8・いきなり大騒動が起きた。俺にとっては厄介ごとでしかないんだが
父が亡くなるという大事件に屋島は大騒ぎとなった。
現役の領主が急死したのだから騒ぎも仕方がないが、どうにもその騒ぎ方はおかしかった。
「若さま、このような時分ではございますが、名を継ぎませんと」
爺がそう言ってきた。名を継ぐ。東においては、高位の者は代々同じ名を継ぐか、役職に応じて用意された名を名乗ることになる。本名というのは家族であっても、外で名を口にはしないという習わしがあるらしい。それで俺はこれまで「若」としか呼ばれてこなかったわけだ。
俺の本名?確か、高西資志だったような気がする。で、領主として継いだ名前は資村という。父の本名か?何だっけかな。聞いたことが無いかもしれない。
東において高位の官職なんかこんなもんだ。火可や久邊の様な辺りは日本と変わりなく、普通に名乗ってるのに不思議なもんだよな。ちなみに、階丹や階納も俺同様らしい。あっちは芸名みたいなもんだろうけどな。
俺が右往左往している間に葬儀が執り行われ、俺の領主就任と相成った。
ほら、戴冠式みたいなものを想像するだろう?だが、権令というやつは、形式的にはただの地方官吏に過ぎないから、そんな盛大な式典はない。
「東よりお使者が参りました」
屋敷にある座敷、ではなく、掘りごたつ式の机が並ぶ部屋でそれは行われた。
俺は下座に居て、上座に使者が現れた。そして、書状を読んで俺に渡す。まあ、ありふれた辞令の受け渡しだ。
俺の知識が無いのもあるが、どう言葉にしていいか分らん。
そんな叙任式みたいなものの最後は、東の方向へ使者も含めて全員でお祈りをするというもの。
どこか神事の様なそんな叙任式だった。
葬儀、叙任式とわずか一か月程度の間に大わらわだった。
俺は葬儀で何を言うべきかを聞いて覚えるのに必死で、それが終わると叙任式でお使者を迎えるにはどうするか、式典の進行はどうでと、散々だった。
そして、ようやく終わったと思ったら、今度は階納氏がやって来た。
階納氏による説明でようやく父が何をやっていたのかわかった。
鉄鋼業の再興というのは父が主導して行っていたらしく、鉄橋建造もその一環だったらしい。
屋島に残された伝承の書と階丹氏、階納氏に伝わる相伝の技によって僅か十数年で書にある事を再現できるまでになったというのだが、やはり、まだまだ未熟な部分はあるらしく、急かす父に急かされた階納氏が建造した鉄橋は見事に欠陥品であったようだ。
「自害した恵夢志が総監督だったのですが、品費の差を見誤っていたようにございます。日取りの問題もあり、当日より遅らせることも出来ず、一部部材を急造で拵えたのですが・・・」
まあ、よくある話だろう。しかも、父は期日遵守に厳しかったようだ。
「こうなってしまった以上、恵夢志一党は死罪とし、罪を償う所存でございます。恵夢志一党だけでなく、わが娘もそこに加え、階納宗家の血筋をもって、先の資村様への償いといたしたく、そのご裁可に参りました」
何言ってんだ、このオッサンは。宗家の血を償いとするってか?、まあ、ここが火縄銃の時代、つまり中世から近世にかけての慣習を持ってるようだからそう考えるのは当然かもしれん。が、そんな必要は無かろう。
「その必要はない。ところで、恵夢志の子に鍛冶師は居るか?」
そう言うと、驚いた顔で俺を見るオッサン。
「そ、それでは体面というものが・・・、あ、はっ、恵夢志の子息も鍛冶師でございまして、娘も鍛冶師をと・・、娘は資村様と歳頃同じく、わが娘もでございます」
何を思ったのか、いきなり娘推しを始めた。いや、息子が鍛冶師というのが知りたかっただけなんだが。
「そうか、では、その息子や鍛冶一党を屋島で私の直属の鍛冶師にしよう。階納との縁は切ってもらう。そうすることで階納を継ぐこともなくなるだろうが、それで死罪の代わりという事でどうだ?」
階納氏のオッサン、床に額を激突させながら礼をしているが、大丈夫か?あれ。
こっちとしては俺自身が言いなりに出来る鍛冶師集団が手元に居るならば、今後、蒸気機関にしろ、火縄銃の改良にしろ、随分捗るかもしれない。良い事づくめだ。顔がにやけないようにするのに苦労するよ。
そう思っていた。
それから半月ほど、領主とはこうだという身の毛もよだつような書類の攻撃に苛まれていたら、階納氏がやって来た。
さっさと書類の攻撃から逃げ出し、会いに向かった。
「おお、階納、そして恵夢志の息子・・・、その二人は?」
そこには四人が居た。一人は以前あったオッサン、その横に居る若いのが恵夢志の息子だろう。で、その隣とオッサンの隣に居るのはなんだ?
ちなみに、オッサンはなかなかに渋いオヤジで、恵夢志の息子はもげろと思うようなイケメンだった。そして、両隣に居る美女は何ですか?
「これは資村様、寛大なる恩赦、誠にありがとうございます。されど、わが階納、一度決めたことを容易に覆せる訳もなく、恵夢志の息子の使役並びに、恵夢志の娘とわが娘も併せて献上いたします」
そう口上を垂れやがった。