16・どうやら嫁がやって来たらしい。しかも、見た目は子供だが凄かった
元込め銃の量産体制が何とか整った。階丹、階納にも協力要請をしているが、やることが多すぎて俺自身が混乱している。
「資村さま、落ち着いてください。まず、銃の生産工房は立ち上がりましたので、久邊殿や翔殿に任せましょう。階丹、階納への協力要請についてですが、これは火可殿の構想への協力とするのが良いと思います」
俺があわあわしている間に書類を整理してくれていた輝がそう提案してきた。
幾度かの検討によって、武将が侵攻軍の粗方の軍勢を算出したのだが、最低でも3万にはなるという。多ければ5万とも言っていた。それに対して屋島の持てる兵力は3万。
なんだ、3万居ればどうにかなるじゃないかと聞いた時には思ったが、それは対抗できる軍勢が3万というのではなく、総兵力の話だった。
そもそも、屋島において兵士の行う仕事は前世でいう「軍事行動」に限られていない。警察の仕事もやっているし、消防の仕事もやっている。更には、各所の関の警備や害獣駆除のような仕事もある。
そのため、通常業務から離れられない兵士の数が約半数に上るというのだ。
兵士と言っても、そのほとんどは俺の感覚でいえば警察官に過ぎない。その仕事内容はどう見ても軍の兵士がやる仕事ではない。
町や村の警備と言えば、まるで軍の仕事に思えるが、中身は町内のトラブル解決や犯罪捜査、道路や水路の点検なんてのもある。
そして、農村ならばそこに害獣駆除が加わり、大きな街ならば関の警備が加わる。
戦争だからと言って前線に警官をおくるバカは居ない。練度がどうした武器がどうした以前に、平素の治安維持が出来なくなれば街も国も成り立たない。道路や水路が壊れてしまっては戦争以前の問題だ。
「それで、長崎の鼻砦へどれほど配置できるんだ?」
「現在の兵力ですと、1万4千ほどかと」
これは、考え方によっては新式の鉄砲隊を主力とした部隊編成が可能と喜ぶことも可能ではあるが、如何せん、兵力が心もとない。
「この春に新兵を雇い入れておりますが、その者たちが部隊へと配置できるのは早くても夏以降、しかし、銃教練を行う指導者は少なく、指導者を鉄砲隊から引き抜きますと、槍隊の兵装転換と現鉄砲隊の連携運動の訓練に支障をきたす恐れがあります。新兵を警備に回すとしても、警備兵を鉄砲兵として訓練する余裕もありません。そのため、警備部隊は8百ほど増やせますが、戦闘部隊を今年中に増員する事はかなわないと思われます」
新兵が居る。もし、募集をかければ新たな応募も見込める。ただし、それらの新兵や募兵は冬までに戦力化するのは難しい。
今現在、槍隊を元込め銃へと兵装転換することを進めている。彼らは槍を置き、銃をもって銃剣突撃することになる。
槍が余ると思うだろうが、槍と銃剣では長さが違いすぎる。混在させるわけにはいかない。かといって、銃剣突撃している横で槍を構えさせても、戦線が歪になって弱点を晒すだけにしかならない。
と、武将から説明を受けた。
どれをどう見ても行き詰ってやがる。
そんな混乱した思考のときに、弦能から新たな機械とコンクリートの話がもたらされた。
どうやら、長崎の鼻周辺で採掘できる石灰を焼成した粉と階丹で使われる高炉の使用済みレンガを砕いたモノに砂や砂利を混ぜると硬く強度が出るので、それを型に流し込んで固めれば、即席の石材が出来、防塁として使えるという。
さらに、その石材を積み上げて壁にするときに使うクレーンのアイデアまで持ってきた。
武将とどこに防塁を築くかという話をしているのだが、そのクレーンの制作や石灰の焼成施設や採掘設備から話を始めないといけないではないかと。
俺は何からやればいいか分からなくなっていた。
さて、冒頭に戻るが、そう言う訳で、輝の助言を受けて、銃の話は通貫と翔に投げることにした。そして、弦能に石灰鉱山の確認と採掘設備の設置を命じ、クレーンの試作を階丹に任せた。階納はそのまま蒸気機関と銃の量産に励んでもらう。
「ありがとう輝」
俺は輝に礼を言うが、当然だとかわされてしまった。
そんなことをしていたら早くも婚礼の儀だという話が舞い込んできた。
婚礼の儀自体は至ってシンプルだった。屋敷から屋島の宮へ行き、巫女から祝いの言葉を受ける。来賓が披露宴で一日騒いで終わり。
披露宴を終えて、ようやく解放された俺はぐったりしていた。
「旦那様、今宵はどうぞ、私をお好きなように」
二度顔を合わせただけの相手にこうも覚悟を決められるってすごいなと感心してしまうほどだ。
「ウルプ、なぜそこまで落ち着いているのだ?」
俺の方が焦っている。
というのも、肩書の上では音野や輝は側室となっているが、それは音野が屋敷外で活動できるように便宜を図るための肩書としてであったり、輝が俺の秘書として各部署と調整するための肩書としてだ。それ以上の意味はないし、側室としての実態もない。
側室ではないただの権令付き女官では、屋敷の外で働くことも、屋島の行政官達を相手に意見調整する地位を与えることが出来なかったから、そうしただけの話。こうして同衾なんてしたことが無い。
「どうせワシは生贄じゃ、旦那様に気にいられたならば、キタンに益をもたらすじゃろうし、嫌われたらただの慰み物で終わる」
随分と悲観的だなと思った。
「そこまで悲観する事はない」
悲観するほどの何かがある訳もなく、可愛い顔の通りだったよ?
翌朝、正室だから遊ばせておくというほどの余裕はなく、輝と共に秘書が出来ないかと執務に連れ出してみたが、朝のうちに音を上げてしまった。
仕方がない話だ。相手が東の言葉を話せるから安心していたが、さすがに事務書類の東語まで理解している訳ではなかった。それでは負担しかないだろう。
午後は銃の訓練に連れ出した。
「屋島へ嫁いできたのだから銃の扱いにも慣れてもらいたい。もしもの時は屋島の砦を守ってもらうことになるかもしれない」
本当はただの気分転換だが、そんなことは言えなかった。
「銃など、キタンの弓に比べたら数段劣る。ワシは弓が引ける故、銃などという粗末なものに頼る気はないぞ」
不満そうにそう言うウルプを連れ出して射撃場へとやって来た。すでに通貫は俺の担当ではない、彼は今頃銃の量産に忙しいだろう。
通貫の部下が指導をしてくれている。
「権令さま、奥方さまにも銃をお教えすればよろしいのでしょうか?」
というので、試しで撃たせるだけだと言って、俺がいつも使っている銃をウルプに渡した。
「とりあえず撃ってみてくれ。やり方は教える」
そう言って銃を渡し、構え方を教え、銃弾を渡す。
「その取っ手を引き上げてくれ。そう、そして、後ろへ引く。開いた穴へその弾を差し込んだら取っ手を前へ押し、さっきとは逆の手順で、取っ手を下げてくれ」
ウルプはガチャガチャと言ったとおりに装填を行う。
「火種も無しに撃てるのか?不思議な銃じゃな」
そう言いながら教えたように構える。
「ワシが弓で射る距離までコレが飛ぶか試してやろうぞ」
そう言って構えて引き金を引いた。
パン
そう大きな音でもない。量産性を高めた火薬だそうだが、この音が変わった以外は何が違うのかわからない。
ウルプが何やら呆然としている。
そして、さらに構えて撃とうとするが、当然だが、発砲できない。ボルトアクション銃は発砲ごとに手動で装填を行う必要がある。
「弾を撃ち終えたのだから、矢を番えるのと同様、弾を入れ替えないと撃てないぞ」
俺はそう言うと、先ほどの動作をもう一度説明する。
「覚えておる」
ウルプはそう言うと、再度装填して的を狙う。
パン
「・・・鉄砲とはこの距離でこうも当たるもんか・・・」
ウルプが撃った的は100メートルの的だ。
「ならば、あれはどうぞ」
3発目にして慣れた手つきで装填を行い的を狙っている。
パン
「嘘じゃ、この距離では父ですらなかなか当たらんぞ」
驚いているのは俺も同じだ。いきなり200メートルの的を当てやがった。確かに調整した銃だとは言え、あまりにも凄すぎる。
「本当に砦を任せてもよいかも知れんな」
そう言うと、俺を見て不敵に笑った。
「ワシはヤッテーンマキッの生まれぞ、父の様な奇策は持たぬが、ワシでも砦の指揮ぐらいとれるわ」
そう言い放った。
それから二週間後
「オラ!脚が上がっとらん!このくらいでヘコタレてどうする!何なら十日分の食料とその銃をもって山で鍛えなおしてやろうか!?ワシに着いて来れたら兵長はおろか将軍にでも推挙してやるぞ!」
そう言って練兵場で新兵を追い回すウルプの姿があった。うん、何か夜も元気すぎるとは思ったんだが、彼女、前世でいえばレンジャー訓練みたいなものをすでに修了しているらしい。
「資村さま、奥方さまを練兵総監とされてはいかがでしょうか?ご本人の射撃のウデもさることながら、教え方もうまく、現在シゴイている50人については、鉄砲隊の兵にも劣らぬ技量を持っておりますぞ」
どうやら冬までに最低限の増員が可能になりそうだ。




