第4話 望まぬ宣戦布告
ナディアが霊格を上げた夜、俺たちは祝宴を上げた。といっても俺は魔素のみで生きていけるし、ナディアは植物から多少の精気を吸えば生きていけるので食べ物もない。だが、なんと少量だが酒が手に入ったのだ!!昔鉱山に来てた人間が残していったお酒らしいが…30年物のお酒。。保存方法がしっかりしていれば熟成され、かなりの名酒となるだろう。それには期待出来ないものの…この世界に来て2週間ぶりの酒である。さらに1仕事やり切っての祝い酒、どんな酒であっても飲まない選択はない!
『乾杯♪』
『これはウイスキーか?うまい!!』
俺は涙を流しながら飲み続けた。。
その姿を見て、水を飲んでいるナディアは呆れた顔…
『えっ!?何を泣いてるの!?たかが酒くらいで?』
『そんなこと言われても、俺はずっと酒と共に生きてきたんだ!俺の血は酒で出来てると思ってる。今俺の体に久しぶりに命が巡ってるんだ!!この歓び、尊い涙は他人には理解できん!』
1人感動し酒を飲む俺に何かを言うのを諦めたナディアは苦笑いをしていると思ったら…笑い出した。
『ぷっ!!そこまで言われると何も言えなくなるわね♪少ししかないけど楽しんでね!』
俺はナディアの言葉に甘えて、1人酒を楽しむのだった…
とそこへ何かの生き物たちが近づいてくる気配を感じる。
ナディアが叫ぶ
『何かが近づいてくるわ!』
俺たちが洞窟の外に出ると、そこには体長2メートルほどの3匹の豚顔の魔物がいた。皮鎧をきており、人間のように2足歩行で棍棒をその手に持っている。焚き火の光にでも釣られてやって来たのだろう…
『オークよ!力が強いから気を付けて。』
ナディアが声を上げる。
ところが、オークはいきなり襲って来ることはなかった。
『トロールに…上位の精霊だと?こんなとこで何をしてる?』
俺は警戒しながらも答える…
『旅をしているものだ。敵意はない。今夜はたまたまここを寝床にしただけだ。明日の朝にはここを発つ!出来れば俺たちには構わず立ち去って欲しい!』
『なんだこいつ!?トロールの癖に生意気な口を利きやがるぜ!トロールならトロールらしく、土下座でもして俺らに許しを乞えよ!!』
『そうそう!「体だけは大きく、汚く愚かなるわたくしめごときがオーク様たちの目を汚してしまい申し訳ございません。すぐに立ち去らせて頂きます。」くらい言えよ!!』
『こういう生意気なやつは、教育のためにもぼこぼこにして、自分の立場を教えてやらないといけないよな?』
とニヤニヤと俺を囲んで来る。ナディアがオークたちに立ち去るように言っているが、どうやらナディアの言葉はオークに通じてないようだ。
『それ以上近づくな!これ以上近づけば敵と見なす!最終勧告だ!!』
俺は警告する。
『やっぱりこいつトロールの癖に生意気過ぎる!!もう許さん…殺っちまえ!』
怒りの声を上げ、棍棒を振り上げるオークたち。
俺は素早く移動し、2匹のオークの頭を左右の手でそれぞれ掴み上げ、その顔と顔をおもいっきりぶつける!ただそれだけで2匹の頭は霧散する。首から上が無くなったオークたちは、そのまま崩れ落ちる。。残った1匹は何が起こったかを一瞬理解出来なかったが、生存本能が働いたのかすぐに逃げ出す。追いかけるか迷ったが、翌朝にはここを離れるため面倒だと放置してしまった。
この事が後々の面倒の引き金となるとはこれっぽっちも考えてなかった…
オークたちを倒した後、ナディアは俺に近づいてくる
『すごいわね!トロールって戦わない生き物だと思ってたけど、戦えば強いのね?』
俺はオークの死体を逆さに持ち上げながら答える。
『そうだな。他のトロールがなぜ戦わないのかは知らないが弱くはないと思うぞ!…ところで、ナディアの言葉は他の魔物には通じないのか?』
俺の問いに…
『あっ!この2週間レイには通じるからずっと精霊語で話してたから、そのまま話してたわ。。私は普通に魔物の言葉も話せるわよ♪伊達に長く生きてないわよ!ところで。。それ何してるの?』
俺は笑顔で答える
『あ~豚の顔だったし、焼いたら食べれないかと血抜きしてたぞ♪酒のツマミになるかもだろ?オークって食べれないのか?』
ナディアはキョトンとして…
『変わってるとは思ってたけど…トロールなのに、食べ物も食べれるの?オークは人間にはよく食べられてるみたいよ。』
『いや、この体になってからは何も食べたことがないな。。酒も飲めたし、食べ物も試してみないと分からないだろ?食べれるのならおいしいものは食べたいからな♪』
俺は普通に答えた。
『その体になってから?どういうこと??』
ナディアが不思議な顔をして見てくる…
(ナディアが疑問を持つのも当然か…これから一緒に旅をするのならちゃんと話しておくべきかもな。)
俺は全て話すことにした。。
『俺は多分、この世界とは違う世界から何らかの原因で飛ばされてきたんだ。前の世界は魔物も魔法もない平和な世界だった。俺はそこでは、家なんかの建物を建てる仕事をしていた。だから、ナディアの祠造りはそんなに難しいことではなかったんだ!
その世界では、俺は人間で、毎日食べ物も酒も飲んでいた。だから、食や酒を楽しむ歓びを知ってる。そしてあの日、酒に酔って記憶を無くしてる間に、この世界で気づけば人間辞めてトロールになってたわけだ。信じられないかもしれないが、これが俺の真実だ!』
ナディアはもちろん驚いてる。
『異世界から…俄には信じられることではないけど、その話を前提とすれば、レイの常識への認識不足と、ある意味常識外の行動は納得できるわね!』
『なんだか、失礼な納得の仕方だな…?まあいい!というわけで、こいつらを今から焼いて食べてみることにするよ。』
結論からいうと、普通においしく食べれた。オークはそこそこ上質な豚肉という感じで久しぶりの食事ということもあってか2匹とも全部食すことができてしまった。今の俺はかなりの大食漢らしい。。
そして、これには俺自身予想外のことだったんだが、食べ物を食べると次々と力が涌いてきた。食べなくても平気ではあるが、食べた方がパワーアップし、元気になれるのだ。では、なぜ他のトロールは食事を摂らないのだろうか?パワーアップ出来るのに食事を摂らず、力はあるのに逆らわず、争わず、奴隷としての立場を甘んじて受け入れる…トロールとは一体どういう生き物なんだろう…いつか会って確認するしかないだろう。。
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翌朝俺たちは夜明けと共に出発した。目的地は特に決まってないので、俺はナディアに聞いてみる。
『ナディア、俺以外のトロールを見たことあるか?』
ナディアは誇らしげに言う。
『もちろんあるわ。基本トロールたちは森の先にある、魔王の治めるような大きな街の中にいるわよ!そこで色々な仕事に従事してるはずよ。ここからだと一番近いのは、【魔王アグネス】の治める【メリーフォード】という街よ♪昼だけの移動だと、1週間くらいかかると思うわ!』
『そうか!じゃーそこに向かってみるか!?…ところでナディアはどこか行きたいとこはないのか?急ぎの旅でもないし、寄りたいとこあるなら付き合うぞ!?』
『そうね~もし時間があるのなら、ここから3日くらいのところに住んでる精霊の友達のところへ寄りたいかも♪若い頃からの友達で私の霊格が低いままなのを心配してくれてたから、この姿を見せて安心させてあげたいわ♪』
ナディアは俺に言う。
『俺は別に構わないぞ!まずはそこへ向かい、その後メリーフォードへ向かうか♪』
俺はそう言い出発した。
『そこのトロール止まれ!!』
それから間もなく俺らの旅は中断させられた。もちろん昨日の逃げ出したオークの仲間たちである。10匹はいるか?
『昨日はよくも兄貴たちを殺ってくれたな!生きてここを出られるとは思うなよ!!』
よく見ると昨日の逃げ出したオークのようだ…
この中でも1番偉そうな出で立ちのオークが言う。立派な鎧を着用し、腰には剣も帯刀していた
『我らの王がお怒りだ!このまま黙ってついて来てもらおう!』
『そいつはオークジェネラルよ!普通のオークとは比べられないほどの強さをもってるわ!こいつらの王といえばオークキングだと思うわ…このまま黙ってついていくのは危険すぎるわ!』
ナディアが情報をくれる。もちろん精霊語で…
俺はオークジェネラルに向かい合い軽い感じで尋ねる。
『歓迎を断るとどうなるんだ?』
『お前に選択肢があると思ってるのか!?』
とゆっくりと抜刀する。周りのオークたちは俺がオークジェネラルに逆らうはずもないと思い込み、不用意に近づいてくる…
俺がその隙を見逃すことはない。油断している雑魚オークたちを可能な限り引き寄せ行動を開始する。ゴブリンを殲滅した時と同じ要領である。俺は目の前のオークたちに強烈なローキックを放つ。ただのローキックといえど俺の足の太さは1メートル近い。さらに長さも2メートルもある筋肉の鞭である。俺に近づいていたオークの多くはその一撃で下半身を失うことになった。残っているのは、オークジェネラルとオーク2匹のみであった。。
(な、何が起きてる?)
目の前に広がっている信じられない光景にオークジェネラルは
思考が止まっていた…俺ら魔物にとって奴隷としての役割しか持たないトロール風情の蹴り一撃で、俺の部下7人の下半身が消えたのだ。全員生きてはいるが、もう長くはないだろう…こんな芸当圧倒的なパワーとスピードがなければできるもんじゃない!こんなことできるのは俺の知る限り…
『お前は魔王なのか!?』
オークジェネラルは震える声を発する。
俺はオークジェネラルの発した言葉に驚き言葉を返す。
『魔王だと?俺はそんな存在ではない!ただのトロールだ。ただし、誰にも屈せず、誰の命令も聞くつもりもない!俺がすることは俺が決める!!俺の行動を邪魔するのなら、例え魔王だろうとぶっ飛ばすだけだ!!』
さらに俺は言葉を続ける…
『で、お前たちはどうする?俺の行動を邪魔して死ぬのか?それともこのまま黙って去るのか?』
オークジェネラルは慌てて剣を捨て言う。
『待て!俺たちはもうこれ以上お前たちに関わらない!だから見逃してくれ!』
その後、オークたちはあっという間に去って行った。残されたのは7匹のオークの上半身とオークジェネラルの剣のみだった。取り敢えず剣は今まで使ってた30年前のナイフや剣の代わりに持っていくことにした。
オークの死体は、解体して肉のみを持っていくことにした。昨日も試行錯誤で2匹解体したから多少は慣れてきていた。どうやって運ぶかというと、自作した袋を使うのだ!これはナディアの祠を作るときに一緒に作ったものだ。植物の蔓を編み込んで大き目の袋を2つ作っていたのだ。見た目はともかく丈夫で軽いので便利だぞ♪
こうして俺たちの旅は始まったのだが…俺はしばらく経ってから知ることになる。この時の俺の言葉が、【世界の魔王たちへの宣戦布告】となっていたことを。。