表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

33/52

 -12『暗闇の影』

 ルーラはひどく泣き崩れていた。


 保健室の白いシーツを濡らし、抱きかかえて顔を埋めた布団から漏れる声が掠れるほどだった。


 その光景はあまりにも悲痛すぎて、私達は彼女を一人にしてそっとしておくことにした。


 それから私とアリーも加えてローズマリー先生と昨日のことを話したが、結局話は進まなかった。


「わかりました。わざわざ来てもらってありがとうございます、二人とも。ミスター・マークライトもです。みなさん、このことは学園長の許可がでるまでは」

「他言無用、ですよね」

「……よくわかっていますね、ミス・ワズヘイト」


 やや驚いたように目を細めたローズマリー先生は、そうして私達を解放してくれた。そしてルーラのことを保健室の先生に任せて職員室へ帰っていった。


 私達も自然と解散する流れになった。


「クルトは魔法の練習にいくの?」

「いや、修練所は使えないし、今日は日課にしてる基礎体力の訓練程度ですませることにするよ。魔法大会ももう来週だし」


 そういえばもうそんなに近づいていた。


 この学園の、二年に一度のお祭り。

 そして選抜競技に出場する生徒からすれば、己の日々の研鑽の成果を示す大切な一日。


「……ルーラさん、昨日はあんなに大会に意気込んで練習していたのに。お気の毒ですね」


 アリーが悲しげにつぶやく。


 結局、彼女はまったく魔法を使えなくなっていた。理由はわからない。魔法というものは老化などで衰弱することはあれど、一瞬にして失うなんてことはありえないことだ。


 魔法が使えないということは、その能力を競う選抜競技に実質的に出場できなくなったということ。


「意識の混濁で一時的に使えなくなっているだけかもしれないわ」と保健室の先生は言っていたが、果てしてそうかもわからない。


 ただ一つわかるのは、このままでは彼女の欠場は避けられないだろうということだけだ。


 ルーラの昨日の練習風景を見ていただけに、そのやるせなさをアリーは切々と感じているようだった。


「とりあえず、今日はレニアと一緒に解読の続きをするよ」

「そう……あそこで?」

「そこ以外にどこがあるんだ」

「ですよね」


 やはり私の秘密基地がたまり場になるのは避けられないか。


 それから私達は星待ちの塔へと向かった。そこにはすでにレニアがいて、リルの子守をしながら文献の解読を進めてくれていた。


 最近はリルも他の人に慣れてきたのか、レニアやアリーになら預けられるようになってきていた。少し前は絶対に私からくっついて離れなかったのだが、これも成長というものだろうか。ちょっと親離れのような感じがして寂しさを覚えているのは気のせいだろうか。


 解読しながらもリルに乗っかられたり体を引っ張られたりしていたレニアは、私がやってきたのを見て神の救いでももたらされたかのような顔をしていた。


「リル、いい子にしてた?」

「いいこだったよー」

「そうだな……いい子だったさ……」


 どこか虚ろ気なレニアの物言いから、きっといろいろ迷惑をかけたのだろうと察した。


 クルトはそのままレニアと文献を漁り、私はリルの相手をしながらアリーの淹れてくれた紅茶をすする。


 ぶつぶつと小声で話し合うクルト達を余所に、私達の方は沈んだように静かだった。


 部屋の隅に座り込み窓の外を見ていたアリーはずっと何か思い詰めたような表情を浮かべていた。いつも明るい笑顔を浮かべている彼女との違いに、周りにいる私達まで気味悪い違和感を覚えるほどだった。


 アリーなりに何かを考えているのかもしれない。


 そんな私も、ずっとあることを考えていた。


 ローズマリー先生につれられてルーラの話を聞いていた時、気づきながらも私があえて伏せていたことがある。


 ――何かを拾った。


 ルーラが言ったこと。

 それに思い当たっていた。


 私がルーラの練習部屋の中を見て回っていたとき、蹴躓いたあの包み。私もそれを拾い上げた瞬間、不思議な感覚に包まれたのだ。


 ――あれがもしかして。


 もしルーラが倒れたことに関係があるのだとしたら。


 確証はない。

 だから咄嗟に言い出せなかった。


 確かめる必要がある。

 もしかするとまだあの包みが残っているかもしれない。


「ねえ、クルト」

「なんだ?」


 文献の解読に集中していたクルトがふと私に顔を持ち上げる。私はそんな彼を見つめながら、なるたけ何でもない風に装って言った。


「今日の晩はリルを預かっててくれないかしら」

「え?」


 クルトはいきなりのことに驚いていた。ずっと私が寮に連れ帰っていたからだ。


 戸惑っていたクルトだったが、一晩だけ、と私が念を押すと渋々ながら頷いてくれた。


 そうして日が暮れ、今日も各々が秘密基地から帰っていく。クルト達はリルと一緒に男子寮へ。私はアリーと共に女子寮へ。今日はどこにも寄らずまっすぐだ。


 二人きりの帰り道。

 今日はひどく静かだった。


 いつもなら明るく話しかけてくるアリーが沈み調子で、顔を俯かせてばかりいる。ただただ気まずさが流れ、寮についてから、部屋への分かれ道で曖昧な挨拶だけをすませて別れた。


「行くしかないわね」


 部屋に戻ってしばらくして、私はまたこっそりと寮を出る。


 向かった先は修練所だ。

 もう日が暮れていてあたりは真っ暗になっている。修練所はルーラの件があってから誰の出入りも禁止されていて、常夜灯の燭台の明かりが見える以外はそこに誰もいない状態だった。


 現在はそこの職員すらも中に入れないようになっているらしい。入り口などは簡易の策などで囲われていたが、修練所の構造上、外と繋がっている部屋の部分から簡単に中に入ることができた。


 ここにあるはずだ。

 あの時、私が拾ったなにかが。


 修練所の中は燭台は少し点在するだけで、吹きさらしになっている部屋も群雲が月を覆っていて光は差し込んでこない。


 ひどく足下がおぼつかない中、私は適当な部屋から修練所の廊下へと抜け、ルーラが使っていた場所を探した。


「ここね」


 もっとも奥まった突き当たりの部屋。

 まるで寂れてしまったように静かな佇まいのそこへとたどり着き、私は息をのんでおもむろに扉を開いた。


 その部屋にはまだいろんなものが散乱している状態だった。片づけられていない器具。おそらくルーラのものと思われる小物。ほとんどが、前に私達が訪れたときのままだ。


「だったらまだあるはず」


 暗がりで足下がおぼつかない中、昨日の記憶を頼りにその場所へ向かおうとする。だが直後、不意に物音が聞こえて私は咄嗟に物陰に隠れた。


 誰かがきたのだろうか。


 気づかれないように身を潜め、音がした方を覗き見た。


 その音は入り口とは正反対の方向から聞こえた。私と同じくどこかの部屋から勝手に誰かが入り込んだのだろう。


 もしかすると、ルーラを襲った犯人が証拠となる何かを回収にきたのかもしれない。それこそ私が懸念しているあの包みとか。


 ――犯人は現場に戻る、ってやつかしら。


 息をのんで私は様子を伺った。


 夜の静けさが満たされる修練所に、こつりこつりと靴音が響く。間違いなく近づいている。明確に、私がいる部屋へと向かっているのがわかった。


 ――やっぱり本当に……。


 息を殺して待っているうちに、やがて人影が姿を現した。扉を開けて部屋の中へと入ってくる。


 それは――アリーだった。


「……っ!」


 咄嗟に声を上げてしまいそうになったのを必死にこらえる。


 部屋へやってきたアリーは何か思い詰めたような顔をしていた。そして部屋を執拗に見回し始める。


「まさか本当にアリーが?」


 ずっと抱いていた懸念。

 アリーが私達を利用していたという仮説。


 ないだろうと思って頭の奥にしまいこんでいたけれど、それが今になって急に顔を出す。不安が背筋をよぎり、息が詰まりそうになった。


 そう私が疑っていると、


「……なきゃ」


 アリーのつぶやく声が聞こえてくる。


「……ぜったいに、手がかりを見つけなきゃ。ルーラさんが倒れた原因を」

「アリー?」


 勝手に疑っていた。けれどまさか、事件の真相を突き止めるためにアリーは来たというのだろうか。


 つまり私と同じだ。

 確かに、アリーがそんなことをするとは思えない。昨日、あれだけルーラとの会話も楽しそうにしていたのに。


 ――疑ってごめん、アリー。


 そう思いながら物陰を出ようとした瞬間、しかしふと、辺りを見回していたアリーが足下を見やる。


「あれ、なんでしょう?」


 彼女の足下。足の先にこつんとぶつかった何かに気づき、アリーは身を屈める。


「……っ! アリー!」


 気づいた私がそう叫ぶも遅かった。


 アリーが足下のそれ――小さな四角形の包みを拾い上げた瞬間、アリーの体からまるで力が抜けたように彼女は崩れ落ちてしまった。気絶した風に倒れ込む。


「アリー!」と私は大急ぎで駆け寄り、彼女が倒れきる前に抱き止めた。


「大丈夫?」

「……リズ、さん?」


 うっすらとアリーの瞳が開く。

 よかった。まだ気を失ってはいないようだ。


 だがアリーを抱き抱えた瞬間、まるで彼女の体重が何倍にもなったかのように重く感じた。それを懸命に引っ張りあげるように抱え込む。


 倒れたアリーの目はルーラと同じように虚ろで、まるで力が入っていなかった。私をどうにか視界に入れるので精一杯といった様子だ。


「……なんだか……体が重くて」

「しっかりして。ひとまず保健室に運んで……いや、誰かを呼んでくるわ」

「……ふぇ」


 呆けたような生返事だけが返ってくる。


 私が運ぶにも、意識を失いかけている人を運ぶほどの力はない。ここは先生か誰かにでも頼るしかない。


「このまま安静に――」


 私がひとまずこの場を離れようとした時だった。


 倒れたときにアリーの手から落ちた小さな包み。それがやや離れた床にまで転がり、その衝撃で外側を覆っていた包みがほどけていた。


 その中にあったのは、中が空洞になった手のひらサイズの小さな箱。


「あれって」


 とても見覚えがあった。

 私の前にリルが現れたときに手にしていた古い箱。すす汚れたような色合いも大きさも、まさしくその通りだ。いつの間にか部屋のどこかにやってなくしていたはずのそれが、どうしてこんなところにあるのか。


 いや、どうしてそれを手にした途端にアリーが倒れるのか。


 疑問が私の脳を瞬間的に駆けめぐる。頭の中がパンクしてしまいそうだ。


 そんな逡巡を繰り返す私を余所に、ふとその箱がふわりと持ち上がる。いや、拾い上げられた。


「……っ!」


 気づけばいつの間にか私達の目の前に、外套を深く被って顔を隠した人影が立っていた。隠された書庫で見たその人だ。


 ――まさかこの人が?


 アリーが触れて倒れたその箱を、外套の人影は平然と持ち上げている。


 彼は顔の向きだけをこちらに一瞥させた。表情は伺えず、その人影はなにを言うこともなく私達を見つめる。


「誰なの……」


 私が問いかける。得体の知れない動揺と恐怖で声が震え、窄まったように小さい。


 しかしその外套の人影は私になにをするでもなく、あっさりと踵を返す。


「ま、待ちなさい!」


 立ち去ろうとしたその人影に声を投げるが、アリーを抱えたままの私は咄嗟に立ち上がることができなかった。そうしているうちに人影はあっという間にいなくなり、冷たさの感じる夜の静間に、私とアリーだけが取り残されてしまったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ