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 -4 『提案』

「なるほど、わかったかもしれない」


 星待ちの塔の中に埃被って残されていた古い文献などを見つけたレニアは、リルのことをじっと見つめながらそう頷いた。


「本当なの?」

「まだ確証はない。僕だって信じられないことだから」


「どういうことなんだ」とクルトが尋ねる。


 クルトは本当なら今頃、選抜競技のための鍛錬に出向いているはずの時間だ。しかしリルのためを思って少しの間だけ待ってくれている。


 そんなクルトの急くような問いに、レニアはやや自信なさげな弱々しい口調で言った。


「その子は……竜だ」

「え?」


 私とクルトは素っ頓狂な短い声を上げてレニアを見た。


「竜? 竜ってあの、お話の中に出てくる?」

「その竜だと思う」


 それは、何を言ってるの、と思わず言いたくなるようなことだった。


 竜というのは空想上の存在だ。

 私達の世界には実在せず、物語の中で語り継がれるだけのもの。


 その際たる例が、私達が幼い頃に親から聞かされる寝物語。


『悪いことをしていたらイビルがやって来て食べられてしまうわよ』とは、お母様に怒られる時に耳に穴が開くほど聞かされたものだ。かつてイビルという怖い竜がいて世界を荒らしていたのを、塔に封印をした――。


「……封印の、塔。あっ!」


 自分達が今いる場所はどこだ。

 かつてイビルという竜を封印したとされる星待ちの塔だ。


 ふと察した私にレニアは頷く。


「そういうことだよ。もはや伝承として空想上の物語とすら思われていた災厄の竜の話。ワズヘイトとマークライト。そのリルという子は、二つの家が封印したという竜かもしれない、という話さ」

「リルが、その封印された竜?」


「詳しくはわからない。けれどここに長く放置されていた本には悉く封印のことが書かれている。そして、経年によって封印が薄れるという懸念も。どうやらここは本当に封印の場として使われていて、そのための祭具がたくさん保管されてるみたいだ」


 なるほど。

 確かに古い物がここは多い。


「封印を弱めるような、何か物を移動させたりはしていないのかい?」


 言われ、私はギクリとした。


 私の秘密基地にするために、ここにあった意味ありげなものの多くは部屋の端に追いやってしまった。もしくはレースを被せて飾ったり。今布団を敷いてベッドのようにしている土台も、思えば表面に何か古い文字のようなものが書かれていたような気がしなくもない。


 そして極めつけは、リルが現れる直前に壊してしまったあの小さな箱。


 ――ああ……。


 思い当たる節が多すぎて、私は素直にレニアへと頷き返すことができなった。


 ――まさかそんな大事なものだとは思わないじゃない。すごく埃被ってて、もう忘れ去られた場所のように放置されてたんだから!


 半ば開き直って私はそう思う。


「まあ、長い時間が経つことによっても封印は薄まるらしい。書物の記載によると、もう五百年も前だ。世間の関心が薄れ、忘れ去られてしまっていてもおかしくはないかな」

「そ、そうね」


 レニアに、私は苦笑を浮かべて頷き返していた。私のせいかもしれないとうことはまだバレていないらしい。よかった。


 とにかく、リルがここに封印されていた竜かもしれないということはわかった。まだ仮定ではあるが。


 しかしそうなると次の問題も出てくる。


 切り出したのはクルトだ。


「もしリルが本当にその竜なのだとしたら、名をイビルというのか?」


 その名前は、私や他の子供たちがよく親に語り聞かされる悪い竜の名前。リルという名は私が勝手につけたものだ。けれどもし最初から名前があるのだとしたら。


「それはわからない」

「わからない?」


 意外にもレニアの答えはひどく曖昧だった。


「実は、それについてははっきりと記載されていないんだ。ここにある文献にイビルという名前は一度も出てこない。竜の記載はあるのに、何ていうものを封印したのか、という部分はひどく曖昧なんだ」


 竜が封印されていた事は間違いない。しかしそれはイビルという名の災厄の竜なのかどうかまでは各章が得られない。ということか。


 実際、私が腰掛けているベッドの上で「ママー」と呑気に呟きながら私の髪を引っ張ってきたりしているリルを見ると、とてもそんな邪悪な存在には思えない。むしろあどけない笑顔をひたむきに向けてくるのを見ると、悪いどころか心が癒されるくらいだ。


「ママ、おててかして」

「ん? はい」

「んぎゅー。つめたーい。えへへー」


 私の手の平に柔らかい頬を押し付けて目を細めるリルを見て、果たして誰が邪悪な竜だと思うことだろうか。そもそも、どう見ても人間なのに。


「その子が人の形をしている理由はわからない。もしかするとリズやクルトの影響を受けたのかもしれないね。二人は、今はもう継がれていないとはいえ竜を封印した両家の末裔だ。二人の何かしらが関わって生じた可能性もある」


 レニアがリルの顔を覗き見る。

 視線を受けたリルは不思議そうに小首を傾げている。


「もし二人が関係しているのなら、この子が二人をママやパパと呼ぶのも多少の理解はできるかも」


 確かに、リルが現れた時にはクルトもいた。

 てっきり刷り込みのようなものだと思っていたが、レニアの理由でも納得出来る。


「けれどやっぱり、まだ情報が足りてない」

「まあ、そうね」


 このまま素直に子育てしてていいのか。本当に封印された竜なのだとしたら放置しているわけにはいかないのではないか。色々と疑問は残る。


 これからの私達の指針を少しでも明確にするためにも、まだまだ知らなければならないことが多すぎる。


「そこで提案があるんだ」

「提案?」

「そう、提案」


 レニアが柄でもなさそうな下卑た笑みを浮かべ、私へと向き直って言った。


「悪い子になる気はあるかい?」


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