-9 『せめてもの行い』
夜中の学校は厳重な警備魔法がかけられている。一見無人の無防備に見えるが、許可なく校舎をうろつけばたちまち魔法によって感知される。
そのため、人知れず書庫に侵入するには放課後の夕方が最も適しているだろう。生徒達の多くは寮に戻っていて出歩く人も少ないだろう。
職員室があるのは旧館の一階だ。中には終業後の作業をしている先生が多く、そう簡単にこっそり侵入することはできない。入室自体は楽だが、鍵の場所を探ることは不可能だろう。
「準備は良いわね」
私が気合いを入れてそう言うと、旧館へと一緒についてきていたレニアとアリーは不安げに頷いていた。
目を離せば勝手に出歩くリルを一人で放っておく訳にもいかず、リルも私の背中におぶられている。重たいが、私にしか抱かれてくれないので仕方ない。今は眠っていておとなしいのは助かるか。
「ちょっと。どうするつもりなのさ」
「とりあえず、アリーの強運っての試してみましょ。最初は何かあってもまだ減るものじゃないし」
そう言って私はアリーの背中を押し、職員室の方へと歩かせた。
するとちょうど、職員室から先生が出てきた。ローズマリー先生だ。扉を開けた途端出くわしたリーズマリー先生は、驚いた顔でアリーを見やっていた。そのアリーもびっくりして体を一瞬飛び上がらせている。
わざわざ中から教員を飛び出す手間が省けた。早速調子がいい。
「――ずばり、アリーの強運でなんとなくさくっとゲット作戦よ!」
それが私の考えた手段だった。
秘密基地でそれを言った瞬間、レニアには相当呆れた顔をされた。
いや、私だって真面目にそれを頼ろうとしている訳ではない。だがアリーに『強運』の魔法があることは間違いなく事実だ。だったら一度それに頼ってみるのも手ではないかと思った次第だ。
別に勝手に職員室に侵入したりしなければ問題行動にはならない。どれくらいアリーの強運の効果があるのかを試したいという気持ちも半分あるのは事実だ。
もしそれでうまく鍵を手に入れられればラッキー。そうでなくても無理そうなら戻ればいい。
そんな安易な考えで私は臨んでいた。
「さあ、アリー。うまいこと私達の目的を隠しながら、鍵の場所を探るのよ!」
浅はかな私の考えを否定することもなく、アリーは作戦へと出向いてくれていたのだった。
アリーの『強運』の魔法。
最初は私ですら半信半疑だったけれど、いきなり先生を捕まえることができて幸先は良い。しかも私達がよく知っている担任というのも話をしやすい。
――あの子ほんとに強運なのかも。よし、このままこの調子で、それとなーく偶然に書庫の場所を聞き出してくれないかしら。
「どうしたのですか、ミス・エヴァーセン?」
「あ、先生。えっと。あのですね」
さすがに出会い頭で台詞を考えていなかったのか、アリーの言葉がやや詰まる。
――怪しまれちゃうわよ! 適当に話をつないで!
物陰から私が必死に無声で騒ぎ立てる。声も出さずに届く訳ないでしょ、と言いたげにレニアが呆れた顔を向けてきた。
「何か職員室に用事でしたか? ああ、そうそう。そろそろ学園にも慣れたでしょうか? うちの学級の子たちは良い子ばかりです。ミス・エヴァーセンにもきっとよくしていることでしょう。まあ、ミス・ワズヘイトのような騒がしい問題児もいますが……近頃は子守に忙しくて少しおとなしくなっていますし。あの子には一生子守をしていてもらいましょうか」
――ひどい、先生!
本人がいないからと言いたい放題である。遺憾だ。
それを浴びせられたアリーもローズマリー先生に首を振る。
「はい先生。私、リズさんにはとても傷つくことをいっぱい言ってもらって、仲良くしてもらっています」
「傷つくこと?」
――ちょっと、なによその言い方。
「この前も凛々しいきっぱりとした声で『変態卯じゃない』とか『近づかないで』とか言ってもらって」
「まあ、なんですって?!」
――それじゃあ私がただ罵声を浴びせただけの問題児みたいじゃない!
案の定、真に受けたローズマリー先生はカンカンに怒った顔で私を思い浮かべている様子だった。
――ああ、明日の学校休もうかしら。
イヤな予感ばかりである。
そんなことよりも早く書庫のことを、と願った矢先、
「あ、それでですね」
アリーが胸元でぽんと胸をたたいて話を切り出す。
――話はそれたけど、いまからちゃんと聞き出すのよ。それとなく、それとなくだからね!
絶対に気づかれませんように、と念じる私の視線を背中に受けながらアリーは言った。
「秘密の書庫ってどこにあるんですか?」
――直球じゃない!
今回ばかりは私のテンションがおかしくなりそうだった。もはや隠すどころの問題ではない。
アリーには調子を崩されてばかりだ。容姿端麗で勉強もできる常識人だと思って信用したのが間違いだった。そもそも、私の罵声に興奮してすり寄ってくるようなどおか抜けたところがある変わり者だということを忘れていた。
ローズマリー先生も突然そんなこと言い出した彼女に驚いた顔を向けている。
「何ですか急に?! どうして貴女がそれのことを……」
まずい。
このまま追求されてしまっては私達が隠された書庫を探していることがバレてしまう。
絶体絶命か。
どうにかしないと。
そう思って私が鳶だそうとした手前、しかしそれを遮るように別の人影が現れて颯爽と彼女達へと歩み寄った。
「すみません、先生」
「あら、ミスター・マークライト。どうしたのです?」
――クルト?! なんでここに。
「実はアリーがこの学園のことについて勉強をしたいらしく、歴史のありそうな本を探しているところだったんです。僕も両親に、ここには図書館とは別に古い書庫があると聞かされていたものですから、もしかするとその書庫に勉強できるものがあるかもしれないと言ってしまったんです」
やって来るなり、クルトはさらりとそう言ってのけた。
あまりに弁が自然なものだったから、「あらそうだったのですか」とローズマリー先生もすっかり信じてしまっていた。
これはクルトのこれまでの信頼もあるだろう。それを得られるだけの優等生ということだ。
ローズマリー先生のアリーに対する疑念も晴れたようだ。なんだかクルトに助けられたみたいで癪だが、今は良しとしよう。
「勤勉なことは結構。この学園の歴史はとても深く、知っておいて損はないでしょう。きっと魔法の勉強にも役立ちます。けれど残念ながら、貴方達の求めているものは書庫にはありませんよ」
「そうなんですか……」
わざとらしくクルトが落胆する。
「でも先生。その書庫を確かめることはできないのでしょうか。もしかするとということもありますし」
「悪いけれど不可能です。これは決まりですから」
「生徒が入ってはいけないと?」
「そうです」
「では、もしそこを書庫と知らず間違って入ったとしたら?」
「それはありません。そもそも入り口は魔法によって隠されていますし、それを出現させる鍵も学園長室の机に保管されているのですから」
「そうですか」
ふと、ローズマリー先生の肩越しに、クルトの視線が近くの物陰で隠れていた私を捉えた。一瞥し、しかしすぐ自然な方へと戻す。
――情報をくれてるんだわ。
職員室ではなかった。
鍵は学園長室の机にある。
クルト達が調べた情報から後に移し替えられたのだろうか。
目的のものは職員室にない。
それを知れただけでも大きな情報だ。徒労を防げる。
「ま、まあ。ありがとうとは言っておくわ」
私はクルトに届かないようにそうそっと呟くと、
「学園長室よ。行きましょう」
私はレニアをつれて、同階の角を一つ曲がった先にある学園長室へとこっそり向かったのだった。




