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 -2 『奨励』

 学園町レグニスに案内された小屋は、林の中にある砂利の小道を少し進んだ先にひっそりと隠れていた。こんなところに建物があったのかとびっくりした。


「ワシの自慢の別荘じゃ」


 うきうきと心を弾ませてお茶目に笑うように学園長レグニスはそう言う。


 この学園は敷地が広すぎて、全てを把握するのは難しすぎる。まあ、だからこそ私も星待ちの塔を隠れ家にできている訳だけど。


 小屋の中に入ると、そこはいたって普通のロッジだった。だがタータンチェック柄の座布団の敷かれた椅子は可愛らしく、他にも緑色のカーテンなどで綺麗に装飾されている。私の適当に布団ななどを持ち込んだ秘密基地とは大違いだ。


 パチン、と学園長レグニスが指を鳴らすと、旧に部屋が明るくなった。


「魔法?」

「ワシの固有魔法じゃ。『複数のものに火をともす』という。あまり表だった使いどころはないがの。昔はなんとも地味だと嘆いたものだが、足腰が悪くなるとこれはこれで大助かりじゃ」


 学園長レグニスは食器棚からアンティークのポットとカップを取り出すと、高級そうな茶葉を取り出して注いでくれた。


 淹れてくれた紅茶はとても香りが立っていて、少しフルーティな感じがあった。


「甘みの強い茶葉じゃ。この小屋の裏で育てておるんじゃよ」

「……へえ。あ、おいしい」


 あまり紅茶に洒落込む趣味はないが、良い茶葉だということはわかる。まだ紅茶が飲めないリルには甘いクッキーを出してくれて、リルもご機嫌に頬張っていた。


「ワズヘイトの坊やは元気にしておるかの?」

「坊や?」

「ああ。今はもうお前さんの父親だったか」

「父をご存じなんですか?」


 にこやかに学園長レグニスは頷く。


「うむ。彼が学生だった頃をよく知っておるよ。非常に勤勉で、努力家じゃった」

「あー。今もそんな感じですよ。なんだか仕事のことばかりに夢中で家にいないことも多かったですし」

「常に動いていなければ不安な性格なのじゃろう。彼はどうにも、もともと勉学が苦手だったようじゃからな」


 それは初耳だった。

 私のお父様はとても厳しく、仕事熱心で、とても私みたいな落ちこぼれとは縁遠いと思っていたから。


「お主も伝え知ってはおろうが、ワズヘイト家はこの学園創立にも関わった由緒ある家系じゃ。当時はそれはもう、この世で一、二を争うほどの魔法使いの家系じゃった」


 そうらしい、というのは私も親から聞いてはいる。魔法の才能は一族に受け継がれるらしいから、私としてはとても想像ができないが。代を重ねる毎によほど薄れていったのだろう。


「彼は、自分が落ちぶれていてはそんな先祖に申し訳ないと思っていたのじゃろうな。だから魔法の才は足りずとも、懸命に努力し、良い成績を収めておった」

「……へえ」


 意図せずお父様の話を耳にしてしまったが、私としてはあまり興味はなかった。むしろ何故いきなりその話をされたのだろうと、きょとんと目を丸めながら紅茶をすすっている。


 まあ、不意に昔話をしたがるのは老人の癖のようなものだ。美味しいお茶とお菓子をいただいている手前、付き合うのも悪くない。


 お菓子を口に詰めてリスのように頬をほくらませているリルもご機嫌だ。


「そういえば、お前さんは『星待ちの塔』を知っておるかの?」

「えっ?!」


 いきなり言われ、私は飲んでいた紅茶を噴き出しそうになった。

 どういう意図があるのだろうか。


「えっと……父から聞きました」


 嘘である。


「そうか。あの塔にまつわる封印の話はどうかな?」

「……それも父から」


 もちろん嘘である。


 私の内心は冷や汗もので、さらさらした気持ち悪い汗が背筋を何度も垂れ落ちた。



「あの塔もワズヘイトが建てたものなのじゃ。今となっては誰にも使われず、用途もなく忘れ去られてはおるがな」

「それは初耳です」


 これは嘘ではない。

 けれどそんな話、お父様からも誰からも聞いたことはなかった。


 当時はそれほどの家の力があったということか。


「知らなかった」

「そうじゃろうな。いや、本当はこのまま誰からも忘れ去られるべきものなのかもしれん」

「え?」


 思わせぶりに言った学園長レグニスはそれ以上言及せず、ただ黄昏るように窓の外をぼうっと見つめていた。


 ふと、そんな彼の肩がぶるりと震える。


「ちと冷えるのう」


 日の照らない小屋はやや肌寒く、学園長レグニスはまた魔法を使って、部屋の隅にあった暖炉に火をともしてくれた。


「すごく便利。私も、誰もがうらやむようなすごい力がほしかったなあ」


 私はついつい呟いてしまった。


 自分にできるのは物を少し引っ張るだけ。隠された書庫から戻った後、試しにいろんなものを引っ張ってみたけれど、結局重たい物は引っ張れなくなっていた。本当にあの瞬間だけ、どうしてか力が強くなってたらしい。


 ちょっと物を引っ張れるくらいでは見栄えも悪いし、何に使えというのだろうか。それなら火をともせる方がずっといい。


 学園長レグニスのように複数に自在にではないが、火や水、風などを操る他の生徒達をどれだけ羨んだことか。


「魔法の名家だったなんて絶対に信じられないわ。きっと何かズルでもして誤魔化してたのよ。

れなければ、まともに遺伝してこなかったご先祖が悪い」

「剛胆じゃなあ」


 肩を上下して学園長レグニスは笑う。


 私だってそれが理不尽な愚痴だとはわかっている。けれど魔法の強弱というのは生まれつき決まって入るものだ。その天賦の有無に、多少の文句は許されてしかるべきだろう。


「私も、どうせなら『吹き飛ばす』力だったらよかたったのに。そうしたらこの鬱屈も吹き飛ばせるかもしれないのになあ」

「ほっほっほっ。あまり自分の力を卑下するものではない」

「でも……」


 どうしても他の人に見劣りするのは否めない。


「魔法というのはあくまで個性のようなもの。その優劣だけが全てではない。あまり魔法の強さに固執をしてしまうと、視界が暗み、囚われてしまうぞ。悪魔というものはそんな脆い心が大好物でな。甘いささやきを持ちかけて心を腐らせ、食べるのじゃ」

「……悪魔」


 確かに、勉強ができなくて試験が近くなるとカンニングしてやろうかと心が弱るし、非力だから体育の授業だって休みたくなる。


 試験の答えをもらう。

 休みの記録をごまかして出席扱いにさせる。


 もし誰かにそんな「良い話があるんだ」と声をかけられ悪巧みを持ちかけられたら、心の弱い私は簡単に乗ってしまっていたことだろう。


 クルトのように強い自信を持っていないから、すぐに心を腐らせてしまう。それで余計に落ち込んで、どんどん悪い方向に行って。そうして坩堝にはまってしまうのだ。


 学園長レグニスはカップの紅茶をすすりながら、朗らかに笑って私の目を見る。


「自分をしっかりと持ち、自分に何ができるかを知り、それを挫かせぬ強い心を持つことじゃ。さすれば、他の誰もが認める一人前となれよう」

「自分をもって、何ができるか……」


 できること。

 私にそんなものがあるのだろうか。成績も悪く、いつも落ちこぼれでしかない私なんかに。


 ――ああ、ダメ駄目! ついさっき、卑下するなって言われたばかりじゃない!


 首を強く振り、私の頭をぐらんぐらん揺らす。脳が激しく揺れ、それと同時に考え事も吹き飛ばした。


「きっとなにかあるはず!」

「おお、その意気じゃ」


 ぐっと握り拳をつくって顔を持ち上げた私に、学園長レグニスは嬉しそうに温かい笑顔を浮かべてくれていた。


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