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 -5 『悪行の計画』

「悪い子ってどういうこと?」

「実はこの学園には、あの図書室にある本よりももっと古く貴重な本が保管されている場所があるっていう噂なんだよ」


 尋ねる私にレニアは真面目な顔でそう言った。


「そんな話は聞いたことがないぞ」とクルトが言うが、レニアはさも当然とばかりに頷いた。


「だろうね。そもそも存在すら秘匿されているんだ。けれど僕が読んだ書物の中に、それを示唆するものがあったんだよ。それも一つだけじゃない。間違いなく、この学園には更に隠された書庫があるんだ」


 私もここの学園にやって来た何年も経つが、そんな話は初めてだ。

 だがここの学園の校舎は王城のように大きく、そして広い。下から見上げれば首が痛くなるほどだ。塔のように抜き出る最上階の窓は米粒のようにしか見えない。


 それほど大きなこの学園の校舎だ。私だってまだ踏み入れたことのない場所も多くある。さらにはその傍に、学生寮や運動場、様々な魔法や競技の練習場も併設されているものだから、その全ては把握しきるのは難しいことだ。


 そう考えれば、その中のどこかに隠された書庫があっても不思議ではないのかもしれない。


「そこにはおそらく、一般には明かせない大切なことが書かれた本がたくさんあるはず。もしくは老朽化が進んで公開できないものとか。ここなる本だと言及されていなかった。けれどそれは、もしかするとあえて言及することを避けたのかもしれない」


「なるほど。一般に公開できる情報の本だけを図書室に残し、具体的な事実が書かれたものは秘匿されて書庫に眠っている、ということか」


 納得したクルトにレニアは頷いていた。


 確かに、その書庫があるならばリルについての新しい情報が得られるかもしれない。


 しかし私は、レニアの言っていた『悪い子』という言葉を思い出す。


「隠されているってことは、普通は誰も入っちゃいけない場所ってことなんでしょ? まさか……」

「不法侵入するんだよ」


 あっけらかんとした口調でレニアはそう答えていた。


 まさか堂々と言うとは。


「ずっと行ってみたかったんだよね。そこには僕がまだ読んだことがない貴重な本が山ほど眠っているって。ああ、読みたい。どんなことが掛かれているんだろう。どんな分野の本がたくさんあるんだろう。想像しただけでたまらないよ。ふふっ。ふふふふふふっ……」


 ――うわあ、これまで見たことがないくらい気持ち悪くなってるわね。


 浅い笑みを浮かべながら早口に言うレニア。よほど本が好きなんだろうとはわかるが、ちょっと引いてしまいそうだ。


「一般の生徒は立ち入り禁止。教職員でも、学園長の許可を得た限られた者にしか立ち入ることは許されない。この学園のどこにあるという隠された書庫。わくわくするね」


 興奮をみせるレニアし、しかし対してクルトはひどく冷静だ。


「それは、俺達に禁忌を破れということか?」

「そうだよ」

「それは無理だ」


 優等生であるクルトとしては当然の回答だった。


 もしその隠された書庫に侵入したと知られれば、模範的生徒であるクルトも大きな罰を受ける。それは間接的に、学園からの推薦で選ばれる選抜競技の出場権を失うと言っても同義であった。


「悪いが、俺はそれには協力できない。確かにリルのことを究明するのは大事だ。そのために俺にできる事はやってもいい。でも、これだけは……」


 クルトが必死に鍛錬を繰り返してきた選抜競技のためにも、こんなところで問題を起こす訳にはいかないのは当たり前だ。


 私もそれをわかっているからこそ、それ以上の言及はしづらかった。


「……わかったわ」


 しばらくの沈黙の後に、私がそう頷く。


「書庫への侵入は私がやる」

「いいのか?」

「なに、これまで散々怒られてるのよ。今更もう一回怒られてくらいなによ」


 バレればまたローズマリー先生の叱責は食らうことだろう。でもそれもいつものことだ。今回ばかりはちょっと大事になるかもしれないけれど、私が失うものはない。またいつも通り「ワズヘイトは落ちこぼれだ」と烙印付けられるだけ。


「……悪いな、リズ」

「なによ、しおらしくして珍しい。明日は大雨ね」

「なんだと!」

「柄じゃないって言ってるのよ。ま、普段の優等生キャラも柄じゃないけど」

「俺はお前のためを思って……いや、お前はそういう奴だったな」


 ついかっとなって言い返そうとしたクルトだが、しかしすぐにそれを収めて肩をすくめる。そんなクルトに、私は気取ったようにほくそ笑んでみせる。


「そうよ。悪い?」

「悪い。けど、もう慣れてる」


 呆れ口調に苦笑を浮かべたクルト。


「じゃあ頼んだよ」

「ふふん、任せなさいよ」


 思えば誰かに頼まれるなんていつ以来だろう。素行も悪くて信頼も薄い、そんな私に頼み事をしてくる人なんていつ以来か。


 ――もう忘れたわね、そんなこと。


 ぼんやりとそんなくだらないことを考えてしまった私に、私の手で遊ぶのに飽きたリルがぱたりともたれかかってくる。疲れたのだろうか、ほんの小さく欠伸をすると、リルはすっかり私に体を預けて眠り始めてしまった。


 ――ああ、そっか。この子も私を頼ってるんだ。


 そう思うとなんだかほっこりとして、私は無意識に微笑んでいたのだった。


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