-11『事件』
ルーラ・ルー。
次期魔法大会の選抜競技に出場を期待され、卓越した魔法技能と、学級の委員長として働く真面目さから非常に評判の高い少女。
そんな彼女の不幸は、あっという間に学園全体へと広まっていった。
倒れたというルーラの容態については、不確かな憶測などが生徒達の間で駆け回っている。ただの貧血だとか、実は思い病を患っていたのではないかとか、そういう一人歩きの噂ばかりが口にされていた。
その原因は、まるで状況を秘匿するかのように、倒れた彼女との面会を教師側が拒絶しているためだった。
ルーラが倒れているところを発見したのは修練所の事務員だ。あの日、私達が修練所でルーラの元を訪ねてから彼女は居残りで魔法の練習をしていたらしい。
本来ならば閉館時間を定められている修練所だが、選抜競技が近いこともあり、閉館後も残って使用したいと願い出たのだという。彼女の普段の真面目な人柄のせいもあったのだろう。その熱情に感化され、事務員は鍵などを預けて先に帰宅していた。
そうして翌日の朝にやってきた事務員は、まだ鍵が職員室に返却されていないことに気づき、場内で倒れているルーラを見つけたのだという話だ。
その後、彼女は駆けつけた先生方によって運ばれ、昼前の今となってもその容態ははっきりしていない。その事務員にも詳細はわからず、現場となった修練所も封鎖されている状況だ。
あまりに情報がでないものだから、やがては「暴漢が押し入った」やら「生徒の誰かが襲った」などという憶測が拡大していく一方だった。ましてやルーラは選抜競技への出場が決まっていたため、それを妬んだ生徒や、同じ出場者による凶行ではないかという噂が最も広まっていた。
「い、いったい何があったんでしょう」
なまじ直前まで一緒にいた私達。特にアリーは彼女と仲良く話していた手前、突然のことに動揺を隠せていない様子だった。
「ミス・ワズヘイト。ちょっときなさい。ミス・エヴァーセンもです」
ルーラの件についてまったく喋らなかったローズマリー先生が、放課後になって私達を呼び止めた。彼女の神妙な表情からも、おそらくローラのことなのだろうとうすぐに察しがついた。
ローズマリー先生につれられて私達がたどり着いたのは、学園の旧館にある保健室だった。カーテンに区切られて並ぶベッドの向こうに更に奥まった個室があり、そこへと通される。
中に入ると保健室の先生が居座っていて、彼女が寄り添うようにあるベッドには、虚空を見つめるように寝転がったルーラの姿があった。
「ルーラさん!」
たまらずアリーがベッドに駆け寄る。
「大丈夫ですか、ルーラさん」
声をかけるがルーラの返事はない。彼女は目を見開いて起きてはいるようだが、まるで茫然自失といった風に表情を虚ろにしてただ天井を見やっていた。
アリーに気づいたのか、瞳だけがアリーを一瞥する。そしてやや遅れてゆっくりと首が向けられた。
「……アリー、さん」
「ルーラさん!」
アリーがルーラの手を握る。だが彼女の手は力がなく、しな垂れるように弱々しい。
「まだ回復しきってないみたい。無理はさせないであげて」
保健室の先生にそう言われ、アリーは名残惜しそうに一歩引いた。
素人目に私が見ても、ルーラは目に見えて衰弱していた。つい昨日までの彼女とは到底思えないほどだった。
「つい少し前に意識を取り戻したらしい」
「ク、クルト。いたの?」
部屋の隅に静かに立っていたクルトに気づき、私はびくりと体を飛び跳ねさせた。
「ミスター・マークライトには先んじて話を伺っていたんです」とローズマリー先生。
「面会謝絶だし状況もわからないし、もっとひどい状況かと思ってた」
「ミス・ワズヘイトがそう思うのも仕方ないですね。ですがこれは学園長の指示です。丁重に保護し、事の全貌が確認されるまでは外部に漏らさぬようにと。まあ、まだ事故なのかそれとも事件なのかすらわかっていませんんが」
もし誰かが意図的にルーラを襲った場合を想定しているのだろうか。もしそうであれば、この学園、もしくはここにやってきた誰かが犯人になる。そして、そんな悪意を持った人物がいるということだ。
迂闊にその恐怖を拡散させれば、生徒達に過剰な心配をかけて場を混乱させかねない、と判断したのだろう。学園長の迅速な判断は最適解だろう。
「話によれば貴女方も昨日一緒にいたとか。ミス・ルーも目を覚ましましたし、話を聞かせていただけますか」
ローズマリー先生が私達にそう言った。もちろん私もアリーも頷く。
「ミス・ルーも少しは落ち着いたでしょうか」
「……はい、先生」
口調はどこか抜けたようにおとなしいが、はっきりとした声でルーラが答える。
「では聞かせてもらいます。貴女は昨日、修練所に残って鍛錬をしていたんですよね」
「はい」
「どうして自分が倒れたか覚えていますか」
「……あんまり」
ルーラが曖昧な言葉と共に眉間をしかめる。
「よく覚えていなくて。居残って練習をしていたはずなんです。それで……確か二時間くらい経って陽も沈んでしまったので、そろそろ帰ろうかと片づけをし始めたんです」
「そこまでは何かおかしいことは?」
「いえ、なにも。私しかいませんでしたし。それに静かでしたから、誰かが入ってきたらさすがに気づくと思うんです」
それにあの修練所は廊下までの見通しも良い。不審者がいれば気づくことだろう。
「片づけを始めて、それからいろいろと物をしまっていて……用具とか、えっと……」
ルーラの表情が苦悶に歪む。
「何かを拾ったんです。確か。ちょうど床に落ちていて。それで、なんだか急に気が遠くなるような感じがして……」
――床に落ちてた?
耳を傾けていた私はその言葉にひっかかった。けれど反応は表さなかった。
苦しそうに頭を抱えたルーラはやがて息が荒くなり、そこでローズマリー先生に止められた。
「思い出せないのなら今に無理する必要はありません。ひとまずは回復に努めてください」
「はい……」
しおらしく頷いたルーラだったが、しかしふと、急に顔を持ち上げる。
「あ、そうだ」
「なんです?」
「倒れたとき、何か、私の中から魔法がどこかへ行ってしまうような感じがしたんです」
「どこかへ行く?」
聞き慣れないような表現だった。
私もアリーも、クルトさえ小首を傾げる。
魔法というのは常に自分と共にある。決して切り離すことのできないものだ。
「私の、魔法……えっ?」
ルーラが胸の前で両の手を広げる。だがその手のひらの上に一瞬だけ小さな魔法球ができたかと思うと、それは形作ることなくあっという間に霧散して消えてしまった。
もう一度魔法球を作ろうとするが、まともに球形を維持することすらできず、すぐさま消えていく。
「そんな、どうして」
意地となってまた作ろうとするが結果は同じ。何度も、何度もルーラは繰り返し、その度に表情を悲痛に歪ませていった。
「なんで……私の魔法が……」
「使えないんですか?」
「……はい」
予想外のことにローズマリー先生も次にかける言葉を失っていた。




