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 -7 『漠然とした疑念』

 校舎裏の近くを歩いていると、小気味のいい音が聞こえてくるようになった。


 かんかん、かんかん。


 大工達の槌を叩く音だ。


 再来週に控えた魔法大会のために、その会場の点検工事などが忙しなく行われている。築百年以上のその会場は二年に一度のその魔法大会の時しか使用されず、非常に格式高い場所だ。


 学園の初等部から高等部まで、全ての生徒が入れるほどの円形の客席に、魔法を象徴した杖の先端を模した大きな燭台が印象的である。


 普段は巨大な天幕で覆われていて姿を見ることすらできないが、二年ごとのこの時期になると設備の点検などのために天幕が外される。その工事の音と会場の姿を見て、魔法大会の訪れを実感する生徒も少なくない。


 魔法大会と大きく銘打ってはいるが、実質的にはちょっと規模の大きい運動会といったところだ。


 学園の全校生徒でいくつかの組に分かれ、数多くの競技で競い合って点数を争う。勝ち負けに一喜一憂の飛び交うお祭りとして大人気の催しだ。


 だが魔法大会の一番の注目は、その学園における優秀者を決める『選抜競技』だった。


 学年などを問わず、先生などから推薦された選ばれし生徒のみで競い合い、学園の頂点を決める争い。その競技内容などは当日に学園長が発表するまで一切の秘密。時には魔法を使っての戦闘。

時には校舎裏に広々と続く森に隠された宝物探し。その形態は様々で、しかしどれも一様に、優れた魔法を使役できる生徒が優位に立てるものばかり。


 そのため選抜に出場する生徒達は日頃から、どんな競技が来てもいいようにと自分の魔法を磨き続けている。


「クルトはこんなことやってていいのかい?」


 星待ちの塔の秘密基地。

 その一角で写した書庫の文献を広げていたレニアは、対面して視線を落としているクルトをちら見して言った。


 今日は放課後からずっと二人して文献の解読を行っている。何百年も前の本となると難しい言葉もたくさんあり、その解読のためにクルトが同席しているのだ。私達が書庫に侵入してからというもの、クルトはこうしてたまに手伝ってくれている。


 本当ならば選抜競技のために魔法の修練をしたりしなければならないはずなのに。


「俺だって本当は修練所に行きたいさ。きっと今頃は、他の出場者が揃って練習してることだろう。でも――」


 クルトの視線が、部屋でのんびりとお茶を飲んでいた私を一瞥してくる。


「あいつにばかり任せて仮を作るのは癪だ。手伝えることは手伝うさ」


 私にぎりぎり届かないような声でクルトは言う。


「なにか言った?」

「なにもない。黙ってろ」

「もう、なによっ!」


 むくっと頬を膨らませる私を余所に、クルトは解読を続けていく。


「……律儀だねえ。いや、素直じゃないっていうのか」


 レニアが呆れ顔を浮かべ、ぼそりと呟く。


「……本当はリズが心配なんでしょ」

「なにか言ったか」

「いや、なんでも」


 クルトにじろりと睨まれ、レニアは誤魔化すように視線を泳がせていた。


「……ママ。おかわり!」

「あ、私が淹れますよー」


 私と一緒にお茶を飲んでいたリルが空っぽになったコップを差し出してくる。それをアリーが横から受け取り、沸かしたお湯でお茶を注ぐ。


「はーい、どうですかリルちゃん。このお茶、私がお母さんから送ってもらった地元の特産物なんですよー。美味しいでしょー?」

「わかんなーい」


 あらら、とアリーが苦笑して肩を落とす。


「私はもっと香りが抑えめなほうがいいわ。ちょっと強すぎて鼻にくるもの」

「もおー、リズさんまでひどいですー」


 口調は怒りながらも目許は笑っているアリーに、ふふっと私も微笑を向ける。


 いや、本当はとても美味しいけれど、アリーにはこう言った冗談の方が喜びそうだと思っただけだ。


「クルトさんとレニアさんも、お茶どうですか?」

「ああ、いただこうかな」

「僕はいいや。万が一にも本が塗れたらイヤだから」

「そんなこと言わず飲んでくださいよー。とっても美味しいですよ」

「いや、僕は――ちょっと。話を聞いてるかい?」


 アリーがにこやかに二人分のお茶も注ぎ、半ば無理矢理に押しつける。クルトは素直に口を付けて「美味しいね」と褒める。レニアも、アリーの釘打つような視線に耐えきれずやっと一口飲み、顔をほっとさせて「あ、たしかに」と呟いていた。


「でしょー?」としたり顔を浮かべたアリーに、レニアは悔しそうに口をとがらせてそっぽを向いてしまった。そんな彼にアリーとクルトが笑い声をあげる。


 私一人だけの秘密基地だったはずなのに、なんだかすっかり賑やかになってしまった。自分だけの隠れ家にするはずだったのにまったくの想定外だ。


 ――でもまあ、こういうのもいいか。


 リルが来てからというもの、私の平穏はすっかりどこかに去っていってしまった。それからは毎日がこれまでとは全く違う騒がしさで、平穏を取り戻そうとすることすら難しそうだ。


 私はもういっそ開き直っている。


「あ、こらリル。襟元にこぼれてるわよ」

「ふぇ?」

「拭くから動かないで」

「あははっ。ママ、くすぐったい」

「いい子だからじっとしてて」


 リルの頭を撫でながら、湿らせた布巾で服を拭う。紅茶が染みてしまっていて、これはあとで洗わなければならないだろう。だがそんなことももう慣れた。リルは本当に手の掛かる子で、私が見ていないとすぐに粗相をやらかすのだ。


「私も頭なでなでしてほしいですー」

「アリーは馬鹿言ってないで、桶にお湯を用意していてちょうだい。あとこの子の着替えも。そこの棚に入ってるから」

「あ、これですね。可愛いー。買ってきたんですか?」

「……私のお古よ」

「なんと!」


 棚から取り出した丈の短い服をアリーがぎゅっと抱きしめ、顔を埋める。


「こらっ! 何やってるのよ!」

「えへへー。疑似的に幼少期のリズさんを抱きしめてました」

「いいから動きなさいこの変態!」

「ひゃーっ」


 私が近くの小物を投げつけると、アリーはお茶目に舌を出してお湯を沸かしにいった。


 まったく。

 外見は誰にも好かれそうなくらい美少女なのに、私に対してだけは変人みたくなるのはいかがなものか。もっとも、彼女に対して口を悪くするのが私ぐらいなものだから、それを求めて近づいてくるんだろうけど。


 ――こんな子が、私達を騙してまで隠されし書庫に侵入しようとするかしら。


 今の私達の距離感なら、自分も一緒に行きたい、と表だって言い出してきてもおかしくはなさそうだが。


 一度は疑ってしまったが、どうにもそうは思いづらい。だが少しでも可能性を感じると気になってしまう。


「はい。リズさん、持ってきましたよー」


 アリーがお湯を張った桶を持ってやってきてくれる。着替えの服も一緒だ。


 私はリルの汚れた服に手をかけ、しかしふと動きを止めてクルト達に視線を向ける。


「男ども。ちょっと出てないさい」

「えっ?」

「着替えるの」


 途中で邪魔されて困った風にクルトは顔をしかめるが、私はがんとした強い口調で外を指さす。


「子供の着替えだ。俺達は別に気にしないからやってくれたらいい」

「そういう問題じゃないの。だから父親は娘に嫌われるのよ」

「ええっ?!」


 クルトの服をつかんでそのまま外に放り出し、最後まで文献を掴んで離さなかったレニアも一緒に引っ張り出した。


「それじゃあお着替えしましょうねー」とアリーがリルを着替えさせていく。すっかり二人も打ち解けているようだ。楽しそうにじゃれついている。


 ――まあ、私の考え過ぎよね。


 そもそも、書庫に私達以外が入ったからって何があるという話だ。あれからずっと頭に引っかかっているけれど、ただ私が気にしすぎているだけ。現に何も起こっていないのだから。


 変なことを考えるのはよそう。


「ほら、リル。今度は汚しちゃ駄目よ」

「はーい」

「返事はいいんだから」


 どうせすぐ汚すんだろうな、なんて諦め半分に思いながら、私はぬるま湯で湿らせた布でリルの汚した服の染みを落としていったのだった。


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