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1.焼拳 ヤマトファイヤー

 夜の繁華街を走る女が、人々の視線を集める。

ダークパープルの水着、いやボンテージを着た

10頭身と思われるすらりとした長身の美女だ。

胸を軽快に揺らし、惜しげも無くそのSEXYな

ボディラインを見せつけるように走る姿に、

ある者は目を点にし呆然とただ見送り

ある者は咄嗟にカメラアプリを起動した。


レザーグローブ越しにも分かる整った指は

とても不釣り合いな、大ぶりの日本刀を握り、

それを納めた黒塗りの鞘を肩に担いでいる。

地面を蹴る靴は、無骨な軍隊用を思わせる

ジャンブルブーツという取り合わせ、

腰にも軍用を思わせるポーチ類を巻いている。

その異様な風貌が放つ違和感以上の威圧感に

気圧されて、誰も彼もおずおずと道を開けた。


走る動作に乱れる、美しいロングヘア越しの

カットされた生地から露出している背中の肌色が

男達の目を、走り去っても尚釘付けにしている。

邪魔に立ち尽くす人々は粗雑に掻き分け、

息1つ乱さず、ブーツの音を響かせて

ただ真っ直ぐに突き進んでゆく。

繁華街を数10mに渡りザワつかせた後、

険しさを秘めたクールな眼が何かを捉えた。


 視線の先には、大きな人だかりが出来ている。

怒号や悲鳴が飛び交う、その集団の中心には

派手な赤と緑のストライプ柄のタイツを着て

マスクを被り、ロングの手袋とブーツを着けた、

風変わりな男がおり、その足元には

1人の男が倒れ、小さく呻き声をあげている。

それを見る集団は、男と一定距離をおき、

周囲をぐるりと取り囲んでいる形だ。


「みんなの美しい街を汚す者よ!

 貴様の愚かな行いを、俺は絶対許さない!」


 マスクのバイザーはスモークが濃く

その表情は読み取れないが、強い怒りと

熱い信念が、その大きな声には含まれていた。


 男の名前は『焼拳 ヤマトファイヤー』

この地方の森と大地の雄大なパワーを操る、

緑の自然を守る使命を受けてやって来た

街のスーパーヒーローだ。

自然の愛護、街の美化を訴える傍ら、

時に環境を汚染する悪に対しては、

燃える赤のラインが全身を走った

ヤマトファイヤーバーニングフォームとなり

戦ってくれる、勇敢な戦士でもあるのだ。


しかし、バーニングフォームとなっている

ヤマトファイヤーの足元にいるのは

悪の組織の怪人でも、怪獣でもない。

どう見ても、ただの一般人だ。

「やめろ!」「もうやめて!」そう叫ぶ

周りの者達も、どうやら普通の一般人だ。


彼らの悲痛な叫びも意に介さず、

ヤマトファイヤーは足元に転がる男を

踏みつけると、拳を高々と天にかかげる。


「熱き炎は大地の怒り! 受けろ!

 バーニング……」


「そこまでよ!」


「だれだ!?」


 握られた拳を解き、声の方へ向き直すと、

その上空をダークパープルのボンテージの女が

夜のネオンの灯りに照らされ飛び込んで来た。

鋭い降下速度を帯びた飛び蹴りが繰り出されるも

ヤマトファイヤーはそれを上段受けで凌ぎ、

すぐさま後ろへと飛びのいた。


「ホラ、今のうちに行きなさいよ」


 ヤマトファイヤーの拘束を解かれた男は

女にケツを蹴り上げられ、悲鳴をあげ飛び起き

ヨタヨタと人混みの中へと逃げていった。


「お前は……ダークブランド!

 何の用だ!? また悪事に身を染める気か、

 邪悪の途に与するなら、容赦はしないぞ!」

「暑苦しい奴ね、もっと普通に喋れないの?」


 この女の名は『ダークブランド』

元は、いわゆる悪の組織で幹部をやっていたが

とあるヒーローにより組織は壊滅され、

現在は、裏のルートから舞い込む仕事、

主に警察や特殊部隊でも手に負えない

超常的な事件の解決を請け負っている。

身に纏う扇情的な衣装は悪の幹部時代の名残だ。


ダークブランドの乱入に、一旦静まった群衆から

今度は歓声と拍手があがった。

それに重なるように所々でシャッター音が響き、

動画撮影や生放送を開始する者も現れる始末だ。


「嘆かわしい……オレは今まで何の為に……」


 ダークブレイドに向けられた多くの歓声の中、

ヤマトファイヤーは握りしめた拳を震わせ、

歯を食いしばるようにして続けた。


「かつて、まだ彼らが子供だった頃、

 彼らはオレの言葉を聞き、オレの闘いを見て

 気付いてくれたのだと、目覚めてくれたのだと

 そう思っていた。

 この星を愛し、この星に生きる仲間達を愛し

 ずっと守ってゆこうというオレの思いに。

 この星の未来を託せる、強い味方だと

 そう彼らを信じていた……しかし」


 悲しみの底、絶望の底にいるかのような

ヤマトファイヤーの心情の吐露を聞く者は、

この場には多くは無かった。

唯一それを聞くダークブランドの表情も、

クールに一切の反応を見せる事も無い。

だがその目は、全てを受け止める

深遠な闇を思わせる深さを帯びていた。


「お気の毒だけど……

 人はヒーローを卒業して大人になるものなの」


 人はヒーローを卒業して大人になる。

ある者は親に促され、ある者は環境に合わせ、

ある者は過酷な現実と直面した事により、

ヒーローを、彼らが語ったメッセージや

彼らと誓った夢や希望ごと、過ぎ去った過去、

振り返る事の無い遠い昔の夢の期間として

卒業してしまう。

ヤマトファイヤーに、返す言葉は無かった。

ただ奥歯を噛み締めて、怒りに顔を歪ませる。


「お前は、お呼びじゃねーんだよ!」


群衆の中から走り出た男が、ヤマトファイヤーに

持っていたペットボトルを投げつけた。

それがヤマトファイヤーの頭にぶつかる直前!

発せられた熱風によりボトルが変形すると

中身は一瞬にして沸騰し、ボトルごと焼滅した。

群衆の中で起こりかけた嘲笑はピタリと止む。

燃え残ったボトルキャップだけが、

風に吹き上られ、クルクルと漂っている。

ヤマトファイヤーは、それを摘み取ると……


「ペットボトルは……

 中を空にして、ラベルを剥がし、小さく潰して

 リサイクルするのだろうが!!」


 怒りの言葉を乗せ、その男に向かって

物凄い速度でボトルキャップを投げ返した。


「は……っ」


眉間にボトルキャップの直撃を受けた男は

そのまま大きく体を仰け反らせながら、

圧力に耐えられなくなった頭部を破裂させ

周囲に大量の血と脳漿を撒き散らした。


夜の繁華街は、耳を引き裂く悲鳴に包まれ、

群衆は蜘蛛の子散らすように駆け出した。

1分も経たずに、辺りから人は消え

ヤマトファイヤーとダークブランドの

2人だけが一歩も動くこと無く睨み合っている。


「あ~あ、やっちゃったわね…‥」

「オレのやっている事は何1つ変わっていない

 オレはこの地球を、この街を汚すものを

 決して許しはしない!!」

「全く、これだからヒーローって奴は……」

「ダークブランド! お前も悪の途に

 与する者ならば、打ち倒すまでだ!!」


 ファイティングポーズを取った刹那、

弾け飛ぶように地を蹴り一瞬で間合いを詰めた

ヤマトファイヤーの大振りなパンチが空気を破り

ダークブランドの顔面に向かって繰り出される。

難無くかわすダークブランドに続けてパンチ、

キックの猛ラッシュが続く。

怒りに取り憑かれた力任せの攻撃は、容易に

コースを読まれてしまい命中する事は無い。

しかし、ヤマトファイヤーの攻撃には、

打撃のみならず、辺りに高温の熱風が帯びており

避けるダークブランドの体にジリジリと高熱が

襲い掛かる。


「アンタといると、髪が痛んでしょうがないわ

 さっさと済まさせてもらうわよ」

「フザケた事を!!」


 怒声から、再び拳を繰り出そうとした所に、

ダークブランドが手にした刀を鞘から抜き放ち

真向にヤマトファイヤーの眼前に降り下ろした。

その一閃は、ただの攻撃に対する牽制ではない。

刀の軌道が描いた縦一筋の空間の裂け目が

空中で光輝いている。

そして糸程の裂け目の線が、次第に広がりだすと

この現象の影響からか、ヤマトファイヤーは

体の自由を奪われ、その場を動く事が出来ない。


「くっ……これは、貴様何をしたっ」

礼真魔破剣(レイジンマッハケン)……

 アンタを狂わせるものの正体は、コレよ」


 空間の裂け目から、強い光を放ちながら

巨大な雪の結晶のような、全方面に棘を張った

美しい透明の物体が迫り出して来た。


「コスモス……推定レベル285、回収」


 触れれば斬り裂かれそうな鋭い棘だらけの

透明な輝石を、ダークブランドは臆する事無く

ワイルドに掴み取ると、空間の裂け目は消え

ヤマトファイヤーの金縛りは解かれた。

力を吸い取られたかのように、力なく地面に

膝を着いたヤマトファイヤーは

荒い息に胸を震わせて、大粒の汗の雫が

バイザーにぼたぼたと落ちるのを見ていた。


「どう? まだ暴れる?」


 ゆっくりと上半身を起こすが、力無く

地面に尻を着き座り込むヤマトファイヤーに、

先程までの燃え盛るパワーは感じる事が

出来なくなっていた。


「オレのパワーを奪ったのか」

「そうじゃない、アンタをイラつかせて

 破壊の衝動を起こさせてた悪い虫。

 アンタの心が生んだ純な輝きを

 斬り取らせてもらったの」

「そんなものがオレに……」

「血の登ってた頭が、冷えた感じ?」

「そう……だな……有難うよ……」


 座り込んだヤマトファイヤーの体の周りに

オレンジ色の炎があがると、体はその炎の中で

形を無くし、風によって揺らめいた瞬間

小さな無数の火の粉となって散り散りに

夜空へ舞い上がり消えてしまった。


「え!? ちょっと、どうなってんの?」

(PPPP……)


 突然の現象に慌てるダークブランドの

腰に巻いたポーチの中から着信音が鳴る。

いつもの丁度良いタイミングでかかってくる

依頼人からの電話だ。


『あ~もしもし、今回もお疲れ様でした』

「ええ、なかなか高レベルのコスモスだったわ

 でも、その本人は確保出来ず」

『そりゃそうでしょうね、何せ彼は、

 ヤマトファイヤーは、この土地の古くからの

 氏神様なんだからね』

「か、神?」

『そう、だから貴女に頼んだんだ』

「なっ……成程ね。被害状況としては、

 たしか怪我人が1人、既に逃走済み、

 あと、死者1人、これは……」

『それは、気にしなくて良いですよ。

 神様を怒らせたら、バチが当たるものです』

「……そう」

『じゃ、後はいつもの所で』


 電話は切れ、喧騒の無い深夜の繁華街には、

足早に去るダークブランドは足音だけが

コツコツと響いていた。

吹き抜ける風は、先ほどよりすこし暖かで

どこか悲しみを帯びて感じられた。


 つづく

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