1-1 『私がママ?』
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ある日、物語の主人公のような可愛らしい女の子が転校してきた。
私――リズ=ワズヘイトの通う、王国の由緒正しい魔法学校。王都から離れた郊外に広い敷地を持って建てられ、その外観はさながら山のように天高くそびえ立つ立派な石造りのお城だ。
そこで初等部から高等部までの多くの生徒に混じりながら、一人が一つずつ固有に使役できる超常の力――魔法を学んでいた私の学級に、一人の少女がやってきたのは夏の休暇を終えたばかりの秋口のことだった。
彼女の名前はアリー=エヴァーセン。
生粋のお嬢様といった物腰で見目麗しく、やや癖で曲がった金色の髪が艶めいて風に揺れるたび、近くにいる人たちはみんなうっとりとそのきらびやかさに目を奪われていた。
それほどに誰しもの視線を奪い、やって来たばかりの彼女は瞬く間に学級の人気者になっていた。私とは正反対に。
そう、私はアリーとは全く違う。
容姿だってあまり良くないし、髪も傷みきったぼさぼさの黒髪だ。アリーのような女の子らしいツーサイドアップの髪型なんて似合うわけないし、こめかみを質素なピンで留めただけの色気もない格好をしている。
「リズももう少しは女の子らしくしてみろ」
幼なじみであるクルトにそう何度言われたことか。そうしては決まって「うるさいわね、この馬鹿」と怒鳴り返すのが決まりだった。
どうせ私には関係ない。
私はアリーのような、人を引きつける力もないのだ。誰も私を見ていないし、私も見てほしいとは思わない。
クルト=マークライトは私が赤ん坊の頃から付き合いのある生粋の幼なじみだ。とはいえ、決して仲が良い訳でもない。
私とクルトの家はずっと長い間対立しているらしい。
ワズヘイト家とマークライト家。
この両家は三十代以上続く由緒正しい家系であり、その由来はおよそ七百年前にも及ぶ。
昔、この国には暴虐の限りを尽くし世界に破滅をもたらそうとした竜がいたという。常人には手がつけられないその竜を、両家が手を取り合って封印したというのが伝え聞く物語。
『悪いことをしていたらイビルがやって来て食べられてしまうわよ』
というのは、もう耳にタコができるくらい聞いたものだ。
イビルというのが封印された竜の名前らしい。けれど竜なんて存在は今の私達の世界には存在しないし、どうせ子供を躾るための脅し文句に過ぎないのだろう。
「竜がいる」なんて私の歳で言えば鼻で笑われて病院を紹介されるくらいだ。
その伝説上の存在となった竜を封印したと伝えられる場所が学園の広い敷地内にあるのだが、そこは一般生徒は立ち入り禁止であり、そもそも存在を知っている人すらほとんどいなくなっている。もう何年、何十年と、誰にも近寄られずもはや忘れ去られたかのように放置されていた。
巨大な城のような校舎から遠く離れた隅っこにある、校舎よりやや背が低めな小さな塔。
『星待ちの塔』
星の観測がよくできる人里離れた物静かな場所という意味のらしいそこは、誰にも近寄られなさ過ぎてすっかり埃だらけになっており、それ故に私の隠れ家のように利用していた。
嫌いな授業があればそこに逃げ、先生を怒らせてはそこに逃げ、実家のお父様が様子を見に来てはそこに逃げ。しまいには布団や家具なども持ち込み、悠々自適な私の部屋のように利用していた。
お父様が知れば『封印の場所で何をやっているんだ』と叱ってくるだろうが、ここ半年ほど誰も来ていないのだからもう問題ないだろう。
私は落ちこぼれだ。
おまけにひねくれた性格をしている。
学級の皆とは溶け込めず、いつも独りぼっち。
だからこそ、新しくやってきた人気者のアリーは私には眩しかった。
「私はアリーと言います。よろしくお願いしますね」
教室でわざわざ一人きりでいた私にそう挨拶してきた彼女に、私はついつい鼻を鳴らし、素っ気ない態度で応対してしまった。
「あらそう。興味ないわ」と。
「ちょっと見た目が良い高嶺のお嬢様だからってお高くとまらないことね」という悪態まで出してしまう始末。
これにはアリーもきょとんとしていた。きっとこんな態度をしたのは私だけだろう。
私もさすがに言い過ぎたと公開したが、一度喉から飛び出してしまった手前、引っ込めるタイミングを失ってしまった。
そんな私を差し置いて、横からクルトがやって来る。
「アリー。先生からキミの案内役を頼まれた。もし暇だったらこれからどうだろう」
「本当ですか? ありがとうございます!」
アリーは親しげにクルトの手を取り、そうして一緒に教室を出ていった。
クルトは学園一の秀才だ。それでいて容姿も端麗。明るさの落ち着いた金色の短い髪に、鼻が高く堀の深い整った顔立ち。背も高く細身で、それでいて身だしなみもしっかりとした非の打ち所がないような完璧超人だった。
アリーが男子諸君の好む理想的な少女像というのなら、クルトは女子の憧れを全て詰めこんだ王子様といった感じだ。
二人で並ぶ姿はとてもよく似合っている。ただ家が対立しているという下らない因縁しかない私よりずっと。
でも。
――なーんか気にくわないわね。
お似合いだなんだとちやほやされるクルトを見ていると無性に腹が立ってくる。幼い頃からずっと喧嘩をしてきたし、ある意味では誰よりもクルトのことを知っているのは私だ。
そんな彼が私を差し置いて幸せになろうなんて気にくわない。
そんな訳で、私は二人の邪魔することにした。
私達には自分にだけ使える固有の魔法がある。それは代々、血筋によって受け継がれたりするものだ。
火を指先から出したり、風を起こしたり、その内容は人によって様々だ。その規模はあまり強大ではなく、ちょっとした特技のような範囲として扱われることが多い。それが将来の就職に役立つなどはごく一部の人間だけだ。
優等生であるクルトは『物質の変化』というものができるらしい。どんなものでもたちまち鋼のように強固なものへと変化させたりできる、魔法の中でも特異なものだ。
それに比べ、私の魔法は些細なものだった。
「来たわね」
校内を案内してまわるクルトとアリー。中庭の通路にさしかかり、柱に隠れている私の目の前をちょうど通りかかった時、
「よいっしょ」
ぐいっと引っ張るように私はこっそり手を引かせる。すると、二人の目の前の柱にもたれ掛かっていた立て看板が倒れ、クルトに襲い掛かった。
きゃあっ、と気付いたアリーが短い悲鳴をあげる。しかしクルトは冷静に手を差し向けると、短い呪文を呟いた。途端、彼の制服の袖がまるで凍ったようにぴんと固まると、クルトはその袖で倒れてきた立て看板を受け止めた。
クルトの固有魔法、物質の変化。
頑丈な袖で受け止めたクルトはまったく動じず、傷一つ負っていない。
「だ、大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫。いつものことだから」
「いつも?」
「気にしないで。さあ、次に行こう」
硬化した服の袖が元に戻り、クルトは何事もなかったかのようにそのまま去っていってしまった。
「……ちえっ」
もっとみっともない格好をさせたかったのに。
私の能力。
それは『物を少しだけ私へと引き寄せる力』だ。
たったそれだけ。
火や風も使えないし、何かを大たい的に変えることもできない。
優等生ともてはやされるクルトと大違いに、私の魔法はひどく地味だった。
だからちょっかいをかけても軽くあしらわれる。そうする度に、クルトは私みたいな落ちこぼれとは全然違うのだと自覚させられる。
それがやっぱり腹立たしくて、私は不機嫌に、秘密基地である星待ちの塔へと戻ったのだった。
ここは落ち着く。
私一人だ。他に何もない。
あるのは越冬のための簡易な暖炉と、遙か上階へと続く螺旋階段。そして、なんだか小洒落た棚に置かれた青銅の鏡くらいだ。後は私の持ち込んだ小物ばかり。
私だけの空間。
「ああ、もう。やってられないわ」
乱雑に敷かれた布団に倒れ込み、ついさっきのクルトを思い出しては苛立ちを募らせる。
「おっと」
すぐ傍の机に体がぶつかり、置いていたコップが倒れて落ちそうになる。それを私は咄嗟に手を伸ばし、『引き寄せる』魔法でどうにかその場にとどめて事なきを得た。
私の魔法なんてこれくらいの価値しかない。あとは誰かにちょっと悪戯する程度か。クルトのように、ただの石ころを一時的にでも金属のように固くさせたりなんていう芸当は一切無縁なのだ。
「可愛い子を連れちゃって、いい気になっちゃって。なによ、あんな八方美人と一緒に並んで何が嬉しいんだか。知り合ったばかりなのにどうせ鼻の下を伸ばしてるんでしょ」
この、この、と枕を抱いては強く締め付ける。クルトに魔法でちょっかいをかけては怒られるのは毎日のことだ。もはや挨拶を交わした回数より多いと思う。
私はクルトが嫌いだし、クルトも私を嫌い。それはもう、お互いの家の関係からしても当然の対立だった。
どうして対立しているのかは知らない。
けれど、ずっと昔から仲が悪いのは間違いない。
私とクルト。
竜を封印した二つの名家。
片方はあまり勉強もできず落ちぶれていて、もう片方は成績優秀な模範的優等生だ。
どうしてこうなったのか。
「ああ、もう!」
苛々して、つい伸ばした足が壁際の棚にぶつかる。すると激しい物音がなり、何かが床を転がった。
ぱっと顔を持ち上げてそれを見ると、そこには手の平サイズの小さな箱があった。どうやら棚の奥にあったものを落としてしまったらしい。
「あ……やっちゃった」
完全に意識外だった。そもそも、そんなところに物があるなんて覚えていない。その箱は私がやって来る前からずっとあるものなのだろう。随分と古そうで、所々が煤けたように汚れている。
もし高価なものだったらどうしよう。
壊れてはいないようだが、隅が少し欠けてしまっている。
一応中身を確認しておこう。
「……って、何も入ってないじゃない」
拍子抜けだ。
心配をして損した。
「おい、リズ。ここにいるんだろう!」
不意に扉が開き、外からクルトがやってきた。
どうして彼がここに。
慌てて箱をどこかに放り投げ、私は顔をしかめて向き直る。
「な、なによクルト! 勝手に入らないで!」
「ここはお前の部屋じゃあないだろう。それよりも、さっきはよくも――っ!」
私へとクルトが詰め寄ろうとした途端、しかし急に部屋が真昼のように明るくなった。
「なに?!」
「なんだ?!」
あまりの眩しさに二人ともが顔をしかめる。そしてその光が収まったかと思うと、
「……え?」
私達の目の前に、いつの間にか一人の子供が立っていた。
歳はおそらく二つくらいだろうか。まだ自立することすら難しそうなほど小さい背丈で、長くまっすぐな白髪に黄色い瞳。顔立ちはお人形のように綺麗で丸っこい輪郭をしている。
その少女のような愛らしさのある幼子は、はっと何かに気づいたように私達を見やると、拙い足取りでてくてく歩み寄って二人の服の裾を掴み、
「……ママ、パパ」
「ええっ?!」
私達を見てそう言いだした子供に、私とクルトは驚愕の声をあげていた。
こうして、私とクルトの子供だと名乗る不思議な子が現れたのだった。しかしそれは、これから起こる事件の些細な始まりに過ぎないと、今の私達は知るよしもなかったのである。
――私がママってどういうことよっ!




