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 -8 『変わった転入生』

 振り返った私の背後にいたのはアリーだった。


 いつの間にか秘密基地に入ってきたらしい。彼女にここのことは一切教えていないはずだし、転入生が校舎を見回るにしても偶然立ち寄ることはなさそうな遠い場所だ。


「さっき、たまたまリズさんを見つけたんですよ。校舎から離れていくからどこに行くんだろうって気になって、ついてきちゃいました」


 えへ、と可愛らしく舌を出しておどけた風に言うアリー。


 まさか後を付けられていたとは。


 予想外の訪問者に、私は胃が痛くなるほどの緊張を覚えていた。つい今の今まで、レニアと内緒の話をしていたところだというのに。


「何か聞いていた?」

「何かってなんですか?」


 アリーは素直に小首を傾げる。嘘をついている素振りはない。本当に思い至らないのだろう。


「……ふう、よかった。それならいいわ」

「なんなんですか? 気になります!」

「別になんでもないわ。気にしないでちょうだい」

「あらら、残念です。……ところで、書庫ってどこのことなんですか?」


 ――ばっちり聞いてるじゃない!


「き、聞いてたの?!」

「へ? いえー。後を付けてここに来たら、たまたまその言葉が耳に入ってきまして」


 転入生のアリーはまだあまり話したことはなく、いまいちつかみ所はわからない。


 まさに『立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』とでも言わんばかりに清廉な容姿を携え、声も小鳥がさえずるように心地良く、柔和な笑顔はひどく人当たりが良い。


 何もかもを持って生まれたような、物語のお姫様のような少女だった。いつもクルトや他の生徒達に囲まれていて、私のような日陰者とは縁遠い存在だったから、私は彼女のことをよく知らない。


 そのため教室ではほとんど喋ったことがない。

 転入してしばらくは案内役を任されたクルトと一緒にいたため、それが妙に腹が立ち、余計に彼女への印象は悪い。


 アリーの方も、初対面の挨拶で私がつい悪態をついてしまったせいもあって、嫌われてしまったことだろうと思っていた。


 だからこうしてストーキングされ、あまつさえ普通に話しかけられたことすら驚くべきことだった。さっき旧館の調査中にちらりと見えた人影がもしかすると彼女だったのかもしれない。


 アリーはその容姿や人柄の良さから、すでに学級での人気者だ。おそらく私以外の全員から信頼を得ていることだろう。


 ――もしかして、唯一の敵である私の弱みを握ろうとしてるんじゃないの?


 なんて思ってしまうのは私のねじ曲がった性格故か。


 どこかそんなアリーの腹黒さを疑いながら、私は彼女に問いただすことにした。


「どうして私を追ってきたの」

「どうしてって。仲良くなりたかったんですよ」

「仲良く? 私と?」

「そうです。他の方とは仲良くなれましたが、リズさんとだけはまだでしたのでー」


 朗らかに、裏表もなさそうに彼女は言う。


 本当にただのお人好しで、私と友好を深めるためにやって来たというのか。


 とても信じがたい。きっと裏があるに違いない。

 私の性格がひねくれてるせいでついそう思ってしまう。


「そ、それは嘘ね!」と、私は強情にもそう言い払ってしまった。


 突然そう言い換えされ、アリーが「はうっ!」と驚く。


「どうせ私を籠絡するために来たんでしょ!」


 そして学級全てを掌握するために。なんて、もちろん馬鹿げた話ではあるが。


「私を手込めにしようとしたって無駄よ。貴女の醜い性根は丸わかりなんだから!」

「り、リズさん?!」


 ひどい偏見の言葉である。


 でも、まさか落ちこぼれの私と仲良くしたいと言う変人がいるはずがない。きっと何か悪い企みが裏にあるはずだ。


「う……ううぅ……」


 私の勝手な言い分にアリーの肩が落ち、くぐもった呻きが漏れる。


 適当なことを言われてそうとう悲しんでしまっていることだろう。そう思っていたたまれない気持ちになった私だったが、


「う……ふ、ふふっ……ふふふっ……」


 徐々にアリーの声が不気味に笑いを含み始め、肩も上下に震え始める。その声もなんだか調子が高く、やや俯かせた顔の口元はほんのり持ち上がっている。


 途端、


「さすがリズさんです!」


 これまで以上の満面の笑みを浮かべてアリーは私へと詰め寄ってきたのだった。


「……へ?」


 これには私の方が困惑である。


「ああ、リズさんはそういう人だと思っていました。初めて会ったあの時から」

「あの時って……あの悪口言っちゃった時?」

「そうです! あの瞬間、私の中でビビッと電流が走ったんです!」


 いや、意味が分からない。


「私はずっと、学校を移る度にいろんな人から『良い子だな』って褒められてきました。みんな仲良くしてくれて、みんな同じように私に温かく接してくれてたんです。でもみんな同じすぎて、なんだかまるでみんな同じ人形か何かなんじゃないかって感じがしていたんですよ」


「…………?」


 まだよくわからない。


「そんなモヤモヤを持っていたあの時の私は、初めてリズさんに拒絶され、感じたんです! ああ、この人は私を他の人とは違うように扱ってくれる人だって!」


「……え? つまり邪険にされたことが嬉しかった、と?」

「そういうことです!」


 いや、やっぱりまだわからない。


「リズさんの言葉を聞いた瞬間、心が震え、とても嬉しくなったんです。そしてついさっきも、まるで私を蔑むような罵倒の言葉……とても心地良かった」


 あ、一つだけわかった。

 この子、やばい子だ。


 うっとりとその言葉を思い出すように目を輝かせるアリーに、私は内心かなり引いていた。


 まさか苦し紛れの私の言葉をそんな風に捉えてくるとは。さすがの私も想定外すぎてどうすればいいのかわからない。


 つまりはこういうことか。


 容姿端麗の優等生としてみんなに認められて生きてきたが、それに飽きていた。そんな中、唯一彼女を貶したのが私だった、と。


 ――なによそれ!


「みんな私に優しくしてくれるんです。それはとても嬉しいんですけど、なんというか、ずっとむずがゆくて」

「だから私の言葉が嬉しかったって?」


「そうです!」

「変態じゃない!」


 咄嗟に吐き出してしまった罵声に、しかしアリーは「それを待ってたんです」とばかりに嬉しそうに受け止めていた。


 ――拒絶されることを……喜んでいる……?!


「リズさんなら私の欲求を満たしてくれると信じていました。だからずっと、お話しする機会をうかがってストーキングをしてたんです」

「ずっと?」

「はい。転入してから何度も」


 もしや私の気づかないうちに何度もあったのか。考えただけで身震いしてきた。


 まさかアリーがこれほどの危険人物だったとは。


「ち、近づかないでちょうだい!」

「イヤですー。仲良くしましょー!」

「ひ、ひぃっ……」


 アリーが満面の笑みで抱きついてくるのを必死に引き剥がそうとするが、体格の小さな私にはとても無理だった。されるがままに抱きつかれ、私はまるで赤子のように頬ずりされながら、青ざめた顔でただ身を任せることしかできなかった。


 ――この子、私より剛胆だ。


 それからというもの、アリーは私の秘密基地に何度も入り浸るようになってしまった。


 それだけじゃない。

 休み時間や放課後。ちょっと私が教室を出ればすぐに捜そうと追いかけてくるようになった。


 なんて悪質なストーカーだ。


 リルを連れてトイレに行った時も、リルの食事をもらいに食堂に行った時も、アリーは私をストーキングしているのだった。


 振り切ろうと早足で歩いたり、狭かったり曲がり角の多い廊下を迂回して巻いたとしても、


「あ、発見ですー」と、一度見失っても何故か必ずすぐに見つかってしまうのだった。


「なんで見つかっちゃうのよ……。結構バラバラに歩いてるのに」

「えへへ。私、固有魔法は使えないけど、生まれつきけっこう運がいいんですよー。欲しいものはすぐに手には入ったり、見つかったりして」


 学園にもすぐ馴染んで地位を手に入れ、人望も得ている。人生においてなんという強運か。


「もしかして、その強運こそが固有魔法なのかもね」と私の秘密基地に大量の本を持ち込んで――半ば占有し始めてる――レニアがそう言っていた。


「固有魔法の中には、本能的に危険を察知したり、誰かの目を意図せず引きつけたりと、無意識に発動するものがあるんだ。僕の本を記憶する能力も意図して使役してるわけじゃないしね」


 その話を聞き、アリーは随分と納得していた様子だった。自分でもそうとう運が良かった経験を何度も積み重ねた自覚があるのだろう。


「すごい才能ね、それ」

「まあ人生を掌握できるほどの強さではないと思うけどね。ちょっとラッキーなことが続けて起こるかも、くらいじゃないかな」


 それでも十分すぎる。私も欲しかった、その魔法。物を引っ張るだけのくだらないものじゃなくて。


「えへへー。リズさんと巡り会えたことも、私の素晴らしいラッキーのおかげですね!」

「それはアンラッキーよ!」


 隙あらば仲良くしたいと抱きついてくるアリーを払いのけながら、ふと私は思いつく。


「……強運」


 レニアは言っていた。

 校長室にたどり着くためにはよほどの強運が必要だと。


「ちょっと、アリー」

「なんですか?」

「私のためにその身を差し出す気はないかしら?」

「……ほえ?」


 不適に笑った私に、アリーは不思議そうな顔を浮かべながら小首を傾げていた。


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