-13『できること』
翌朝。
校舎に併設された全校生徒が収まる大きな教会のような講堂で、全校集会が行われた。
内容はもちろん、昨日書庫へ誰かが侵入した問題だ。
隠された書庫の存在そのものがまず秘匿されているため具体的な名前は出されなかったが、生徒の立ち入り禁止の場所へは決して入らないようにという念押しの注意と、それに対する厳罰の提示が再三なされた。
その場に出くわせたローズマリー先生は随分と立腹した様子で壇上に立ち、生徒達にそれを言い聞かす。まるで鬼の角が見せそうなほどに眉間のしわが寄っていた。それとは正反対に、壇上の隅に腰掛けていた学園長は暢気な顔で微笑んでいる。
「学園長からも厳しい一言を」とローズマリー先生に話を振られてやっと、居眠りから覚めたように顔を持ち上げ、
「うむ。くれぐれも、これ以上はないようにの」
穏やかな口調でそう言って、ローズマリー先生を拍子抜けさせていた。
随分とマイペースだ。
冷静である、というのがある意味では正しいだろうか。
私が侵入して思ったことだが、あの書庫に入ったからといってそれほど大問題になりそうなことはなかった気がする。それに私もレニアも、そしてあの謎の人影も、そこにある蔵書を盗んだりなどすらしていない。
果たしてあそこに、生徒が出入り禁止になるような何かがあったのだろうか。それすら疑問になってくる。
「はあ。せっかく危ない橋を渡ったのに、得られた情報はあんまりなし、かあ……」
集会を終えて教室に戻る道中、私は背中にリルを抱いたまま、生徒達の流れから外れて落胆していた。
そんな私に、他学年のところからわざわざレニアがやってくる。
「そうでもないさ。ほら、これ」
「なに……って、それは――」
レニアがこっそりと制服の懐から取り出したのは、小さな文字が綴られた紙だ。おそらく手書きなのだろう。厚手の古紙に何枚にもわたって連なっている。
「これってまさか」
「昨晩、記憶を頼りに複写したんだ」
それはまさしく、あの隠された書庫で見た本の複写本だった。
「僕の固有魔法は『見た本を記憶する』ものだ。まだ内容の理解はできていなくても、一度目を通してさえいれば記憶には残ってる。さすがに挿し絵なんかは無理だけど、それを頼りに字に起こしてみたんだよ」
「……す、すごいわね」
つい呆れた顔をしてしまうほどだった。己の固有魔法を最大限に活用している。これは一つの才能だろう。
「でも解読はまださ。結構古い言い回しとか単語も多くて、調べながら読み解かないと」
「だったらクルトを頼ると良いわ。あれ、古典のテストでいつも満点取ってるもの」
癪だけれど、私よりはずっと役に立つはず。
昨日、あれだけ書庫について尋ねていたクルトが先生達に怪しまれていないのも、彼が優等生として模範的に日々を過ごしているおかげだろう。職員室にいた彼を疑う者はいなかったらしい。
さすがクルト。
人望も厚く優秀な生徒だ。
それに比べ、勉強もできないし、固有魔法も弱い私。
けれど、昨日あの大きな本棚を動かせたことは自分でもびっくりしている。
これまではクルトに嫌がらせをするために小物を引き寄せる程度しか魔法を使ってこなかったのだ。
やらなかったのではない。
できなかったのである。
私が固有魔法を発言させた六歳の時から、私が引っ張れる物はせいぜい軽く小さいものだけだった。
それが、昨日はまるで、あの瞬間はどれだけ重たいものでも持ち上げられそうなほど気が強くなっていた。
どうしてだろう。
そう思っても何も考え至ることはできなくて、結局私はそのことを忘れるように放棄していた。
「とりあえず、この本には封印のことが書かれていた。もっと詳しく読み解けば新しいことがわかるかも」
「……そうね。レニア、悪いけどまた頼んだわ」
「了解。まだ知らない本への探求心のためなら」
気前よく頷いたレニアはそう言って、自分の教室へとまた戻っていった。
これでレニアの解読を待っていれば、リルのことがもっと良くわかるだろうか。
数百年前に封印されたという、この地に災厄をもたらしたと言われる悪しき竜。それと、レニアが見つけたもう一つの封印された何か。
まだまだ謎だらけだ。
けれど少しずつリルのことがわかってきている。
「ママ、ねむくなっちゃった」
「あら。ちゃんと寝なかったの?」
「ねたけど、まだねむい」
私の背中に負われながら目許を細めるリルの頭を撫でてやる。なんというか、すっかり慣れたものだ。今では自然と体を揺らし、揺りかごのように心地良く寝かせる癖までついてしまっている。
「リルちゃん可愛い。リズさんも、この歳で人妻みたいですね!」とアリーがおちょくってきたので、
「私はまだ純情可憐な乙女よ! 失礼ね、この馬鹿!」
「ひゃあー。あははー」
私が怒鳴り返すと、アリーは嬉しそうに笑いながら逃げていってしまった。
でも実際、リルは可愛いし、私もなんだか母親になった気分になり始めている。そのせいだろうか。こんなあどけない可愛い子が災厄をもたらす悪竜とはとても思えなかった。
――とにかく、レニアに少しでも何か新しい情報を得てもらわないと。
今は待つことしかできないのがもどかしい。
「リズ」
教室に戻る手前、クルトに呼び止められた。
「昨日は言えなかったけど。危ない橋を渡らせて悪かった」
あれ、随分と素直だ。
確かに私がもし見つかっていれば大問題だっただろう。だがその心苦しさがあったからこそ、クルトは関われないと言っていたのに、アリーを助けるようにやってきてくれたのだろう。
彼のおかげで鍵の場所がわかったのは事実だ。結果として大いに助かっている。
でも、私は素直に礼を言うのは癪だ。
「どうしたのよ。毒キノコでも食べたの?」
「茶化すな」
「うげっ」
つんと声を張って言うとおでこを小突かれた。痛い。
「おでこから禿げたらどうするのよ」
「禿げるか」
「嫁のもらい手がいなくなっちゃうわ」
「リズのお転婆が直らない限り、よほどの変わり者じゃなければどのみち嫁には欲しがらないさ」
「なによそれ!」
むっと顔をしかめて私が殴りかかろうとするが、長身のクルトにあっさりとあしらわれてしまった。
そんな二人を見てリルが楽しそうにきゃっきゃと笑う。
「ママ、パパ、仲良し!」
「ちがうわよ!」
「ちがう!」
二人の重なった声に、リルは満面の笑みを浮かべていた。




