-4 『球技』
学園の授業のほとんどは座学だが、中には一風変わったものも存在する。その中の一つが魔法の授業だ。
魔法には大まかに分けていくつか種類がある。その一つは、誰もが何かしら持っている『固有魔法』。それぞれの才能などによって自然と内容が変わる、千変万化の魔法だ。だがそれは使える魔法が生まれつき決まっているため、同じ魔法を別の人が使うことは難しい。
そんな中、誰もが共通して使える魔法が『魔法球』と呼ばれるものだ。それは自分の体内にある魔法の力を可視化させ、手のひらの上に球体として生み出すというもの。
魔法の力は白く濃い色をしており、意識を手先に集中させることで、その魔法の力を球形に留めさせることができる。
その魔法への才能などによって大小様々だが、基本的にはみんな同じ形になる。故に、その人の魔法の才や力の使役の練習などによく使われる魔法である。
特色としては、それを投げるように打ち出すことができる点。そして、当たってもあまり強い衝撃がない点が挙げられる。
だから、
「では。それじゃあ今日の魔法の授業は、それぞれの魔法球を使い、二つの組に分かれてお互いにぶつけあってもらいます」
いわゆるドッジボールだ。
体育の授業もかねてよく行われる競技の一つである。
ボールはすべて、自分が作った魔法球だ。そのため魔法の力が強い人はずっと投げ続けられる。魔法球を生み出し続ける力の強さと、それを形成する器用さ、そしてそれに耐えうる体力の向上を狙っているのだとか。
「打ち出すのは魔法球のみですが、それ以外でしたらそれぞれの固有魔法を使役してもかまいません。魔法球があたっても少し痛い程度ですが、怪我の無いよう安全に、それでいてしっかりおこなうのです」
「はい」
学園の校庭で運動服に着替えた私達生徒一同は、ローズマリー先生の恒例の説明に返事をし、あらかじめ決めていたチームへと分かれていった。
学級の人数は三四人。それを半分に割る。
男女で均等に。実力もなるべきく均等に。
組分けでなにより誰からも注目されたのはクルトの行き先だ。互いのチームの相談の結果、私の敵になった。向こうのチームはまるで既に勝ったとばかりな歓喜の声が上がり、こちらはひどい落胆の色を見せていた。主に女性陣が。
そんな中、不運にも私と同じチームになったアリーだけは嬉しそうに飛び跳ねながら私に抱きついてきていた。
「仲間ですね! がんばりましょうね、リズさん!」
「……え。イヤなんだけど」
「ええー、どうしてですか」
「だって疲れるじゃない」
ただでさえ体力がないのに運動なんてごめんだ。それに私の貧弱な魔法の力では、手のひらくらいの小さな魔法球しか出せない。かといって飛んできた魔法球をかわせる脚もない。
どうせ戦力にならないのだから頑張るだけ無駄である。本当ならば、四角く区切られた競技場の外で大人しく眺めているリルと一緒に座っていたいくらいである。ローズマリー先生の厳しい監視がなければ今すぐにでも行っていたのに。
「ミス・ワズヘイト。しっかり真面目にやるのですよ」
「……はい」
魂胆は見透かされているようで、私は素直に諦めた。
「アリー。せめて私の盾になりなさい」
「ええっ?! 私がですか?!」
「私よりは打たれ強いでしょ」
「そうかもしれませんが……それって、命令ですか?」
目を輝かせてアリーが詰め寄ってくる。
「もし『私のために壁になりなさいよこの豚女!』って言ってくださったら、頑張って壁になります!」
「……壁になってちょうだい」
「わかりました!」
呆れた調子で私が言うと、ふんす、アリーはと鼻息をならしなが私の前に立ちふさがった。
なんとも掴めない子だ。
文句のない美少女だし、普段の立ち振る舞いもとても清楚で可憐なのに。どういう訳か私の前ではただ変態に成り下がる。そしてどん引きして蔑んだ目を私が浮かべる度に、アリーはどこか嬉しそうな顔をするのだった。
相変わらずわからない。
だがそれ以上に、私はアリーについて引っかかっていることがあった。
以前、レニアと一緒に隠された書庫に侵入したときに見かけたあの外套の人影。その正体がずっと頭の片隅で気になって仕方がなかった。
書庫に入ると知っていたのは、私とレニアを除けば二人。クルトとアリーだけだ。誰かがたまたま開いていたから入ってみた、という可能性もあるが、目的もなく勝手に入ってくるものだろうか。それにあの侵入者にも明確な目的があったように思った。
私達がちょうど見ていた、竜の封印のこと。
リルが現れ、それと同時期にアリーも転入してきた。そして私達が書庫に入って鍵を開けた。それらが全て機を計られたものだったとしたら。
そんなことを考え始めると、アリーのことが気になって仕方がなくなったのだ。
――まあ、勝手に思ってるだけで私の思い違いかもしれないけれど。
証拠も何もない。
だからこそ、この胸の内にくすぶるモヤモヤが鬱陶しい。
「……はあ、もういいや。私には関係ないんだし考えるだけ無駄よ無駄」
「きゃあっ!」
「へ?」
球技が始まってからもずっと競技場の隅で物思いに更けていると、目の前で壁になってくれていたはずのアリーが急に地面に倒れた――かと思った瞬間、私の顔面に向かって剛速球の魔法球が飛んできていた。
「うべぁっ!」
それは私の頬へと容赦なく殴りかかる。油断しかしていなかった私は、もはや人語かすら怪しい素っ頓狂な声をあげて倒れ込んでしまった。
魔法球はあたってもそれほど痛くはないが、いくら実際に痛みがなかったとしても精神的にはとても痛い。
「あいたたた……」
――もう、何で急に。
まあ、今は球技の最中だ。そりゃあ端っこで棒立ちだったのだから狙われて当然なのだけれど。
「だ、大丈夫ですかリズさん?!」
「あ、アリー……あんた壁になるって言ってたじゃない」
「すみません。わたわたしてたら転んじゃって」
それで偶然倒れた瞬間に球が飛んできたとでもいうのか。そうだとしたらなんという強運か。いや、そういえば強運を持ってるんだった。
「……はあ。まあ、わざとじゃないんだったら別にいいけれど。私は負けたし、さっさと出るわ」
「私、リズさんの分も頑張りますね!」
「いいわよ別に」
気怠く立ち上がってお尻の砂を払いながら、私は見学者用のスペースへと移っていった。
魔法球の球技は単純明快。
自分の陣地から、自分で生み出した魔法球を敵陣にいる相手にぶつけるだけ。
飛んできた魔法球を相殺するか、体以外で防げばセーフ。直接被弾しなければ退場にはならず、またその魔法球を何かしらの方法で奪うことも許されている。
たとえばクルト。
「物質の変化!」
飛んできた魔法球に手をかざした瞬間、その球が急に綿毛のようにふわふわと浮かび出す。勢いのなくなったそれをクルトは簡単に掴み取った。
魔法球での球技はクルトの得意中の得意だった。
飛んでくる魔法球を軽い物質に変化させて威力を弱くしたり、逆に硬質化させて鉛玉の銃弾のように射出したりする。
敵側の生徒達はそれを各々の固有魔法などで防ごうとするが、ちょっと火をおこしたり風を吹かせるくらいではどうにかできるはずもない。それに魔法球の大きさはその使用者の才能にも比例する。他の生徒達よりも一回り大きな魔法球を打ち出せるクルトに、同じ魔法球で太刀打ちできる生徒などいるはずもなかった。
クルトを味方に付けると勝ちを確信する所以である。
敵側の生徒は一人、また一人と着実に撃ち抜かれ、しまいには後ろの方でずっと逃げ回っていたアリー一人になっていた。何もないところで勝手に転んだり、一か八かで身を屈めてかわしたり、そんな幸運を繰り返すこと数度。結局、頭から転んで立ち上がれなくなったところに魔法球をぶつけられ、あえなく私達の陣営は敗北のなったのだった。
みんながっかりはしておらず、順当だと納得していた。
「あー、やっぱ強いなあクルトは。魔法球の試合じゃ敵なしなんじゃないか」
敵の生徒の一人が、自棄になったように頭に手を組んでそんなことを言う。きっと誰もが同意することだろう。
だがクルトは謙虚に首を横に振った。
「いや。俺の『物質の変化』も回数に限度はある。使えば使うだけ体力も消耗するし、俺の意識が届かない死角からの攻撃には無防備だ。まだまだ隙だらけだよ」
「その隙が、俺ら凡人には見つけられないって言ってんだよ」
「誰も勝てねえよ絶対」
「そうでもないさ。特に隣の学級のルーラ・ルーさんの魔法にはつらいだろうね」
「ルーラってあの学級委員長の? あいつも確か今度の選抜に出るんだっけ」
「らしいね。いつも練習場で一緒になるよ」
和気藹々と、クルトと他の男子達が話をしている。それを私は校庭の隅に座り込んで眺めていた。
クルトの圧勝のせいであっという間に終わって仕舞い、終業の鐘までもまだ時間がある。
「くそう。もう一回やろうぜ。クルトに勝ちたい!」
そう言い出した男子によって二戦目が行われることになったが、私は参加せずに見学することにした。体を動かすのは苦手だ。
それに、どうせ魔法球も手のひらサイズの小さいものしか出せないほど非力なのだ。参加したところでお荷物にしかならない。
クルトのように強い力があれば私だって堂々と胸を張って加われるのだが、無いものは無いのだから仕方がない。
「リズさん、行かないんですか?」
「私は良いわ。アリーは行ってくれば?」
「うーん……ここにいます」
「え?」
私の隣にアリーが同じように腰を下ろし、横顔を覗き込ませてくる。
「だってひとりぼっちだと寂しいじゃないですか」
「だ、だれがぼっちよ。それにリルもいるわ」
「そのリルちゃんのお世話のためにも残ったんですよね。リズさんは実は優しいところもあるって知ってますから。リルちゃんのことになるとすごく真剣だったり」
「な、何言い出すのよ!」
急に褒められて気恥ずかしくなり、私は咄嗟に顔を背けた。
リルは少し離れた茂みで、野草の中に点々と咲いている小さな花を見て回っている。確かに目が離せないのは事実だが、別に面倒を見たくて見ているわけではない。私しか見る人がいないから仕方なくだ。
「ママー! このお花きれいー!」
リルが、小さな手で摘まれたピンク色の花を振り上げて見せてくる。満面の笑顔を浮かべるその少女に、私も笑顔を返して手を振ってあげた。
気づけばリルとの生活ももう長い。今では学園生活に当たり前のように溶け込んでいるし、学級の中以外でも有名で、すれ違う女生徒達によく挨拶されているくらいだ。
おかげというか、そのせいというか。
これまでずっと日陰者で、落ちこぼれで、目立つことと言えば悪目立ちばかりだった私だが、可愛い少女の保護者として級友や他の生徒に話しかけられる機会も増えていた。これまで一度も喋ったことがない人とも、リルを通じて話すことがあった。
人混みから逃げるように作った秘密基地すらリルの寝床になってしまったが、ひとりぼっちとも無縁となった。
――ちょっとは感謝するべきなのかしら。
人として全うになったと喜ぶべきか、一人の時間が減って少しは真面目にしなくちゃいけなくなったと嘆くべきか。
――まあ、悪い方向には行ってないわよね。
このままレニアにリルのことを調べてもらって、ある程度わかったらそれでおしまい。リルを誰かに預けるならそれもいいし。何も問題がないのならこのままワズヘイトの家に引き取ってもらえばいい。身よりのない孤児としてなら保護してくれるだろう。
もうすぐ魔法大会が開かれる。この学園で一番のお祭りだ。学園の敷地内では、二年に一度のその祭典に向けた会場の準備や催しの用意などが始まっている。
それが終わればもうすっかり昼も短くなり、あたりに一面雪化粧が見れるようになるだろう。
ゆっくりと、けれど着実に時は進んでゆく。
そうしていつしか何事もなく学園を卒業し、私はどんな未来を進むのだろう。
ふと、漠然とそんなことを考えてしまった。
「まあ、将来なんて考えたってキリがないわね」
「へ? どうしたんですか急に」
「なんでもないわ」
小首を傾げて不思議そうにするアリーを余所に、私は何の気なしにほくそ笑んでいた。
と、そんな折――。
「いよっし。これだけ魔法球をためればさすがのクルトも受けられないだろ」
球技に戻っていた男子生徒の一人が、肩幅ほどはありそうな巨大な魔法球を胸元に構えていた。その大きさは他の生徒の数倍はある。
「へへっ。魔法球をいくつも継ぎ足ししてやったんだ。時間はかかったが、いい感じに大きくなったぜ」
魔法球をその場に留め、自身の魔法をさらにそこに注ぎ込む。そうすることで、無理矢理肥大化させたらしい。
男子生徒の元々の魔法の力はそれほど強くはない。相当苦労を重ねたはずだ。実際、その男子生徒はひどく汗をかき、呼吸は乱れ、構える膝が震えているほどに消耗している。
たとえ力をかき集めて魔法球を巨大化させても、かわされれば意味がない。そのため実用性はまったくないが、男子生徒は意地になっているようだった。
「これでクルトに一発かましてやるぜ!」
いきり立った男子生徒がその巨大な魔法球を振りかぶる。敵対しているクルトもそれを見て身構える。
しかし、魔法球を射出しようとした男子生徒の体は、不意に崩れるように倒れたのだった。
「っ?! あぶない!」
クルトが叫ぶのと同時に、制御者を失った巨大な魔法球は不安定に揺れ始める。そして目標を定められないまま、クルトとは大きく逸れた方向へと撃ち出された。




