5・確実な一歩だ。三歩進んで二歩下がってはいないのだから、堅実だ
「若さまがご提案になった釣鐘弾が完成いたしました」
その日、通貫がそう言って射撃場に新旧の弾丸を持ってきた。
「若さまが仰ったように、弾に裾を付ける、まさに羽根の様な形で作ってみましたところ、成果は上々でございました」
そう言って説明してくれた。
それによると、50メートルでの精度が飛躍的に上がり、一般的な射手でも90メートル程度の射撃が可能になったという。ただ、さすがに150メートルとなると精度は怪しくなってくるようだ。更に、届いたとしても威力はそれほど期待できないという。
「一般的な小筒での成果ですので、これはかなり期待が持てます。熟練した射手が使う兵筒ならば、150メートルを超える射撃でも敵を倒せる威力がありますので、精度が上がればこれまで無理であった距離で敵を倒すことも出来ましょう」
ここで出てきた小筒というのは量産品の一般兵向け銃で、口径が12~13ミリ程度のモノ、兵筒は前世でいう士官クラスにあたる職業軍人が使う、より威力があるオーダーメイド品で、口径は20ミリ前後になる。口径が大きくなれば弾丸も大きくなり重くなる。そうなると、威力も増すことになる。
ただ、同時に、必要な胴薬量も増すので反動も大きく、扱いが難しくなっても来るわけだ。そのため、よほどの熟練者でなければ、兵筒を使って150メートル先の的に当てることは難しい。
散弾銃でいえば、小筒が30ゲージ、兵筒が10ゲージにあたるだろうか。どうにも中途半端な気がする。10ゲージはまあ良い、30ゲージって、ライフル弾じゃないんだからさすがに威力が低すぎやしないだろうか?最低、20ゲージは欲しい所だ。
「小筒は練習用には良いかもしれんが、実用を考えると、もう少し威力があるものに出来ないか?」
という俺の考えに通貫も同意らしい。
「はい、私としましても、釣鐘弾の結果を見まして、小筒と兵筒の中間のモノを主力に出来ないかと考えている次第です」
やはりそうらしい。余り反動がデカいと誰でも扱うという訳にはいかないが、あまり威力が低いのではさすがに使えない。その折衷案という訳だ。
「では、若さまからご依頼のあった胴薬入れです。これが一回分の分量になります。弾はこちら、上下を間違えないよう弾の間に溝を切り、そこをこの割り箸にはさんで携帯し、一発づつ落とし込みます」
なるほど、早合は火薬と弾を一つの管に取り付けていたが、弾が丸弾でなく、投入方向が決まっているので、それを間違えない工夫がされているのか。なるほどと思いながら言われたように作業を行う。
早合は素早く火薬と弾を投入できることが利点だから、これはその利点を殺してしまっていてあまり意味があるものではない。せいぜい、火薬量を間違える事故を防ぐ役割しか持ちえない気がする。
あとは、普通に火縄銃の要領で火皿に少量口薬を入れて蓋を閉め、火挟みに火縄を挟んで準備完了。
「では、第一の的を」
第一の的は標準的な50メートルである。更に、今日は70メートルと90メートルも用意されている。
ちなみに、今撃っている火縄銃だが、銃床型だ。東ではどうやら銃床型が伝わったらしい。
日本でなじみの火縄銃は持ち手しかないタイプだが、あれは頬付けして固定する。銃床が無いので固定が難しいとはいえ、鎧を着て片付けするのだって同じ程度に難しい。
日本では弓の延長上の武器として頬付けで固定していたので、転生もの小説でよくある「銃床つけて命中率あがった」がそう簡単に実現できるかというと、怪しいと思う。命中率上げるには甲冑を脱ぐが、銃床型の銃を構える前提で、甲冑を改造しなくてはならないだろう。
ドォ~ン
盛大な音と煙が上がり、的に命中した。
「お見事です。若さま」
いや、釣鐘弾なんだから出来て当然じゃね?と内心思いながら、二射目の準備を行う。
そして、次は70メートル先の的だ。
ドォ~ン
的には当たったが真ん中という訳にはいかなかった。
「惜しいですな。しかし、始められて数か月で簡単にこの距離を当てられるというのは凄い事ですぞ」
そう言うが、これが丸弾ならともかく、重ねて言うが、釣鐘弾だ。
三射目も通貫の指示により70メートル先の的だ。
先ほどは銃の照準で素直に真ん中を狙ったが、この照準器が70メートルに対応しているとも限らない。それに風の影響もあるだろう。そんなことを思いながら修正を行う。
ドォ~ン
今度も的には当たったが枠に入っただけに終わった。案外難しいもんだな。
そして、さらに四射目。
ドォ~ン
同じく70メートル先だ。二度の射撃の感覚でさらなる修正を行ったが、今度はあらぬ方に飛んでいる。何とか的には収まったが、ウデなのか弾の精度の問題なのか、うまく行かない。
「凄いですぞ、兵たちも70メートルでいきなりこうは当てられません」
だから、最近出来たばかりの釣鐘弾の恩恵だと思うが、あえて言わないでおく。
「次は三の的を狙って良いか?」
俺からそう聞いてみると、どうぞとの答えだった。
ドォ~ン
まあ、そうだろう。たまたま支柱にあたってなぎ倒したが、見事に外れた。ついでに、この銃の照準は左右で多少ずれがあることが分かった。なんせ、今狙ったのが銃の付け根にある照門と銃口の上にある照星を真ん中で合わせず、左にずらした結果だからだ。幾分風の影響もあるのだろうが、70メートル的の結果を考えれば、照準線がずれていると考えた方が妥当だ。
それはともかく、やはり口薬は危ない、雷汞を用いた雷管をさっさと開発してほしい所だ。
火薬を扱いながら同時に至近距離で火をも扱うなんて、これで事故が起きない方が信じられない。
「この銃は照準がずれているな、照門を嵌め込み式にして動かせれば、弾の特性や銃の特性によって後から調整が可能になるのではないだろうか。初期値の目盛を打っておけば、それを基準に動かしやすい」
これは何も特別な話ではない、実銃であれ玩具であれ、その様な機構が備えられているものは多い。21世紀であれば、だが。
「それと、叩いただけで爆発するような火薬はないか?口薬の代わりにそいつを押し込むだけでよくなれば、火縄の扱いも口薬による危険もなくなるんだが」
雷汞なんてさすがに無いよな、火縄銃のご時世にゃ・・・
「雷薬を銃の発火にですか。確かにアレは簡単に爆発します。樹脂で包んで使ったり出来ますが、音を出すくらいの用途しか使われておりません」
あるのか、ならば話は早そうだ。