。致命的な危害を加えぬ限りそこに制限はない。おぬしらの、正々堂々とした勇ましい戦いを期待しておるぞ」


「はい」とクルトや他の選手達が視線をただし、胸に手を当てる。


 毅然とした若者達の表情が注がれた学園長レグニスの指先がまた天高く持ち上がる。


「それではこれより、競技開始の合図とする!」


 沸き立った歓声と共に激しい大砲の音が鳴り響き、そうしてついに選抜競技が始まったのだった。


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