-7 『不可避なリスク』
結局どれだけ探しても、隠された書庫の入り口らしき手がかりは見つからなかった。
ただ徒労となって足が棒になるほど疲れた私が秘密基地に戻ると、待ちわびた顔を持ち上げたリルが出迎えてくれた。
「ママ! おかえり!」
「ただいまー、リル。良い子にしてた?」
「うん!」
あ、なんだろう。
今のやりとり、すごく本物の親子っぽい。
思えばリルと出会ってからもう二週間は経とうとしていた。その間はほぼずっと一緒にいたし、先生達にバレてからはより一層リルの世話を真面目にするようになった。
今ではリルの素性以外は色んな事をしっている。
野菜は大嫌いなこと。甘いものもあまり好きじゃないこと。でも私の真似をしたいのか、私が食べてるものは全部欲しがること。ちょっとの距離ならちゃんとしっかり走れること。レニアの本を覗いて文字をちょっとだけ覚えたこと。
些細なことから大きなことまで。
リルが少しずつ成長していて、それを一緒に肌身で感じる。なんだかそれが、私はとても嬉しいことのように眺めていた。
レニアの本を勝手に引きちぎろうとしたりとまだまだやんちゃな所はあるけれど、手が掛かればかかるだけ、ちょっと愛着もわくというものだ。
「どうだった?」とレニアが問いかけてきた。
どうやらリルが彼の持っている本に興味津々のようで、それを奪おうと引っ張っているのを、レニアは必死に押さえている最中だった。
「全然。それっぽいところも見あたらないわ。それに、バーゼンのところが補修工事を近く行う予定みたい」
「あそこを? 確か四年ほど前に一度、あの周辺は大規模な補修工事があったと聞いたけれど。また何か問題があったのかな」
学園の校舎はひどく古い。
どこが傷んでいてもおかしくないくらいだ。これまでも散々の継ぎ接ぎの補修工事で延命させてきたのだろう。
「しかしそれならまずいな。工事が始まればあの周辺は人の出入りが多くなる。そうなれば、もし書庫を見つけたとしても侵入は難しくなるかもしれない」
「確かに」
そう考えると時間はあまりない。
「レニアは何か情報はあったの?」
今度は私が尋ねてみると、レニアは側に置いてあった本のいくつかを手にとって見せた。
「ここらの文献を読み解いてみた。そこで一つ、それらしき記述を見つけたよ」
「どんな?」
「その隠された書庫への扉を開く『鍵』のことさ」
「鍵、ねえ」
魔法で隠された扉となれば、その鍵もただの金属具というわけでもないのだろう。
「どうやらその鍵に書庫へと至るヒントがあるらしい。僕が推察するに、それによって書庫の扉が現れるのではないか、というのが今の有力な持論かな」
「なるほどね。その扉の出現させる鍵、か。それで、それはどこにあるのかしら」
私は尋ねる。
まさかそんな簡単な場所になど存在しないだろう。しかしどうにかしてそれを手に入れなければならないのだから、どんな場所だって行くつもりだ。
覚悟を承知で問いかけた私に、レニアは息をのんでからそっと口を開いた。
「――職員室だ」
それを聞いて、私はどうにも反応に困ってしまった。
思ったよりも簡単なところにある。もっと、深い渓谷の底だとか、山奥の洞窟だとか、そういった秘境に眠っているものとでも思ったが。やや妄想しすぎたか。
けれど取得が困難であることには違いがない。
「あそこはこの学園の中枢。いわば多くの教師の目によって監視されている場所さ。その目をかいくぐって侵入、件の鍵を手に入れるとなるとよほどの強運が必要になる」
ひとたび見つかれば重い叱責は免れないだろうし、今後職員室に近づくことも難しくなるかもしれない。そもそも、私は以前からローズマリー先生達に目を付けられているのだ。今回の問題によっては、最悪のところ退学まで考えられるだろう。
それほどの禁忌を犯そうとしている。
その事実に、私はどうにも心が騒いでいた。
さすがに退学はまずい。
ただでさえ家柄が落ちぶれている現状、学園すら退学となればもはや地の底を突き破ってしまうことだろう。お父様からも勘当されるかもしれない。
その危険を抱いてまでやることなのか。
私の中の理性がそれを問うてくる。
そんなリスクを侵さなくてもいいではないか。リルはそのまま普通に育てていけばいい。きっと、まともなちゃんとした子に育つ。素性はわからないままだけど。
だからこのままでいいのではないか。
「……ママ?」
ふとリルと目が合い、私は心が窄むような気持ちになった。
突然現れた、竜かもしれない少女。かつては災厄としてこの塔に封じられた。それが今は、こんなあどけない女の子になっている。
本当にリルは悪い竜だったのか。この塔の封印とはどんなものだったのか。どうして歴史書にすらまともに記述が残らず、隠されているのか。
リルの本当の正体は――?
もしリルが成長して悪い竜になったら。いや、それ以上の最悪があったとしたら。
その葛藤に身が震える中、ふと手が握られた。いつの間にか歩み寄ってきたリルが私の手を両手で掴んだのだ。
とても温かく、それでいて弱々しい小さな手だった。
――ああ、そっか。この子の保護者は今、私なんだ。だから私がこの子を守らないと。
細い指で包み込んできたリルの両手を、私はもう一方の手で包み返す。
「やるわ」
決意した。
「リルのことを調べ尽くす。この子が本当に災厄の竜なのかどうかを」
私にはとても、この少女が悪い存在とは思えない。
「職員室に行くわ」
「わかったよ。僕も止めはしないし、同行しよう。キミに危険を引き受けさせてばかりじゃ悪いからね」
私の結論にレニアも快く頷いてくれた。いや、もしかすると最初から、たとえ私が拒否しても彼はそのつもりだったのかもしれない。レニアの知識への欲求は相当なものだ。
「そうと決まれば作戦会議ね。どうやって潜入するか決めましょ。とにかく大前提として、絶対に誰にもバレないこと!」
私が高らかにそう言った瞬間、
「なーにを話してるんですかー?」
「ひゃあっ?!」
突然背後から声がして、私は心臓が止まりそうなほどの悲鳴を上げてしまった。




