-11『書庫』
「これがあれば隠された書庫の扉が現れるのよね」
私は学園長室から持ち出した鍵を握りしめながらレニアに問いかけた。
「文献ではそう記されてた。可能性は高いはずさ」
「どうやったらいいのかしら」
「とにかくめぼしい場所に行ってみよう」
私達は旧館の階段を上がり、人気の少ない上階へと移った。前に私が一人で探し回っていた場所だ。その時は何も見つけられなかったが、もしかすると何か違いがあるかもしれない。
「鍵がなくなってることがバレる前に、さっさと行って、さっさと返すわよ」
「ああ」
意気込みもよく、私達は旧館の中を手当たり次第に歩き回っていった。
旧館とはいえとても広い。前に探し回ったときもそうだが、隅から隅まで通り抜けるのにも時間がかかる上に、廊下はただ長細いだけではなく、旧館そのものは巨大な正方形をしていて、縦横無尽に通路が張り巡らされているのだ。
貧弱すぎる私はあっという間に息を切らそうとしていた。さすがにリルを背負っているせいでつらい。かといって一人で歩かせる訳にもいかないし、私以外に背負われるのはイヤがるので、我慢するしかなかった。
不本意な過剰運動をさせられながらも廊下を歩いていると、通路の中でも奥まった壁しかない突き当たりにたどり着いた瞬間、ふと私の持っていた鍵が震えだした。
「ここだ」
レニアが気づく。
私から鍵を受け取ると、それを何もない壁に向けて掲げたのだった。
途端、まるで壁が波打つように揺れると、やがてそこになかったはずの巨大な分厚い扉が現れたのだった。
周囲の一般教室などとは明らかに物々しさが違う荘厳な雰囲気を持っている。
「本当にあったのね」
実在するのかと少しだけ不安に思っていた私だったが、それが確信へと変わり、やや気分が高ぶる。
レニアも息をのんで、天井いっぱいに届きそうなほど大きいその扉を見上げている。
隠された書庫。
いったいどんな場所なのか。
そこに、リルの秘密はあるのだろうか。
私達はお互いに目を合わせて頷きあい、重々しい扉を開けて中へと入った。
そこは空間が歪んだように錯覚してしまいそうなほど、薄暗くて奥行きがよくわからなかった。もう何十年と籠もっていた凝縮されたような冷たい空気が足下を流れて外に出ていく。体が自然と身震いしたのは、その寒さのせいか、はたまた不思議な静けさに緊張しているせいだろうか。
ゆっくりと慎重に歩を進めていくと、やがて一斉に部屋が明るくなった。周囲に置かれていた燭台に同時に小さな炎が点ったのだ。
「……魔法?! そういう仕組みなのか」
ひどく驚いて言葉を出せなかった私よりも冷静にレニアが見渡す。私達の他には誰かがいる様子はない。魔法を使役されたのではなく、もともと踏み入るとそうなる魔法だったのだろう。
視界が明るくなったことで部屋の様子がやっと把握できた。
書庫の広さ自体はそれほど広くはなく、せいぜい教室一つ分だ。しかしそこに、何列にもなって大量の本棚が並んでいた。どういう訳か埃なども被っておらず、そもそも古くてボロボロの本も多いが、保管状態は比較的良さそうなものばかりだ。
「すごい。すごい! これほどの本がまだあったなんて! これは七百年以上前に失われたと言われている古代魔法言語の記録書。焼失してこの世から消えたと言われる最古の魔法辞典まである。異国の文字で書かれたものまで。この文字は見たことがない。ずっと昔に滅んだ文明のものだろうか」
「ちょ、ちょっとレニア。興奮し過ぎよ」
「これが興奮せずにいられるか!」
レニアは周囲の本を見て子供のように目を輝かせていた。彼からすればまさに宝の山なのだろう。私にとってはただただ難しそうな本が置かれただけの図書室と変わりないのだが。
「そういうのにかまけてる時間はないわよ。早く役に立ちそうな物を見つけてさっさと出ないと
」
「あ、ああ。わかっているさ」
本当にわかっているのだろうか。レニアは隙あらば近くの本を手にとってぱらっと目を通したいとばかりにうずうずしている。
とにかく私も探すとしよう。
読めない古い文字も多いが、ちょっとでもこの学園の歴史や星待ちの塔の封印について書かれていそうな物はないかと、書庫の中を歩いて回った。
レニアと手分けをして探していると、ふと、書庫の一番奥の床に平積みされた本の山を見て私は足を止めた。特に何かあったわけではないが、自然とそこで止まってしまった。
その本の山の一番上に置かれた本に、まるで吸い込まれるように目がいった。
「……『竜の塔』。これだわ!」
私は直感的に悟り、レニアを呼んだ。彼に手渡し、中を読んでもらう。
「ああ、確かにこれだ。でも随分と古い言葉で書かれているね。ところどころ字もかすれてる……もしかして、これは封印がされたと言われる当時に書かれたものかも」
レニアは自分自身に集中して、自分の固有魔法によって本を読み進めていく。しかしいつものように手早くはなく、一ページ毎に時間がかかっている。
「ゆっくり読んでる暇なんてないわよ。早くしないと気づかれる」
「わかっているさ。ただ、ずっと昔の物なんだ。言い回しや単語が今とは違いすぎてそう簡単にちゃんと把握できないんだ」
一瞬で何が書かれているか文字を把握できても、解釈を得るには時間がかかるのだろう。クルトのように勉学に長けた人間なら、授業などで習った古文の知識によってもっとスムーズに読めるのだろうが。おそらく今のレニアはそれよりも遅いくらいである。
やはり相当に古く、難しい本のようだ。
でもだからこそ信憑性は募る。
当時の封印のことがそのまま描かれているのだとしたら、リルのことについても何か情報があるかも知れない。
ゆっくりと読み進めていくレニアを隣で応援しながら、私はことの次第を待った。
やがて、
「なるほど」
ふう、と一息ついたレニアが顔を持ち上げた。
「だんだんわかってきたよ」
「リルのことも?」
「まだ、多分そうだろう、ってぐらいだけどね」
レニアの視線が、私が背負っているリルの円らな瞳に向けられる。
「結論から言おうか」
「……ええ」
「リルは竜だ。数百年前、あの星待ちの塔に封印された」
やはりそうか。
「どうして確信が持てるの?」
「星待ちの塔には封印が施されているという事実は間違いないらしい。そしてそこに竜が封印されたということも。その竜は白い毛並みをしていて、見る物を優しく包みこむ黄色い瞳をしていて、とても優しかったという」
白い毛並み。黄色い瞳。
確かにリルと同じだ。だがそれだけでは断定もしづらい。偶然の可能性もある。
しかし、かつて封印を施したというワズヘイトとマークライトの人間がそこにいて、急にそこに現れた。もはや封印が解かれたと説明する意外には難しそうだ。
既に察していたことではあるが、確証に変わったのは大きい。
だが、そうとわかれば問題はまた別にある。
「じゃあリルがその封印の竜だっていうことは、
この子はずっと昔にこの町に災厄をもたらした悪者っていうことなの?」
あどけない幼顔を見ているととてもそんな風には見えない。それはまだこの子が封印から解かれたばかりで幼いからか、それとも既に邪悪な何かを内に孕んでいるのだろうか。
疑問を抱く私に、レニアも曖昧に首を振る。
「それがわからない。まだそこまでは読み進められていないんだ。少し眺めただけだからね。ただ――」
急に言葉の調子を低くし、レニアが本のページをめくる。
「どうやら封印されたのは竜だけじゃないみたいだ」
めくって新しく現れたページには、壁画のような絵が模写されて描かれていた。それは暗く淀んだ空にいる二つの生き物が星待ちの塔のような場所へと吸い込まれていくような、封印を思わせるようなそんな絵だった。
「これは一体。何か、竜のようにおそろしく強大なものが? ……っ?!」
ふと、レニアが何かに気づいて口元に人差し指をあてる。
「足音だ」
「え?」
耳を澄ませると、私の耳にも確かに届いてきた。誰かが書庫へ入ってきたのだ。




