3・音は凄いんだ、音はね
転生を自覚してから何年経っただろう。
10歳の時に転生した事を自覚したが、当時は殆ど思考が追い付いていない状態だった。
あ、それはすでに語ったっけ?
それから何年か経つわけだが、どうやら思考と前世記憶の整合がようやく取れるようになってきた。
例えば、地球が丸いとか、ここが宇宙に浮かぶ星なんだとかいう事は、この国では未だに理解の外らしい。
ただ、幸いというべきか、俺が教わる教師陣には非常に優秀なのが居て、天文学とか化学とかも理解してるいわゆる天才が居る。
名前か?火可弦能とか、おまえ、どっかで香川出身のアレをパクっただろうと言いたくなる名前だ。
「若、分かりましたかな?」
オッサンが俺にそう問うてきた。
「では、なぜ、屋島から東や小豆は見えないんですか?」
敢えて言おう、シホテ・アリニ山脈から日本が見えたらこえーわ。
「それは、遠いからです」
オッサン、シレっとそう言う。
「遠いだけならそうはならないと思う。現に、北を見てキタン海の向こうに陸地も見えないのだから。小豆よりはるかに近いモシリが見えないのはおかしくないだろうか?」
オッサン、腕を組んで悩みだす。
「そうですな。一度、調べてみるとしましょうか」
もしかしたらこのオッサンがこの大地が丸い事を発見する人物になるかもしれんね。何年後の話になるかは知らんけど。
さて、とうとう鉄砲だ。
「今日は銃の実演ですので、射撃場へ向かいます」
いつもの武将に連れられて屋敷をいくつも抜けて開けた場所に出た。どうやらここが射撃場らしい。
「今日の射撃実演を担当する久邊通貫でございます」
見るからにマスケットなソレを携えた人物がそうあいさつしてきた。くめつうかんは香川の著名人で塩田開発やった人だよ、国産ホイールロックやマッチの開発でも知られる人物・・・
俺の回想をよそに準備が始まる。
「では、始めます」
そう言って、銃を説明を始めた。
「こちらが、若さまがご要望の鉄砲になります」
それは知っている。
「まず、鉄砲というのは、コレ、この黒い粉を爆発させることで、こちらの鉛球を飛ばし、敵を倒す武器となります」
それも知っている。
「では、まず、銃口よりこの黒い粉、火薬でございますが、これを注ぎます。この火薬の事を『胴薬』と呼んでおります」
そう言って、通貫が胴薬を銃口から注ぐ。
「そして、これが鉛の弾でございます」
そう言って掌に載せた弾を見せ、銃口へと落とす。
「そして、この棒、カルカにて奥へと押し込み軽く突きかためます」
そう言って棒で突いている。
「こうして準備が出来ましたら、銃の横にあるこの火皿の部分にも火薬を少量注ぎます。これを『口薬』と呼びます。口薬を注いだら、この蓋、火蓋を閉めます」
火蓋を切るという言葉があるが、アレはここからきている。
「火蓋を閉めましたら、この銃から伸びる棒、ここに火のついた縄を挟みます。この棒を『火挟み』と呼びます」
そう言って火縄を挟み込んだ。
「では、用意が出来ましたので撃ちます。少し離れて耳をお塞ぎください」
そう言うと、銃を構えて火蓋を開ける。いわゆる「火蓋を切る」というのはこの動作を指す。
火が目の前にあるところで火薬を弄るのは危険極まりないので、火縄を操作する際には火薬に火が引火しないように蓋をし、発射する直前に蓋を開け、発射準備を整える。
つまり、これから射撃が始まるという合図となっていた訳だ。
ドォ~ン
かなりの音と煙が立ち上り、50メートル程度先に置いた的に命中した。なかなかの迫力だ。
「いかがでしょうか」
通貫がそう聞いてくる。
「すごい迫力だった。だが、あの距離なら弓でも届くし、連射が出来る分、弓が有利なのではないだろうか?」
装填作業を見ていた感想をそのまま彼に伝えてみた。
実際、説明しながらなので1分以上かけていた。素早くやっても30秒を切りはしないだろう。
この装填時間を短縮するために火薬を小分けに弾も同梱包にして少しでも早く装填できるようにしたのが早合という奴で、それを使えば熟練者ならば15~20秒で装填が出来ると言われる。
それでも、弓の10秒前後で次を射るという連射速度に比べれば、全く追いつけているとは言えないのだが。
「はい、若さまの仰る通りです。銃の使い道は突撃の前面でまず相手を怯ませ、一定の損害を与えることにあります」
彼も事実の指摘にはなれたモノらしい。
「ならば、もっと飛距離を伸ばすのはどうだろうか」
そう、飛距離さえ伸ばせば余裕が出来る。
「飛距離を伸ばすことは可能です。熟練のモノであれば、火薬量を調整し、この3倍程度の距離でも狙う事は可能になります」
そうそう、雑賀衆とかならば。しかし、それはあくまで熟練者が出来るという話であって、誰でもそれが出来るという話ではない。
「その3倍の距離での射撃を誰でも出来るようにはならないか?」
通貫は腕を組んで悩む。
「決めた分量の火薬を小分けに持つことで火薬量を間違えないようにはできるでしょう。しかし、150メートルもの距離での射撃となりますと、射手のウデに大きく左右されてしまいます」
だろうとは思う。
「銃なら弓のような修練なく簡単に的に当たると聞いたが?」
これはワザとだ。実際はそんな訳が無い。確かに50メートル程度ならそう出来るだろうが、それを超えると火薬量をどうするかという経験が必要になり、その上、銃の特性や弾の飛び方、風などの影響まで考慮しなくてはならない。弓と何が違うのかというほどに修練や習熟が必要になってくる。
「簡単に当たるのは標準的な射距離における射撃の場合でして、それを超えるとなると、弓と変わらぬ修練が必要になってまいります」
予想通りの答えだった。あえて、ド素人な問い方をして相手にヒントを与えるとしよう。
「ならば、銃から矢を飛ばせばどうだ?弓より速く飛ばせるのだから、より遠くへ飛ぶのではないか?」
まあ、そんなアホなと思うだろう。普通なら。
「矢を飛ばす・・・ですか。しかし、銃には込められる火薬の限度というものがございます。矢のような大きなものを飛ばすことは出来かねるかと。また、弾を矢のような形にというのも難しいものがあります」
そう言って「鉄砲とは」という説明を再度受けた。まあ、そんなものは現代人なら知っている程度の話だ。
曰く、筒の中にある弾が出来るだけ筒一杯に接し、火薬の爆発を受け止めて弾き出されるという。隙間が多ければそれだけ爆発力が無駄となり、矢のような形では爆発力を受けるよりも逃げる部分が多く、丸球の様に飛ばすことは出来ないという。
俺はその解決方法を知っている。戦車の砲弾だ。矢を囲う筒を作り、銃口から飛び出して後、筒が分離する構造にすればいい。しかし、火縄銃レベルの時代にそんな高度な仕組みを実現できるとは思えない。