31・問題は山積みだったようだ
一応、弾底信管が完成した。その同じ方法で棒火矢用の信管も完成した。
今のところ、砲の射程は4㎞程度、棒火矢の射程は追い風ならば3㎞近く飛び、標準的には1.5㎞はある。
すでに人がゴマ粒の様な距離での砲撃が可能になった事で、砲兵の安全性が確保できた。
ただ、そうなると、前線での迅速な火力投入に問題が出てくる。
だってそうだろう。
これまでの様に隊列のすぐ後ろに居れば、指揮官は砲も兵も指揮ができる。しかし、前線の隊列から2㎞も離れて布陣したのでは、指揮に問題が出てきてしまう。
現に、今そうなっている。
「おい!砲兵に伝令、射撃位置を考えないと歩兵隊の頭上に降り注ぐぞ」
「砲兵隊より伝令!!歩兵隊は進撃位置を知らせたし」
「ようやくか、歩兵は谷へ降りた。砲撃を二の台へ移行させろ」
俺はその様子を指揮所に設けられた天覧席で見ているのだが、伝令が右往左往しているが、あまりにも時間差がありすぎてまるで機能していない。
「これ、実弾を使うのは危なくないか?演習なのに死人が出るぞ」
隣で構えている武将にそう言う。
「しかし、図上演習ではうまく行っておったのです。歩兵隊にも砲兵にも時間表を渡しております。そして、砲兵は歩兵隊が見える位置に観測員を配置させております」
そう返答してくるのだが、
「その観測と本体の位置関係は?」
「はい、砲を丘の陰に隠しておりますので、観測地点から砲列までは700mでしょうか」
うん、理由が分かった。原因はそれだよ。
「それだと、符丁などの簡単なやり取りはともかく、歩兵隊の正確な位置は観測員が確認してから砲列の着弾点修正までにずいぶん時間がかかるな。障害なく歩兵が走り抜けた場合、観測員の報告すらすでに誤報になりはしないか?」
いくら観測員の伝令が整備された連絡路を走り抜けるとはいえ、歩兵隊も行軍を続けているのだから、着弾地点と歩兵の行動が一致しなくなってくるのは避けようがない。
そして、伝令の人数と頻度によっては、そのうち大きく狂いが生じてくるだろう。
人馬に頼る限り、疲労というモノは避けようがない。当人同士が会話をしないことによって、伝言ゲームによる齟齬も出てくるだろう。
「問題点が分かった。今日の演習はここまで」
俺はそう告げた。
だが、実は問題点はそれだけではなかった。
「どういうことだ?」
数日後に長崎の鼻砦周辺の沿岸砲台建設について話し合った時だった。
「はい、現在の大砲の射程は4㎞になりますが、この距離ともなりますと、目測や経験だけで船のような的に弾を当てることは困難になります」
いままで普通にやっていたから出来るモノとばかり思っていたが、そうではないらしい。しかも、武将が言うのだから事態は深刻だった。
「では、照準はどうやって付けていたんだ?」
「はい、地上であれば、測量図がございます。距離を正確に把握することに不都合はございません。海上においても、これまでの射程は数百mでしたので、直接狙って撃てば当たる距離でした。ですので、問題が無かったのですが、数kmを目測で測った場合、各人の経験によって誤差が大きく生じてしまいます。目標との距離を正確に測れる器具が必要になってまいります」
というのだが、単純な原理は分かるが詳しい事は俺にも分からん。一応、通貫や弦能には説明したので、そのうち何かできてくることに期待したい。
さて、その弦能なのだが、蒸気船がうまく行っていないらしい。
「うまく行っていないというのはどういったところだ?」
相当と、根本的な事をヤラカしている様だ。
「揚水ポンプと違って、使える水が海水なんですが、やはりと言うか、沈殿物や腐食が酷くなってしまいますね。長期間運転を続けるのが非常に難しいです」
ん?俺は何を言ってるのかわからなかった。
「蒸気機関というのは、ボイラーで熱した蒸気をシリンダーに送り、シリンダーから復水器へと繋がって、タンクに水を戻すんじゃないのか?」
「?」
「?」
弦能は何を言われているのか分からないらしい。俺も何で分かってくれないのかが分からない。
「水を循環させるんですか?」
「そうだが?」
やはりイマイチ理解されていない。普通の事ではないのか?
どうにもお互いの考えが分からないまま、弦能は帰って行った。




