13・順調に進んでいたらとうとうやって来たらしい
「今」とは関係ない話だ。
「前世の話」になるが、雑誌でとある記事を読んで不覚にも信じてしまった。
「自衛隊が使う銃は右面でしか操作できない射場鉄砲で実戦では使えない」
説明まであるからなるほどと思ってしまったが、AKに興味を持ってその記事を鼻で笑ってしまった。
本当に、世間を知らないというのは恐ろしい。
世界中で使われ、遊戯銃としても多く商品化されているカラシニコフ小銃、AK47なのだが、これも右面にしか操作レバーの類が存在しない。左面にある銃を知っているなら、それはイスラエルやハンガリーなどが作ったコピーや形だけAKに似せたその国のオリジナルだ。
カラシニコフの設計は、畑で兵士を収穫して即席の訓練で最前線に放り出すソ連式軍隊での使用を考慮して、銃の操作をするときは引き金から手が離れる様に安全設計されている。これはその後の改良型でも、小口径化されたAK74でも引き継がれている。
カラシニコフ自身が銃の左面にレバー類を取り付けたのは21世紀に入ってAK74の後継銃として新たに開発したAK12からとなる。
「訓練時間が乏しく操作に習熟する時間が少ない自衛隊員が安全に取り扱うんだからAK同様の『安全設計で何が悪い』と、今なら言える」
そもそも、ボルトアクション式銃なんてのは、特別に左利き用として開発しない限り、右手で操作するように作られているのだから、ボルトアクション式銃を前提とした操作法では、左に操作用レバーを配置する必然性すらない。
いきなりどうしたのかと思うだろうが、思い出しただけだ。
「しかし、この銃はデカイな、もっと小さくならないか?」
今日も銃の練習で、最近はボルトアクションで行うようになった。というのも、ボルトアクション式の安全性が確立できたことで、先込め式と元込め式の実用比較が行われたのだが、結果は明らかだったからな。
先込め式は当然、立って撃ち、装填作業を行う。たいして元込め式は伏せたり膝立ちでも操作ができる。
さらに、先込め式は早合を使う熟練射手でも二発目まで15秒以上かかるのに対し、ボルトアクションはよほど手間取らない限り10秒ほどで可能だ。
この差は大きい。
連続射撃を行えば、先込め式はどんどん射手ごとに射撃間隔が乱れてしまうのに対し、ボルトアクションは射手全員がずっと10秒程度の間隔で撃ち続けることが出来た。
それを見ていたかの武将は腕組みして無言だった。
「評価はどうだ」
俺の問いに、一言だけ
「考える余地もありませんな、この差を見れば一目瞭然でしょう」
とだけ言って、さらに頭を悩ませている様だ。
それも仕方がない。
銃は密集して一斉射撃を行い、槍隊の先鋒を務める役割くらいの考えしか存在していなかったのだから。確か欧州には戦列歩兵と言って、横一列に並んだ歩兵が一糸乱れぬ行動で同時に弾込めや射撃を行いながら行動する戦法があったはずだが、屋島にはそこまで確立されたものはない。あくまで弓や槍隊の補助程度の役割だけだった。
本来なら、火縄銃から火打石式へと進化し、火縄の危険が排除されたことで歩兵をさらに密集させる戦列歩兵という戦法が実現し、火打石を雷管に変えたパーカッション銃を経て、近代歩兵戦の出来る元込め式へと至るのだから、密集隊形がとれない火縄銃からいきなり元込め銃になったのでは混乱もするだろう。その点は同情の余地があると思う。
なんせ、武将が知らない間に試験部隊の歩兵に伏せ撃ちや匍匐前進を教えたのは俺だ。
そのため、武将は伏せ撃ちや匍匐前進という行動を一部の遊撃部隊がやるものとしか理解していないところへ、歩兵が行う行動として見せたのだから、混乱も大きいだろう。
「資村さま、この新式銃が兵にいきわたった場合、これまでの戦い方が根本から変わりますぞ。敵が立って行軍するのに対し、こちらは矢や鉄砲をかわすために座ったり伏せたままで戦えます。弓も先込め銃も座ったり伏せては撃てませんからな」
武将は既に近代歩兵戦の方法を頭に思い描いている様だった。さすが、女神さまだ。有能な人物を配置してくれている。
そんなことをやっているときだった。長崎の鼻にある役所から伝令がやって来た。
「申し上げます。長崎の鼻役所にて、玄の使者と申すものより書状を受け取りました」
そう言って伝令から書状が持ち込まれた。
内容はごくごく挨拶程度だった。
「それで、使者はこちらへ向かっているのか?」
まあ、先ぶれが来て、使者が来るのが風習だしな。
「いえ、書状を受け取りましたところ、帰られました。返事は来年訪問時にとのことです」
なんとも悠長な話だ。
俺が武将を見ると意図を察したらしい。
「玄はキタンと争っております。我々がキタンへと武器を渡す事を暗に止めよという意図があるものと思われます」
との事だった。
玄は騎馬民族で大陸で強大な勢力を誇っているという話だ。まるでモンゴル帝国だな。
その一大勢力が大森林地帯のキタンを狙っているらしいのだが、キタンの勢力も森の中では非常に優秀な民族らしく、攻めあぐねているという。
「現在、ヌプリ川、ニタイ川という森と平原にある河川地帯での攻防となっており、我らはキタンへ槍や矢じりを中心とした交易品を売っております。キタンの弓手の力は強く、玄の騎馬隊は森で動きが鈍くなったところを包囲殲滅され続けているとのことです」
あれだな、フィンランドのモッティ戦法だ。イングランドの長弓隊みたいなのがそんなところで射かけたんじゃあ、騎馬隊と言えどひとたまりもないだろうな。
「そこで威力を発揮しているのが、我らが売っている硬く重い矢じりです。キタンの弓手の力とわが矢じりの威力によって、玄の騎兵は容易に鎧を貫かれているとのことですので、我らにその矢じりの売却をやめさせようとするのは理にかなった事かと」
確かにそうだ。
「それでは、我らはキタンとの交易を止めるか?」
素直に従えばそうなるが。
「いえ、それはなりません。キタンは森での強さだけでなくキタン海の航海術にもたけております。もし、キタンが玄に屈服してしまった場合、わが屋島が危なくなります」
との事らしい。やはり玄はあの国みたいなところだよな。
「ならば、少なくとも来年使者が来るまでそのままという事で良いな?」
そう言うと武将は頷いた。




