-10『友達』
「食べ物の恨みは百年続くのよ……」
「まあまあ、元気だしてくださいよーリズさん」
学園の教室の片隅で、机に頭を垂れながらふてくされる私をアリーが慰めてくれていた。
念願のグラタンシチュー。
その日に食べられるとわかった日からずっと楽しみにしていたのに。結局食べたのは常設品のハンバーグ。それも十分美味しかったし、リルは凄く満足そうだったからよかったけれど、あのカリカリのチーズと熱々のベシャメルソースの濃厚さを味わえなかった哀しみを、私は翌日の朝にも引きずっていた。
「そんなに美味しいんですか?」
「味覚を味わえない目や耳が舌に嫉妬するくらいにね」
「えっと……よくわからないです」
あはは、と苦笑するアリー。
「ハンバーグ美味しかったよ?」と、向かいの席に腰掛けたアリーの膝上でリルが言う。
「確かに美味しかったけれど、私はどうしてもあれが食べたかったの」
「そんなにですか」
そんなにだ。
「――わかりました」
「え?」
アリーが胸の前で平手を打つ。
「それじゃあ今度、私が作りますね」
「アリー。貴女、料理できるの?」
「いえ、やったことありません」
がくり、と私は思わず頭を落としてしまった。
まるで作れること前提のように明るくきっぱりとアリーが言うものだから、一瞬でも信じてしまったではないか。
「でも、アリーさんが食べたいって言っていますし頑張ってみます。前々からお料理には興味もありましたし」
「……大丈夫かしら」
「食堂の人にレシピを聞いておきますね」
「劇薬を作るのだけは勘弁してちょうだいよ」
「作りませんよ!」
むう、とアリーが顔を膨らませ、しかしすぐに微笑を浮かべる。にまにまと表情を緩ませるアリーはなんだか楽しそうだ。
「なんかご機嫌ね」
「えへへ。なんだかこういうの、仲のいいお友達みたいで好きなんです」
「友達……」
特に考えたことがなくて、私は急なことにどきりとした。
「私とリズさんはもう、とっくにお友達ですもんね」
屈託のない笑顔で彼女は言ってくる。
私はアリーのことをそういう風に考えたことがなかった。いつも勝手についてきて、気づけば私の秘密基地に居座っている。だから無意識に一緒にいるクラスメイトくらいにしか思っていなかっただろう。
だから改めてアリーに言われて、私は混乱してしまった。
ましてや私は、彼女が隠された書庫に入るためにこっそり近づいたのではないかなどとすら考えてしまっていたほどだ。
思えば友達なんて、これまで私にいただろうか。
ずっと学園の落ちこぼれとして笑われてきて、学園で誰かと話をするのはだいたい、クルトにちょっかいをかけて口論になる時かローズマリー先生に叱られている時くらいだった。
「……友達、なのかしら?」
歯切れ悪く私がぼそりとつぶやくと、
「休み時間に楽しくお話をする。友達以外になにがあるんですか!」
えへへ、と眩しく思うほど綺麗にはにかんでアリーは言ってきたのだった。
つい照れくさくなってしまい、私は赤くなった顔を隠すようにそっぽを向いてしまう。
「べ、別に友達なんか思ってないわ。貴女が勝手に話しかけてくるだけじゃない」
「ええー。そうですかね?」
「私のことをストーキングしてくるような変態を友達だなんて思いたくないし」
「それはー、リズさんと仲良くなりたかったからですよー」
「だからって尾行するなんて変態じゃない」
「変態へんたいって言わないでくださいよー。えへへー」
「言われて嬉しそうにしないでよ、この変態!」
教科書でアリーの頭をこつんと叩くと、アリーはおどけたように舌を出して笑い返していた。
「私は別に、友達とかほしいわけじゃないし……」
「でも、私はリズさんを友達にほしいですよ」
「う……」
まっすぐに目を見つめながら言ってきて、私はつい言葉を詰まらせてしまった。
なんだか、あの言葉はずるい。
一瞬にして私の心が戸惑ってしまった。
こんな言葉、言われてイヤな人がいるだろうか。
ひねくれた私の心にある壁をすり抜けるようにすんなり響いてきたその言葉に、私はついにアリーへと視線を戻し、
「……まあ、好きにすれば」
少し顔を伏せてやや上目遣いになるような形でそうつぶやいていた。
やったあ、とアリーが微笑む。
私と友達になったくらいで喜んでくれるのだったら安いものだ。別に私が何か失うわけでもないし。
「それじゃあお友達のリズさん。今度一緒に、町の方までお買い物行きましょ?」
「それはイヤ」
「がーん……」
随分と楽しそうに話しかけてくるアリーをまんざらでもなく思いながら、私は次の授業の鐘が鳴るのを待っていた頃。
「……?」
ふと、教室の外が騒がしくなっていることに私達は気づいた。他のクラスメイト達も顔を持ち上げて様子を窺っている。
それから間もなくしていきなり勢いよく教室の扉が開かれたかと思うと、血相を変えた一人の生徒が叫んだ。
「隣の組の委員長が倒れた!」




