41・実は東はとんでもない異世界だった
あれから3年が過ぎた。子供も大きくなったし、輝と音野にも授かった。
輝は女の子だったのでウルプの俺に対するプレッシャーがすごかったが、音野は男の子を生んでくれたので助かった。
名前は輝の子は灯、安直と言うな。音野の子は響と名付けた。鞠華と仲良くやって欲しいものだ。
そして、蒸気船の方も順調である。四苦八苦していたスクリューの開発も成功し、とうとうスクリュー船の実用化にも漕ぎつけている。
新型缶と多段式膨張機関の成功で、出力も向上し、大型船の建造も行われている。21世紀の全長70メートルはあまり大きな船ではないが、こちらでは巨大船に分類される。しかも、その船に巨砲が備えられているとなると未知の世界と言って良い。
ただ、未だに鋼鉄製船舶の実用化というモノへの理解が少なく、弦能や翔などごく少数しかその開発技術を持ってはいない。
搭載砲はと言うと、非常に短い砲身を持った大砲で、前世の目で見るとなんとも不格好で頼りない前時代的なものにしか見えない。
が、それも仕方がない。
なにせ、大砲の砲身が長くなるには、鋼線砲と言って、母体となる砲身にきつく太い針金を巻き付け、さらに焼き嵌め法によって、覆いとなる外筒を被せた砲や、自己緊縮法と言って、目的の口径より少し小さく作り、腔内に圧力をかけて拡げ、常に内向きに圧力がかかった砲が実用化されて初めて可能になる。
鋼線砲ならば、今すぐ作れなくもない。技術的には問題ないのだが、火薬の側に問題が生じている。
そもそも、長大な砲身を有効に使うには、砲口出口まで均一に圧力を高めることのできる燃焼速度を持った火薬の調合が必要で、それを行うには、褐色火薬や黒色火薬ではなく、化学的に生成された合成火薬を必要とする。既存の火薬の調合や加工では限界に達しているので、腔圧と砲身長のバランスは、口径に対して30倍以内が理想とされる。それ以上長くてもまるで意味が無く、単に弾道や弾速を悪化させるだけでしかない。
そのため、今の技術では砲身長よりも大口径化へと向かい、造船技術の兼ね合いから口径20センチ程度で頭打ちとなっているのが現状だ。
今、最新の砲は、25口径20センチ鋼線砲で、全長は5メートルを超え、駐退器を備えた見事なものだが、日本海軍の50口径20.3センチ砲の半分の長さしかなく、あまりにみすぼらしく見える。アレだな、新砲塔チハたんを見た後に、従来のチハたんを見た安心感と言えばわかるか?
あまりにも頼りなく見えるんだよ。
しかも、艦の大きさからそれを前後に一門積むのがやっと。三景艦よりはマシと言った程度だ。何もかもが。
当然だが、揚弾機構も工夫して、旋回時でも装填可能にはしてある。が、揚弾機構の能力から、毎分1発を維持するのは至難だ。海戦時に数発しか撃てない三景艦より飛躍的な高性能なのは間違いないが。
そして、どんなに高性能な大砲を作ろうとも、測距性能と射撃理論の関係もあって、有効射程は陸上砲より劣ってしまう。
まあ、愚痴を言っても仕方がないが、時代に不釣り合いな高性能艦なのは間違いない。ただ、完成しているのは僅かに1隻だし、予算や造船所の能力から言って、3隻も作れば限界だと弦能が嘆いていたのが気がかりではある。
そのかわり、高速帆船並みの速力を持つ快速蒸気船の建造は順調で、それに野砲として開発した10センチ砲や以前の砲艦用の5センチ砲を備えた巡洋艦は鋭意増産中らしい。
快速船を巡洋艦と名付け、小型のモノを砲艦とし、3隻しか建造できない巨艦は戦艦と命名している。
前世の目で見ると、仮装巡洋艦に河川砲艇に海防戦艦となってしまうだろうが、気にしてはいけない。
キタンの軍制改革も行われたようで、ウルプの父がスナイドル銃と狙撃砲を使った戦術を練り、それに適した編制へと軍を改編しているらしい。
屋島でも狙撃砲を取り入れて、迫撃砲の一部を狙撃砲に転換し、ウルプが戦術の考案に当たっている。
そして、陸上でも蒸気船と争うように蒸気機関車が完成し、突貫で都から長崎までの線路が敷設されることになった。
ちょうど開けた街道脇に線路が引けたことで、そう難しくない工事だったという。
そのおかげもあって、長崎の鼻やその周辺の要塞へは、海上よりも大きな28センチ砲などと言う要塞砲の配備まで行えている。
そんな折、遥かなる過去に頼んでいた電気系の技術者がようやく東からやって来た。
「お初にお目にかかります。谷野辺平禄にございます」
長々と儀礼的な世辞があったが割愛する。
さて、東での電気関係の発展についてだが、さすがは異世界だった。
まず、この世界に電灯なるモノは存在しない。ガス灯やランプ、行灯の類なら存在するが。
では東ではと言うと、鉱石燈なるモノが存在しているのだという。なんじゃそりゃ。
「鉱石燈は荘内島で産出するサヌカイトという鉱石を精錬し、得られた半透明の結晶に電気を通すことで光らせる物です。化学反応による輝きであり、燃えている訳ではありませんので、出火の原因にはなり難く、蝋燭や灯火の様な熱も発しません」
ん?それLEDモドキではないんか?
と思ったが、俺がLEDの構造を知らないので、詳しい説明を聞いてもまるで判断できなかった。
ただ、現物を持っていた上に、磁石の製法まで知っているというので、屋島での発電機の製造や灯火器具の開発を依頼しておいた。
まあ、それこそがここが異世界であると改めて納得させられる出来事ではあったが、驚きはそれで終わらなかった。
つか、サヌカイトって黒曜石の一種で、石器や楽器に使うモンじゃなかったか??




