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 -3 『他愛のない日々』

 学園長レグニスとの時間はとても有意義だった。色んな話を聞いて、ただ授業を受け得るよりもずっと楽しく時が過ぎていった。


 その中にあった、私の先祖が星待ちの塔を建てたという話。


「ということは、ここは私の物も同然ってことよね」

「どうしてそうなるんだ」


 その塔に私物をふんだんに持ち込んだ秘密基地に堂々と居座る私が高らかに宣言すると、クルトに呆れた顔で頭を小突かれた。


「だって私の家のものなのよ。だったら私の物じゃない」

「建てたってだけだろ。別に所有してる訳じゃない。おそらく所有権はここの学園に帰属してるだろうさ」

「ええ、じゃあ私のじゃないの?」


 当たり前だろ、とクルトは深く息をついていた。


 もしかすると公的にこの場所を使えるかもと思ったのだが、そんな虫のいい話は流石にないか。


 がっかりだ。


「……貴方は私以上に我が物顔ね」


 私達の話を余所に、部屋の隅でひたすら黙々と本を読み続けているレニアに目を向ける。

 

 レニアは私用の秘密基地であるはずの一角に無遠慮に大量の本を持ち込み、本で敷居を作って自分だけの空間を作り上げていた。


 本の山の向こうに顔だけを覗かせたレニアと目が合う。


「あの本の解読はうまく進めてくれてるの? 今読んでるのは関係ない本みたいだけど」

「これは気分転換さ。あんまり解読が進んでいなくてね」

「ちょっと、大丈夫なの? そもそも、貴方の固有魔法ですぐに読めるんじゃ」


 私の言葉にレニアは首を振った。


「確かに普通の文献ならすぐに読める。文字を解読する必要がないからね。ただあの本は違う。随分と古い言葉で書かれていて、その言葉を把握するところから始まる。それになにより」

「なにより?」

「あの本には魔法がかかっているようだ」


 ――魔法?


「本なんかに? どうして?」

「それはわからないさ。でも、この本を読もうとすると気が遠くなるような感覚に襲われるんだ。おそらく筆者がそういう魔法を施しているんだと思う。この本を読み解こうとする人の集中を欠かせるために」


 あくまで憶測なのだろう。まだ確証はなさそうだったが、実際に読みづらいのは間違いないようだった。


 レニアがその本を写したものを手にとって読もうとすると、彼の顔に途端に険しくなる。集中しようと必死になっているのがわかる。


「読みづらい本なんて作る意味がないじゃない。どうしてそんなことを」

「さあね。もしかすると、望んだ相手にしか読んで欲しくないのかも」

「望んだ相手?」

「この本の内容を伝えたい相手がいて、その人以外には知られたくない。そんなものなのかもね」


 良くわからないが、随分と複雑だ。


「そんな魔法があるものなの? 誰かの意識に干渉するようなものなんて」


 私が疑問を漏らすと、今度はクルトが呆れ声で言ってきた。


「そういう他者の精神に干渉するものも、非常に希有ではあるが存在はする。そう授業でやっただろう、馬鹿」

「そ、そうだったかしら」


 そういえば習った気がしなくもない、気がする。


「でも、それって強すぎじゃない。そんなすごい魔法が本当にあるものなの?」

「確かに珍しい。けれど存在はする。人道に反した害悪なものだから俺は好きになれないけどな」


 そんなものがあったとは。

 その精神に干渉する魔法があの本にはかけられていたということか。


 あの本に、というよりも、あの本の内容に対しての魔法なのかもしれない。現にレニアが書き写したものにまでその干渉魔法は影響を与えているようだった。


「面倒なことは間違いない。けれど、集中して読み進めていけば読めないことはないよ」とレニアは言っていた。


 ならばレニアを信じて任すほかない。


「たのんだわ、レニア」

「まあやってみるよ」


 レニアは気さくに返事をして、また本へと意識を戻していった。


「あ、そうだ」


 ふと、私は何かを思いついたように胸の前で手を打つ。

 急にどうかしたのか、と気にかけた様子で見てきたクルトの前にまで私はすっと歩み寄ると、


「おりゃっ」

「いてえっ!」


 おでこに向かってチョップを見舞ってやった。背が高くて背伸びしなければ届かなかったので不格好になったが、まあいい。


「なにするんだ」

「さっき馬鹿って言ったでしょ」

「そんなことを気にして。子供かお前は」

「子供じゃないわよ! もう立派な大人よ。なんたって私はリルのママだし」


 産んだわけでもなく世話してるだけだが。


「貴方こそ、すぐに人を馬鹿だ馬鹿だって言って。そっちの方が子供じゃないの」

「お前が馬鹿だからだろう。それに、俺だって不本意だがリルの父親ってことになってるんだぞ」

「だからなによ!」


 張り合って声を荒げる私に、クルトの声調も激しくなっていた。


 そんな二人の口論を、遠目からレニアがちらりと眺め、そしてぽつりと呟く。


「へえ。二人って本当に夫婦だったんだ」

「は?!」


 私とクルトの顔が同時に勢いよくレニアへ向けられた。


「いや。だってさっき、リルの両親だって」

「それは事情があっての話だ!」

「そうよ!」

「誰がこんなわがまま女なんか」

「私だって、こんなすかした男なんて願い下げよ」


 ふんっ、と互いに顔を背ける。


 そんな私達を見て、レニアは珍しくほくそ笑んだ。


「なによ?」

「いや、なんというか。本当に仲がいいなって」

「そ、そんな訳ないでしょ!」


 私は途端に顔を赤らめ、眉間にしわを寄せてレニアへと駆け寄った。そして彼の背中を何度も何度も繰り返し叩いてやった。


 部屋の隅で静かに遊んでいたリルもそれに気づいて駆け寄ってきた。


「クルトなんか虫けら同然よ! 仲がいいわけないでしょ、この馬鹿! 阿呆!」

「このばかー、あほー」


 面白そうにリルも私の真似をしながらレニアの背中を叩く。しかし二人とも非力すぎて、ただ肩たたきしてあげているみたいになっていた。


 自分の筋力の無さが憎い。むしろこっちがすでに疲れてきたくらいだ。


 涼しい風に吹かれたように私をまったく気に留めないレニアは、緩んだ目許をクルトに向ける。


「何だか意外だったよ」

「意外?」

「成績優秀な優等生様は、もっと堅くてぶっきらぼうな人形のような人だと思ってたからね」


 随分な言いようだ。


 それを言われたクルトは驚いた風な顔をしていた。


「そう見えるか?」

「見えるね。なんだか勉学とか以外にはまるで興味がないって思ってたよ。だってあれだけ色んな人からの人望も集めていて、多くの女生徒から尊敬と羨望の目を向けられているというのに。当の本人はまるで興味がないといった風だからさ」


 確かにレニアが言うとおり、クルトはとても女の子から人気がある割に、他の女の子とあまり親しくしようとはしていない。色恋沙汰の欠片すら耳にしたことがない気がする。


「そんなつもりはないんだが」

「みたいだね。こんな頭の悪そうな先輩と同レベルの会話をしてるのが意外だっただけだよ」

「ちょっと、頭の悪そうな先輩って誰のことよ!」

「ことよー」


 私がカッなってまたレニアの背中を叩き、リルもやはり楽しそうに真似する。ちょっとレニアがよろめき、ようやくやってやったわ、と謎の達成感を抱いた。


「クルトなんていつもこんなものよ。お堅いなんて大間違い。私よりも馬鹿で間抜けで、子供っぽいんだから」

「なんだと。お前よりはずっとマシさ。間違いなくな」

「どうかしら」

「そうだよ」


 また私とクルトの口論が始まる。一度は鎮火したと思ったのに、あっという間に再燃だ。


 こうなったらどうしようもない。

 返せど返せどオウム返しで、互いに好き放題言い放題だ。


 まあ、どちらも子供ということなのだろう。クルトの手前、決して私から認めたりはしないけれど。


 こんなクルトの姿は、確かに他の生徒達からすれば珍しいかもしれない。きっとクルトも隠してはいるだろう。けれど私だってこんなくだらない言い合いをするのはクルトくらいなものだ。


「このすかし顔なんちゃって優等生!」

「この落ちこぼれサボり魔女!」

「最近はサボってないじゃない!」

「この前宿題を忘れたのはどこの誰だ!」


 堂々巡りの口喧嘩。

 もはや見慣れたものとなりすぎて、レニアも肩をすくめて眺めているばかりだ。


 そんな私達を見て、リルが満足そうに笑みを浮かべる。


「――うん。ママ、パパ。やっぱりすっごくなかよし!」

「どこがよ!」

「どこがだ!」


 重なった二人の激しい否定に、しかしリルは変わらない笑顔を無邪気に浮かべ続けていた。


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