11・チートと言ってもさすがに限界はあるようだった
ボルトアクション式試作銃の完成には驚いたが、さらに、音野から聞いたように蒸気機関も完成した。
蒸気機関と言えばSLのアレだろう。と言っても機関車が出来たわけではないが、ちゃんと稼働する蒸気機関が出来ていた。
「資村さま、蒸気で動く機械を完成させました」
弦能が俺を工房へと案内して機械の説明を行う。今のところ用途は初期の蒸気機関がそうであったように、鉱山における排水装置としてだ。
それ以外にも、鍛冶における工作機械の動力としても利用を考えているらしい。
「この機械を使う事で、これまで用水を必要としていた鍛冶場の動力機械をどこでも自由に動かせるようになります。これが完成した暁には、屋敷のすぐ隣へ鍛冶場を作ることも出来ましょう」
要するにどこでも機械を動かせると言いたいんだろう。別に屋敷のすぐ隣でトンカンやって欲しいわけではないんだが。
とはいえ、今は試作機があるだけに過ぎない。これからさらに実用化に向けた改良が行われていくことになるんだなと考えていたが、どうにもおかしな連中というのは居るもので、ほぼ、これが完成形なんだという。
「さすが、階納の鍛冶師が直接参加すると違いますね。瞬く間に必要なモノ、欲しいモノが出来てきます。改善点の洗い出しも早いです」
と、翔達の仕事ぶりを褒めちぎっていた。
翔達が来るまでは、屋島の鍛冶師を動員しての制作ではあったが、なかなか蒸気圧に耐えるシリンダーが作れなかったり、シリンダーとピストンの寸法が合わなかったそうだ。
そして、使用する金属の選定はまるで別物で、弦能の想定した強度や要求した寸法を、屋島の鍛冶師ではありえない早さで仕上げて見せたという。
「あれが伝承の御業という奴なのですね」
と、感心しきりだった。
普通に考えれば、それだけ凄い技と知識があるのだからもっと大活躍していそうなもんだが、階丹、階納の鍛冶師というのは、外界との関りをごく限られた機会に制限している。
権令の指導があったから、父の時代に飛躍的な発展を行ったが、そうでなければ、彼らが表に出て来たかどうかすら怪しいという話だ。
「今後は階丹、階納にも参加してもらうことになるだろう。弦能も忙しくなるぞ」
そう言って蒸気機関を見て回って帰路へと着いた。
蒸気機関にはシリンダーとピストンで構成されたレシプロ(往復)機関と羽根車を多数重ねたタービン機関とが存在している。
原理としてはタービン機関の方が簡単だが、その製造はレシプロより高度な技術が要求される。
単に羽根が回れば良いのだが、その羽根を作るには高度な技術が必要だし、多数の羽根車を同じ軸に取り付け、そこへ蒸気を吹き付けて動かすには、ち密に計算された配置と羽根以外に蒸気が漏れていかない精密な構造が要求される。そして、実用的な動力を考えると低速回転させただけでは十分な力を得ることは出来ない。
レシプロ機関の様に毎分数百回転程度ではモノにならず、数千回転を必要とする訳だが、そんな高速回転を可能とする技術が今の屋島にあるとは到底思えない。
それに、レシプロ機関の回転ならば、そのままベルトを介して機械の駆動に使えるが、タービン機関の回転をそのまま使える機械というのが想像できない。発電機とモーターを実用化しないと工業用途には向かないんじゃなかろうか?
まあ、そんな訳で、今の蒸気機関には期待もあるが、今後どうするかは悩みどころでもある。
階丹、階納の技術力次第では早々とタービン機関を作るという夢が無いわけでもない。しかし、タービン機関をマトモ・・・、ん?
火可弦能があの変人の屋島版だというのなら、電気にも強いかもしれん。すぐとはいかないが、発電機とモーターが揃えば今からは考えられない発展も夢ではないな。
そうは言っても、まだまだそんなものは夢だった。
「電気ですか?雷を人が作り出せるとは、凄い話ですが羅針盤に使われているあの磁石と銅線を使うと出来るんですか?う~ん」
何やら要領を得なかった。同じ話を翔にもしてみたが、やはり似たような状況だった。磁石と言えば方位を知るための道具だという程度で、それ以上の物は無いという。
ただ、東には電気関連の技術があるだろうという話を聞いたので、そちらではすでに何かあるのかもしれない。
今しばらくは蒸気機関を動力として実用化していくことが最優先になりそうだ。発電機やモーターはそのあとでも遅くはない。
そうそう、話題は変わるが、父のやっていた鍛冶の復興と鉄橋建設についてだが、階納には継続を指示している。なんせ、これから蒸気機関が出来るんだ、当然ながら蒸気機関車も作られるだろうから、鉄道建設には鉄橋技術が欠かせない。
機関車自体の鉄鋼技術にレールの開発、そして線路を敷くには橋がどうしても必要になるので、そこには鉄橋の架橋が当然求められる。
「電気関係は東に適任者が居るというならこちらで無理をする事も無いだろう。東からそうした技術者を招いて共に研究すればいい」
俺は弦能や翔にそう言って蒸気機関を集中にしてもらう事にした。
やはり、あれもこれもというほどの万能チートは無いらしい。




