-14『過去の真実』
私とクルト、そしてレニアは保健室を出て話をすることにした。
アリーもルーラと同じように倒れてしまったことを伝えると二人は悔しそうな顔に顔をしかめていたが、それでも今は私に情報を話すことが優先だとしていた。
クルト達が大急ぎで持ってきた内容。それはきっととても大事なものなのだと私は耳にする前から肌身に感じていた。
「竜が封印されたというおよそ七百年前の記録。その部分の解読が終わったよ」
文献を片手にレニアが言ってくれる。
「端的に言うと、封印されたものは二つあったんだ」
「二つ?」
「そう。僕達がよく寝物語として語られていたものを覚えているかい」
それはもちろんだ。
悪いことをしていると、イビルという悪い竜が来て食べられてしまう。そんな躾話。
「封印されていたのはリルともう一つ。それがイビルらしい」
「え? リルとは違うの?」
「そうみたいだ。それで、問題はそのもう一つの封印された方なんだけど」
そこでふとレニアの言葉が詰まる。
彼の視線は、保健室のある方へとやや向けられていた。
そんなレニアに変わって今度はクルトが口を開いた。
「イビルは遙か昔からこの地に住まう悪魔だったらしい。実際はどんなものかわからない。そう思えるほどの大男だったのか、獣だったのか。それとも本当に悪魔と言えるようなものだったのか。だがそれは間違いなく人間に害を及ぼし、災いを招いていたという話だ」
そんな存在は初耳だった。
「イビルは自信の持つ強力な魔法によって多くの人間を苦しめていった。やがてそれは町を、国にすら及ぶほどの影響を持ち始め、もはや災厄のようなものとなっていたらしい」
「それだけ強い存在だったなんて。イビルっていうのはどういう魔法を使ったのかしら」
「それが――」
やはりクルトも保健室を一瞥した。
「『他者の魔法を奪い取る』というものだ」
「……っ!」
さすがの私もすぐに感づいた。脳裏にルーラの顔が浮かぶ。魔法球すら出せなくなって落胆した彼女の顔が。
「イビルの魔法は他者を誘惑し、引きつける特性があったという。そうして引き寄せた者の魔法を奪い、自信の力に蓄えていった。そうして強大になっていった魔法は更に人を引きつけ、誘惑し、おびき寄せる。強すぎる力に魅了されたもの。力を欲しがるもの。そんな人間に甘く囁くかのごとく誘引し、力を奪い取るんだ」
そこまで言われ、私はもうほとんどを察してしまっていた。
「端的に言うと、ルーラやアリーはイビルの魔法によって倒れた可能性が高い」
やっぱり。
「かつてイビルは強大な力をかき集め、世界を恐怖に陥れていた。狙われれば自分の魔法が根こそぎ奪われるのだから、よほどの恐怖だったことだろう。このままでは彼が世界中の魔法をかき集めて誰も止めることができなくなる。そんなイビルを止めるためにやってきたのがワズヘイト家――リズ、お前の先祖だ」
ついにでてきた。私の家の話。
私は息をのんで話の続きを待った。
「ワズヘイトは高名な魔法使いの家系であり、代々として邪悪なものの封印をおこなってきたらしい。そこでワズヘイト家はイビルを封印するためにこの町を訪れた。彼らは町から離れた森の中に拠点を作り、そこをイビルとの決戦の地として準備を始めた」
「それってもしかして」
そうだよ、とレニアがすぐに頷いた。
「星待ちの塔――いや、昔は時待ちの塔って言われてたんだってさ。ワズヘイトがそこに根を下ろし、イビルとの決戦の時を待った。いわばあの場所は、イビルを封印するために用意された特別な祭場とも言うべき場所なんだよ」
私達が普段のたまり場として使っている場所。そこはとても由緒ある大切な場所だった。道理で古いものがいっぱいあるわけだ。
「……うわあ。そう考えると私ってすごくバチあたりね。いや、もともとワズヘイトのものだったんだから好きにするのもワズヘイトの私の自由ってことで」
なんて思ってみるが、もし私の先祖がそれを知ったらやれやれと落胆することだろう。なにをやっているのか、と。
だが私が落ちぶれているのは、ワズヘイトの家に魔法がほとんど伝わっていないせいもある。かつてはそれほど有名な魔法使い一家だったというのに、今では小物を動かす程度の弱さっぷりだ。
「ワズヘイトはどうやって竜を封印したの?」
「リズ」
「な、なによ」
私が尋ねると、クルトが私へと向き直った。私の瞳の奥を抉るように真面目な顔で見つめられ、私は思わず目をそらしてしまう。
「お前の魔法はなんだ?」
「私の? よく知ってるじゃない。『物を引っ張る』魔法よ」
何を今更、と私が思いながら答えると、しかしクルトは首を横に振ってみせた。
「ワズヘイトの魔法はとても複雑で、けれどそれでいて単純だ。ワズヘイトが持っている固有魔法――それは『引き留める』というもの」
「え?」
言われて私はあまりぱっとしなかった。何が違うのだろうとすら思ってしまったほどだ。
そんな私のさっぱり具合を見透かしたのだろう。レニアが横から説明を加える。
「物を引っ張るだけなら簡単さ。でも重要なのはそれをその場所に留め続けるという部分。簡単に言えば、ある場所に何かを閉じこめて外に出さないようにするってことさ。つまり、そこに留め続ける。決して外には出さないように。ただ引っ張るだけではなく、そのものの自由を奪い、制御するんだ」
「……それが、封印」
封印というよりもまるで力技のようだが、それをかつてのワズヘイトの人達はやっていたということか。そうしてイビルという巨大悪に立ち向かい、
「イビルをあの塔で封印したというわけね」
「そういうことだ」とクルトが頷いた。
衝撃的な事実すぎて完全に理解しきるのには時間がかかった。けれど大体のことは把握できた。今もクルトに背負われて眠っているリルという存在が過去を裏付けるような気がしたせいもあるだろう。
「だがイビルはあまりにも強大すぎた。ワズヘイトの力だけでは足りなかったんだ。そこで、この地を守護してきた竜が名乗りを上げた。その竜は自身の力でイビルをどうにか押さえ込んだ。そしてワズヘイトも、自分達の魔法の力をすべてその封印に注ぎ込み、やっとのことで封印することができたんだ」
つまり、リルはその時の竜ということになるのだろうか。それにしては幼いが。もしかすると生まれ変わったのかもしれない。
実際はよくわからないが、一つ間違いないのは竜という存在が犠牲となってくれたこと。
「竜のおかげで事なきを得たのね」
「ああ。そして全てを注ぎ込んだワズヘイトの魔法をそこで枯れた。イビルを引き留めるために一緒に眠りについたんだ」
「……だから私の家系は今じゃポンコツなのね」
それを聞けてよかった、と私は思った。
ただの自堕落で没落したわけではないのだ。私の先祖は立派な仕事を果たし、その対価に強い魔法を失った。
「これが俺たちが調べ上げた、秘匿された文献の真実さ」
「僕が思うに、きっとイビルのことは相当に恐れられていたんだろうね。それこそ彼の存在を書き記すことすらはばかられるほどに。だからどの文献にも語り継がれてはいなかった」
「けどその恐怖だけは漠然と残り、後世に曖昧な寝物語としてだけ伝わった。そんなところか」
クルトとレニアの考察に、私はあまりついていけなかったけれど、きっと正しいのだろうと思った。
二人の話を聞けてよかった。
私の家の話。リルがいい竜だったという話。
私の抱いた懸念のことごとくが晴れていった。
「さて、これからが本題だ」
クルトの表情が改まる。
「リズ。お前は星待ちの塔で、封印の祭具にたいして何かをしなかったか? 俺達は今回の事件はイビルが原因だと思っている。あの星待ちの塔で、リルが生まれたとき、お前は何をしたんだ?」
「それは――」
何をしたか。
アリーが転入してきて、クルトと仲良くしていることに腹が立って、秘密基地に使っていた星待ちの塔で暴れて……。
「……箱」
「?」
「そう、箱だわ。箱を壊しちゃったの。ちょうどリルが現れる直前、あそこにあった古い箱を落として壊しちゃったのよ。そしたらリルが現れて――あの後はリルのことでバタバタしていたから忘れてて」
「それは今どこに?」
「それが……いつの間にかどこかにいっちゃってて」
「捨てたんじゃないだろうな」
「違うわよ!」
さすがに声を大にして言い返す。だが私はすぐにはっと顔を持ち上げた。
「ねえ、クルト」
「どうした?」
「もしかすると、その箱にリルやイビルが封印されていたっていうことかしら?」
クルトは顎に手を当てて考え込んだ。
「可能性はあり得るな。それが壊れたことによって封印が解け、リルが現れた。すごく自然だ」
「でもイビルの姿はなかったわよね」
「まあ、そうだな」
リルが現れた時の当事者の一人としてクルトが頷く。そんな彼に、私はおそるおそる尋ねた。
「じゃあその箱にまだイビルがいたとしたら?」
もはやそれは、一つの答えにたどり着いているも同然だった。
「私、見たのよ。それと同じくらいの物が包みにくるまれて修練所に置かれていたのを。それに、アリーが倒れたのもそれを拾ったときだったわ」
「そしてルーラもアリーも魔法を使えなくなった。なるほど……確かにありそうだ。じゃあ、その箱は今どこに?」
「それが……」
私は奥歯をかみしめて視線を落とす。
「誰かが持って行ったわ」
「誰かが? 顔は?」
「見えなかった。外套を深く被っていて。でももしあれが星待ちの塔にあった箱だとしたら……」
誰かが勝手に星待ちの塔に入り込み、持って行った。明確に、それがイビルであると確証を持って。私達と一緒に隠された書庫に入り込んだのも、イビルという存在を知るためだった。そうかんんが得れば全ての辻褄があってしまう。
「俺達の他にイビルのことを知り、それを利用しようとしてる奴がいる、ということになるな」
「それが……今回の犯人?」
「おそらく」
信じがたい事実だった。
だってそれは、それじゃあまるで――。
「……私が封印を壊しちゃったせいじゃない」
私がリルと一緒にイビルの封印を解いてしまったから、誰かが悪用し、今回の事件が起こった。
根本の原因は私だ。
「そんな……私が余計なことをしたから?」
驚愕と焦りで声が震える。
喉が窄まるように苦しくなり、動悸が襲った。
これまで、いろんな悪さをしてローズマリー先生に怒られてきた。けれど今回のはその度合いを大きく超えすぎている。謝って済むような程度じゃない。
どうしよう。
私が変なことをしてしまったから。私があの大事な塔を勝手にいじってしまったから。
私のせいだ。
そう思ってしまい、心が塞ぎそうになっているところに、
「それが、一概にそうとは言い切れんのじゃよ」
ふと、私達の背後からそんな声がかけられた。いっせいに振り返った私達の視線の先には、学園長レグニスが神妙な面もちで立っていたのだった。




