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 -12『魔法』

 どうして。

 まさか私達が侵入したことがバレたのか。


「隠れよう」


 レニアがぱらりと流すように本のページをめくり、すぐにそれを元通りに置いた。


 それから私達はなるべく入り口から視界の通らない陰へと隠れた。またリルがくしゃみしないように鼻をつまむ。本人はイヤがって暴れたが、今は仕方がない。埃っぽいこの部屋でリルが静かに我慢できるとは思えない。


 本で埋まった棚のおかげで視界は通りづらく、隠れることは思いの外容易だった。あとは近づいてくる足音を頼りに、こっそりと移動していった。


 見つからないようこっそりと覗く。

 鍵がないことに気づいた学園長がやってきたのかと思ったが、しかしそこにいたのは、外套を頭に深く被せて顔を隠した謎の人物だった。


 誰かはわからない。

 薄暗くて背格好もいまいち掴めないが、少なくとも学園長ではないだろうとはわかる。教職員の誰かかとも思ったが、果たしてこのような格好をするだろうか。


 不審に思いながらも様子を窺う。


 誰かが来てしまった以上、私達が勝手に侵入したことがバレかねない。先生方に知られれば大問題だ。


 せめて私達の存在に気づかれない内にここを出なければ。


 入ってきた謎の人影の動向を注意してみていると、やがてその人影はあたりを見渡した後、ついさっきまで私達が見ていた本の山の前で足を止めた。そして、やはり私達が見ていた本を手にとって開き、読み始めたのだった。


 明らかに目的を持ってそれを手にしたのは明白だった。


 しかし何故。

 私達以外にこの学園の数百年前のことを調べようとしている人がいるというのか。


 開いている書庫を見て通報したりしないあたり、おそらく教職員ではないのだろう。その人影も訳あってここに入ってきたのだ。


 いったい誰が。

 偶然か。それとも私達がここに入ることを知っていたのか。


 だとしたら、それを知っているのはクルトとアリーだ。だがクルトは考えづらい。侵入がバレたら彼の積み上げてきた物を全て捨てることになる。それを覚悟してまで内緒で来るだろうか。


 だったらアリーか?

 彼女のことはまだよく知らない。転入してきたばかりだが、もし彼女がここの書庫に入るのを目的で転入してきて、同じ目的を持つ私に接近してきたとしたら。


 ――ああ、もう。わけわかんないわ!


 頭を使うのは苦手だ。

 考えれば考えるだけ、思いついた全てのことが怪しく思えてしまう。


「今はここから出ることを考えよう」


 混乱して焦りの色を表情に浮かべていた私に、レニアが冷静になだめくれた。


「物陰を伝ってそのまま出ましょう。振り返りさえしなければ大丈夫そう」


 人影は随分と文献を漁るのに必死なようだ。


「行くわ」


 できるだけ物音を殺して本棚の陰から駆け出そうとした瞬間、


「……ふぁ」


 リルを背負った途端、不吉な声が背中から聞こえてきた。


 ――まずい!


 思ってリルの鼻を塞ごうとしたのも遅かった。


「……っくゅん!」


 私が散々我慢させていたせいか、リルはこれまで以上に盛大なくしゃみを響かせたのだった。


 外套を被った人影が慌てた様子でこちらを振り返る。私とレニアは大急ぎでまた物陰に隠れたが、姿は見られずとも存在には気づかれてしまっただろう。


「リルっ! おとなしくして!」

「んっ! んんんっ!」


 私がつい、これ以上くしゃみをしないようリルの鼻をつまんで口まで押さえてしまったせいで、リルはまた激しくジタバタと四肢を荒ぶらせる。


 その振り回された手がすぐ傍のレニアの顎に当たり、彼の細い体がよろめいて、後ろの本棚へと倒れ込んでしまった。


 その本棚は衝撃に耐えきれず、勢いのままに倒れ出す。一つ倒れればまた隣、また隣とドミノ倒しに連鎖し、書庫の一角の本棚はことごとく大きな物音を立てて倒れたのだった。


 倒れた本からは大量の本がこぼれ落ち、大きな振動と物音を立てて崩れていった。埃が立ち上り、私達の視界を悪くする。風圧で周囲の燭台の灯りも消え薄暗い。


「いったい何事ですか! どうして書庫が!」


 さすがに物音が響きすぎたのだろう。私達がしばらくせき込んでいる内に、外の方からローズマリー先生がやってくる声がした。


 今度こそ窮地だ。

 ローズマリー先生に見つかれば大問題となる。


 息を荒げながらローズマリー先生は、薄暗い書庫の中へと駆け込んできた。


「いったいどうして。誰かいるんですか」


 彼女の問いに答えられるはずもない。


 外套の人影は薄暗さを利用して真っ先に残された本棚の陰に隠れ、そのままローズマリー先生と入れ違うようにして外へと出て行ってしまった。


「私達も出るわよ」


 行くなら場が混乱している今しかないだろう。直に薄暗さに目が慣れてしまい、見つかってしまいかねない。


 私がレニアに声をかけたものの、しかしレニアからははっきりとした返事が戻ってこなかった。


「レニア?」


 ふと私が目をやると、レニアの足に覆い被さるようにして本棚が倒れていた。


 どうやらぶつかった本棚は上段と下段に分かれていたらしい。下部にぶつかったせいで上側が前に倒れ込み、真下のレニアへと降り注いだらしい。


 先に大量の本が落ちてそれがクッションになったおかげで衝撃こそ和らいだようだが、それが逆に本棚との隙間を綺麗に埋めてしまい、レニアの下半身はそこから抜け出せなくなっているようだった。


「抜けられそうにない。僕のことはいいからキミ達だけでも今のうちに」


 重さに苦悶の顔を浮かべながらレニアが言う。


「でもそれじゃあ貴方が」


 確かに私とリルだけで一目散に逃げればまだまだ気づかれないだろう。しかしローズマリー先生の目が暗闇に慣れて埃も収まれば、レニアが気づかれるのは明白だ。いや、むしろ気づかれなければ足を圧迫して重体に陥りかねない。


 レニアを置いていくということは彼に私の責任も全て擦り付けるということだ。


「僕もここにある本を見たいから来た。今更置いていかれたところで恨んだりはしないさ」


 珍しく、はかなく笑うレニアを見て、私は揺らいでいた心がかしりと固まった。


 ――それじゃあまるで。


「……そんなこと」


 ――私が最低な女みたいじゃない!


「できる訳ないでしょ!」


 見捨てるわけがない。

 ここにやってきたのも最初は私の我が侭が原因なのだから。ちゃんと最後まで一蓮托生だ。


 私はレニアの前にかがみ込み、倒れた本棚に手を添える。


「何をするんだ? キミの非力な体じゃ持ち上げられるわけ」

「黙ってて」


 深く、深く、深呼吸し、集中する。


 やれるだろうか。

 いや、やるんだ。


 こみあげた一抹の不安を振り払い、私は指先に力を込めてぐっと強く引き抜いた。


 ――固有魔法『引き寄せる魔法!』


 指をあてた本棚がかすかに揺れる。


 これまで、クルトに対して箒や小物をぶうつけることにしか使ってこなかった。どれもとても小さく、軽いもの。こんな本棚みたいな物なんて動かしたことがない。


 同級生にも物を押しのけたりうる固有魔法を持つ子もいるが、そのほとんどがちょっと物を動かす程度だ。そんな彼らですら苦難しそうなものを、落ちこぼれの私が果たしてできるのだろうか。


 無理だ。

 いやできる。


 無理だ。

 いやできる。


 私の渦巻く葛藤の最中、ふと、背負ったリルが耳元でささやく。


「がんばれ、ママ」


 私はそれに後押しされるように思い切り腕を持ち上げた。


 途端、倒れた本棚が浮かび上がり、上に引っ張った私の手へ吸いつくように持ち上がった。


 それはまるで羽毛を指先にでもつけたかのような、自分でも驚くほど軽い感覚だった。


 重石がなくなり、レニアを押さえつけていた本が崩れる。


「今のうちに!」


 私が手を差し出してレニアを引っ張り出した瞬間、もう片方の手の力が抜け、持ち上がった本棚が勢いよく音を立てて落下した。


「今度は何事ですか!」


 さすがにローズマリー先生も気づく。


「そこにいるのですか。あ、こら。待ちなさい!」


 ローズマリー先生の声も余所に、私とレニアは一目散に書庫の外へと飛び出していた。


 走り抜ける後ろ姿は見られてしまったようだが、どうやら顔までは気づかれなかったらしい。視界は不明瞭で、再び倒れた本棚のせいでまた埃が巻き上がり、ローズマリー先生はひどく咳きこんでいた。


 ――ごめんなさい、先生。


 気持ちだけ向けた謝罪を思いながら私達は廊下へでると、そのまま人気のない方向へと駆け抜けていったのだった。


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