-6 『イヤミな上級生
私達はリルのことをもっと調べるため、学園にあるという隠された書庫を探すこととなった。
「本にあった僅かな情報によれば『旧館の閉ざされし壁面』ということだ」
レニアが教えてくれたそれだけの情報を頼りに、私は学園の校舎を歩いていった。
学園は当初から建っている旧館と、一体化するように繋がって増設された比較的新しい新館とに別れている。新館とはいえ築数十年は建っていて古めかしく、どちらも同じくお城のようなデザインで統一されていて、一見すると違いはわかりづらいけれど。
主に私達生徒の教室は新館のほうにあり、旧館は職員室や理科室、美術室などの特別教室などが多くある。その上階ともなれば何の用途に使われるのかわからない空き部屋が多く並んでおり、その部屋の中もカーテンやそもそも窓がなかったりと、誰も通らない石造りの殺風景な回廊が続くばかりだった。
この中に隠された書庫が本当にあるのだろうか。
「まあ、あってもおかしくはなさそうよね」
ただでさえ校舎は広すぎるのだ。
この旧館だって、何に使われているかわからない部屋が延々と続いている。一度も入ったことがない部屋だって多い。だが教員やこの近辺の教室を部活動の部屋としている生徒などが時折行き交うこともあり、秘密基地としても使いづらい場所だった。
レニアによると、隠された書庫は一般的な教室ではないらしい。その入り口すらも隠されていて、ただ全ての教室を開けていったとしても決してたどり着けないという。
「じゃあどう探せば良いのよ」と言った私に、
「もしかすると壁などに、入り口を出現させるスイッチのようなものがあるかもしれない」とレニアは答えていた。
どういうカラクリでその書庫とやらを隠しているのかは謎だが、私はそのレニアの言葉を頼りに、不自然な窪みやヒビがないかと探し回っていった。
どんな欠片も見逃さないとばかりにぎょろりと目を見開いて、でも決して教員達にはバレぬようコソコソ歩き回る姿はさぞ不審に映っていることだろう。
「ワズヘイトの落ちこぼれがまた変なことをしているぞ」と哂われるに違いない。
――私だって好きでやってるわけじゃないわよ。今すぐ誰かに変わってほしいくらいだわ。
一応は持っている乙女の恥じらいとリルの手がかりを天秤にかける。
「クルトは体裁を気にして無理だし、レニアは私の部屋でもっと情報がないか文献を漁ってくれてる。となると……はあ」
結局、自分がやるしかないという結論に至り、私は溜め息をつきながらも、開き直ってひたすら館内を歩き回っていった。
一階から二階、三階。
先細った上階はおそらく五階くらいまであるだろうか。
その一つ一つの階層を念入りに見ていく。
しかし老朽化で柱や壁がちょっと朽ちている場所はあれど、とても書庫として使える空間がありそうな場所ではなかった。気付けば探し始めて一時間は経っている、
同じような石材の壁と廊下という変わり映えのない景色にひどく飽きてき始めた頃、
「ないわね……きゃっ?!」
ふと、曲がり角でちょうど出くわした人影にぶつかり、私は情けない声を上げて尻餅をついてしまった。
「いたた……」と顔を持ち上げると、そのぶつかった人影が私を見下ろしてきていた。
まずい先生か、と思ったが、しかしその人影は見慣れた男子の学生服を着ている。おまけに背は高くがっしりとした体格だ。
誰だろうかと顔を持ち上げると、そこにいたのは上級生のバーゼンだった。
「お前、クルトの……。どうしてこんなところにいるんだ?」
凄むような目つきで彼は私を睨んできた。
バーゼンは私達の一つ上の学年だ。
クルトが入学してくるまでは、才児と呼ばれるほど他より抜き出て優秀な成績を収めていた人物だ。勉学、実技共に成績優秀。当時は相当に持て囃されたという話だ。
まあ、クルトがやって来てその成績を塗り替えてしまったものだから、今ではその時ほど持ち上げられてはいないが。しかし近く行われる選抜競技には出場予定で、クルトと学園一の座を決める、実質的に二人の戦いになるだろうと噂されている。
だからこそか、バーゼンはクルトとすれ違うたびに好戦的な目をする。あと、何故か私にも。仲間だと思われているのだろうか。心外だ。私はクルトを一度も友達だとは思ったことがない。そう、決して。
私は立ち上がり、毅然としてバーゼンへと睨みかえす。
「別に何もしてないわ。ちょっと散歩してるだけよ。貴方こそ、こんなところで何をやってるの」」
「俺は家業の手伝いで見回りに来ているだけだ」
「家業?」
言われ、思い出した。
バーゼンの実家は建築業を生業としている。
しかもただの大工ではなく、学園の創設当時から専属としてこの学園に携わってきた歴史ある家柄だった。旧館や新館はもちろん彼の家が施工しており、その当時の当主の名前まで残されている。
ある意味では私のワズヘイトやマークライトと同じくらい歴史があり、それでいてより生徒に親近感のある家系と言えるだろう。
「このあたりも老朽化が進んできたところがある。だから補修工事が決まったのさ。俺はその場所の目処をつけに来たんだよ」
「また工事? 貴方のところっているもどこかしらで工事してるわよね。学園からの依頼金でさぞかし儲かってるんでしょうねえ」
わざとらしく私が言うと、バーゼンは目に見えて苛立った顔を浮かべた。
「もう古い建物なんだ。そこかしこ傷んでいて当然だろう!」
「ああ、はいはい。そうよね。別に工事費を荒稼ぎしてるって思ってるわけじゃないわ」
もちろんそんなことはわかっている。ただ冗談で言ってみただけだ。
バーゼンは昔から、冷静さを欠いてやや流されやすい部分がある。私がこうやって少しからかうと、感情のまま顔を真っ赤にして言い返してくるのだ。
そういう短気なところは、成績こそ同じくらいとはいえどクルトには決して及ばないな、と私が思ってしまう所以でもある。
そもそも私は、バーゼンのお高く止まった態度が大嫌いである。古くから続く名家の末裔として地位にひどい執着を持っており、自分だけでなく家柄を貶されれば激情的に怒る。
『この学園は俺の家が作った。俺のものみたいなものだ』
そんな不遜な態度が窺えるものだから、それを敬う生徒もいれど、私はどうしても彼とは相容れなかった。
「この学園を維持する俺の家の大変さなど、ワズヘイトなんかにはわかるはずもないだろうな。もはや名前だけが無駄に残る、何もできない子孫だものな」
「はいはい。そうですね」
確かに私は何もできず、落ちこぼれの烙印すら押されている。
「……自分だってまだ何もできてない、クルト以下の半人前のくせに」
ぼそりと口を尖らせて私が呟くと、バーゼンはこれまで異常に苛立った様子で眉間をしわ寄せた。しかしどうにか感情を抑えたのか、喉元まででかかった怒声をかみ殺し、ふうっと息をついて落ち着く。
「なんとでも言っていろ。すぐに吠え面をかくことになるさ、選抜競技でな。お前も、クルトも」
バーゼンは含みのある笑みを浮かべてそう言うと、もはや私など眼中にないといった風に立ち去っていったのだった。
「あらそう。それは楽しみね」と私は肩をすくめながら、そんな彼を見送ったのだった。




