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Monologue-希死念慮を語らう

作者: 木野春行

「妹。妹妹。妹ぉー。聞いているかぁーい!!」

「はいはい。聞いているよ、兄さん」

「妹よ、妹。はいは一回だぞ」

「兄さんこそ、妹は一回でいいよ」

「聞いているか?逃げるなよ、妹。兄は、死ぬことにした」

「おっけい。話は終わりだね。じゃあ妹は、テスト勉強があるから」

「ちょっと!ちょっと待て!話を聞いていたのか、妹!」

「聞いていたよ。桐島部活やめるって言うんでしょ」

「誰だよ桐島!違うぞ、妹。やめるのは部活でなく人生で、主語は桐島でなく兄だ。お前の兄だ」

「人生やめるって、あのさ兄さん、莫大な損害賠償を請求されるような自殺方法は止めてよ。妹だって大学に行きたいんだから」

「妹、無目的なら大学に行くのは止めた方がいい。社会に出るまでのモラトリアムが欲しいのなら、手に職付ける専門か、公立短大のキャリアデザイン科でも選べ。フリーターで金を稼ぐのも構わない。高い志なしで、四大の文学部などに行くな。一流大学以外の文学部に価値などない」

「………兄さんみたいになるから?」

「その通り!」

「元気よく言うなよ、兄さん。一体何があったの」

「将来に絶望した」

「まだ早くない?まだ、大学三年生の春じゃん」

「もう大学三年生の春だ。そして人生の春の終わりだ」

「やったね、夏が来るよ」

「厳しい猛暑だぞ。しかもエアコンを自由に使える金がなく、海にも行けない。夏休みもない」

「まだ就職活動もスタートしていないのに………」

「ふっふっふ。甘いな妹。兄は始まらずして、もう終わったと断言できるのだ」

「そんな不敵に言われても」

「なぜかって?なぜなら兄には、『学生生活で頑張ったこと』がないからだ!」

「はあ」

「面接で尋ねられても、喋ることが皆無なのだよ」

「頑張ったことないの?」

「いや、厳密にはあるんだ」

「どっちだよ」

「あるんだ。けれどそれは、きちんと午前中に目を覚ますとか、休まず講義に出るとか、店員さんにありがとうと言うとか、人と話すときもテンパらないとか、テンパってもきちんと最後まで伝えるとか、人間としてごく当たり前のことばかりだ………妹も知っているだろう。兄は大学に入る以前は、人並みの生活をも営めないぐらい屑だったことを」

「いや、屑は言い過ぎじゃ」

「屑なんて表現も烏滸がましいか。よく考えれば、屑とは星屑とか歌屑とか、砕屑岩とか褒め言葉ではないが字面が格好いい熟語が多いし、屍に肖るなんて、字の形態もクールだからな………カスか。兄を表現すべきはカスか。なあ妹、他にこのカスな兄を表現できる言葉はないだろうか」

「あるもないも興味ないから。あのな兄さん、そんなに卑下することはないってば。規則正しい生活習慣が身についている・人と接する努力をしている・自分の弱点を知って改善を試みている。人間として素晴らしくない?十分だと思うけれど」

「違う。違う、違うぞ妹。お前は若いな。若くて、たまに眩しく見える。企業が求めている人材に、そんな要素は絶対条件だ。いや寧ろ、そんな最低限の条件がなくても、社会人になれば否応無しにそうでなければならない。だから『当たり前に出来るべきことが当たり前に出来るなんて』当たり前過ぎてかえって難しいと思わせておいて、難しく有りながら当たり前であって………」

「兄さん。ちょっと兄さん、素面だよね?酒入ってる?」

「兄は素面だぞ、妹。妹!妹!兄は恐ろしい!」

「何が………?」

「無理だ!果たして兄は可能なのか?!自分が一体、何の歯車になっているかもわからない業務に日々邁進し、こんなこと自分がやりたいことではないと自問自答しながら精神をすり減らし、口と行動と文法と信念が合致しない上司に唾を飛ばされ、なんだかよく分からないまま謝罪を要求され、納得しないまま謝罪し、心を麻痺させ、屈辱に慣れ、明日からは頑張ろうと一念発起するが朝起きたらやっぱり絶望の淵………兄には可能なのか?耐えられるのか、いや、耐えられない」

「反語~」

「耐えられないことを、兄は昨年のアルバイト経験でよく知っている」

「ああ、兄さんバイトしてたもんね。レジ打ち」

「一年で止めたカスだ」

「でも兄さん、あれは兄さんが免許を取るために稼ぐ目的で、一年限りって最初から決めてたじゃん」

「そういうわけで、兄は死のうと思うんだが」

「飛躍しすぎじゃん?えーっと、兄はカスだ。カスは就職できない。兄は就職できない。って、酷い演繹だね。でも就職できなければ死ななければならないとはならないでしょ」

「いや、ここでは帰納法で臨むべきだ」

「………就職活動に失敗したやつは全員カスだって?」

「カス故に死ななくてはならない。ああ、いっそ国がカスを全員合法的に始末してくれればいいのに」

「就職浪人でも、消費なり底辺労働なりで細々と社会貢献し、これからも貢献し続ける若い芽を、国がわざわざ摘むわけないじゃん。ただでさえ少子高齢化なのに。死ぬべきは寧ろ、金持ちの老人じゃん?」

「底辺労働………妹よ、兄は苦労するのが嫌なんだ」

「はあ。元も子もない話だね」

「苦労するだけならともかく、苦労に耐えられず、それでも耐えながら心を殺して生きていくのが嫌なんだ」

「もう、めんどくせぇや兄さん。ニートになれば?」

「それも駄目だ。さすれば兄は、潜在的カスから本当のカスになってしまう。カスでいることに対する社会や世間の抑圧と非難の視線に耐えうる自信はない」

「だから死ぬって?」

「ああ。ニートになってから死んでも、なぜもっと早く死んでくれなかったんだって、パパとママは苦しむだろう」

「いやパパとママはそんな冷徹じゃ………」

「いいか妹、親にとって子供とは投資なんだ。未来への投資。自らが半生を過ごし、これから老後に向けて社会保障や年金やらで養ってもらわねばならない国に対する、上納品とも言える。もし兄が存在するだけで価値のある金塊や食べられるだけでいい米ならば、こんなに楽なことはなかった。幸福なことはなかった。そして我々上納品は、上納されたからには役に立たなくてはならない。役に立たなければならないのだよ妹。役に立って、パパとママが老後を過ごす国を安泰させるべく、馬車馬の如く働かねばならないんだ………ここまではいいか、妹」

「うん。聞いているから、とりあえず続けな兄さん」

「だが兄は、無理だ。二十一歳・諦めが早いって?甘いな妹。甘食のように甘々だ。稲妻が落ちてくるかもしれない。二十年も生きていれば、自分がどんな星の下に生まれてきたのか、悟ってしまえるものだ。兄は一生、せいぜいレジ打ちの指導を新人のバイト高校生にするぐらいのキャリアしか積むことができない」

「ニートよかマシじゃん?」

「馬鹿な妹………他人よりマシかどうかで自分の人生を計るのは危険だって裏道お兄さんも言っていたじゃないか………」

「誰よ裏道お兄さん」

「pixivにいるんだ」

「pixivに」

「兄は死ぬことにした」

「そうか………分かった。じゃあどのように死ぬの。人に迷惑をかけるっつーか、損害賠償が発生するような死に方はやめてって言ったけど」

「案ずるな妹。列車に飛び込んだり、ビルから飛び降りるなど愚かなことはしない」

「部屋で首を吊るのもなしだよ。うちは賃貸なんだから」

「承知している」

「じゃあ海に沈むの?雪山にでも遭難に行くの?パパとママだって一応、親心はあるし世間体っていうのもあるんだから、失踪届けとか出すと思うよ?遭難者を探すのだって、お金がかかるって聞いたことあるし………」

「ふっふっふ。浅いな妹。考えが浅すぎて、浅漬けを作れそうだ」

「浅漬けの『浅』は、『深浅』の『浅い』じゃなくて、『時間が短い』って意味だよ兄さん」

「………『考えが浅い』の『浅い』は『考える時間が短い』って意味じゃないのか妹」

「え。深く考えていないって意味だと思っていたけど。あれ?どうなんだろう。そんなこと気にしたことないや」

「兄は死ぬことにした」

「はいはい、ごめんごめん。話逸らして悪かったよ。で、どうやって死ぬの?」

「過労死自殺」

「過労死自殺………?」

「誰にも迷惑をかけない自殺方法だ。なおかつ、上手くいけば妹にもパパにもママにもお金を残すことが出来るぞ。賠償金だ」

「それプラス、労災?いや、迷惑かけてるよね。会社に迷惑かけちゃってるよね?」

「愚かな妹よ、ニュースを見ていないのか。会社なんて、一人の平社員が自殺したところで痛くも痒くも思わない」

「兄さんこそニュース見ていないの?過労死自殺の社員を出した企業、めっちゃ叩かれてるじゃん」

「そんなものは一過性だ。妹よ、日本人は熱しやすく冷めやすいのだ。大きな事件が起こっても、次にまた別の悲劇が起きればそちらに飛びつく。そしてたまに思い出すだけだ、ああ、そんなこともあったよな………と」

「いや、うん、まあ………おおむね兄さんの言うとおりだと思うけどさ」

「それに会社なんて、人一人が死んで潰れる会社なんて、会社ではない。なぜなら会社は人間でないのだから、金さえあればいくらでも立ち直れる。指紋もDNAもバイオメトリックも同じじゃない。その根本が過去にどんな優秀な若者の命を奪ったって、皮さえ変えれば何度でも蘇るのだ。そう、不死鳥のように!」

「そんな格好いいものじゃないでしょ」

「フェミニスト!」

「フェニックスって言いたいの?似て非なるもの………でもないな。字面の雰囲気はなんだか似ているけど」

「兄は出来うる限り、賠償金が多く支払われるであろう上場企業に入社するよう努力する。大学を卒業したら、兄を生命保険に入れるよう、パパとママに言っておいてくれ。ああ、奨学金の返済を置いていってしまうが、その代わり億に届くような賠償金と生命保険を夢見ていていいぞ。兄に期待しろ」

「上場企業に入社できるバイタリティがあるなら大丈夫だと思うけどな………」

「あくまで仮定だ。なるべく大きな会社に入る」

「いや、そこは夢見ておこうよ。その変なタイミングで発動する謙虚さが兄さんの悪いところだと思う」

「兄は今までゴミカスだった………」

「………」

「体育では足を引っ張り、グループ学習ではコミュニケーションが取れず、二組を作れないから先生にも随分気を使わせてしまった。行事では一緒に盛り上がれず、場の空気を悪くし、かといって皆は善人であったから、誰も兄を責めず、ただただ気まずい視線を向けるだけ。兄の秘密を一つ打ち明けよう、妹」

「………聞きたくないなぁ」

「兄と唯一仲が良かった佐藤くんいるじゃないか」

「ああ、九階に住んでいるあの人ね。兄さんが引きこもりになりかけたとき、しょっちゅうプリント届けに来てくれた人だね。兄さん、佐藤さんとはよく写真にも写っていたじゃん」

「ああ、佐藤くんは善人の筆頭だ。兄は佐藤くんのことを、心の中で菩薩と呼んでいる」

「それが秘密?」

「だが学校の皆は、佐藤くんのことを介護人と呼んでいるのだ」

「………」

「皆まで言わせるな。妹、だから兄は、今まで人に、そして社会に迷惑をかけてきた分、自ら進んで社蓄となり、馬車馬の如く働き、税金を納め、そして家族に金を残そうと思う。止めてくれるなよ」

「止めるも何も、未来のことだからね。ねえ、兄さん。どんなブラック企業に入っても、確実に過労死できるとは限らないよ。兄さんって案外、体は丈夫なんだから。悪いのは心だけで」

「………鬱病だといくら貰えるだろうか」

「億近くはむりだろうねぇ。あのね兄さん、妹は兄さんの話を沢山聞いたんだから、ここでちょっと妹の話に耳を傾けてくれてもいいかな」

「いいだろう………」

「その一。過労死自殺とか、実際に過労死したご遺族に失礼だと思うから、あんまり言わない方がいいんじゃない?」

「ここには兄と妹しかいない。とても近しい肉親同士、倫理に欠けた愚痴を言うのはそんなにもいけないことだろうか」

「ううん。妹には言ってもいいけど、よそでは言っちゃだめ。よそで言ったら、それこそ本当に兄さんはゴミカスになる」

「………了解した。不平不満はあるが、他でもない妹からの助言だ。聞き入れよう」

「ありがとう。じゃあその二。過労死自殺なんて不確定な方法でお金を稼ぐより、普通に兄さんが馬車馬の如く働いた方が家族としてはありがたいかも。奨学金の返済だけじゃなくて、家にお金を入れてくれたら、やっぱり妹も大学に行けるようになるし。あ、いっそのこと、兄さんには妹の学費を稼ぐために社蓄になってもらいたい。どう?少なくとも、妹に対しては兄はゴミカスでなく、学費を出してくれる神様になるけど」

「悪い話ではないかもしれないが、社蓄になったら兄は本当に死ぬかもしれない」

「いいじゃん。死にたいんでしょ?でも死なないかもしれない。でも死ぬかもしれない。そんな蓋然性の中、生きる方にかけて妹の学費を払い、死ぬほうにかけていい会社で社蓄になっておき、且つ生命保険にも入る。全部取りだよ。やったね」

「………何が、やったねだ。自分が一番得する選択肢を提示しておいて」

「あはははははっは」

「ふっはははははは」

「あー、兄さん。笑った。笑っているところ久しぶりに見たね」

「ふぅ、妹よ。お前は自分勝手な奴だ。それなのにこんなにも明るく、友達も多い。兄はそれが不思議で仕方ない」

「別に不思議じゃないよ。みんな自分のことばっかりだよ。表に出さないだけで。兄さんだって自分勝手じゃない」

「兄のどこが?兄ほど他人の意見に迎合して、気を使っては空回りしまくる自我の薄い成人男子はいないぞ?」

「だって兄さん………自分が死んだ後、妹がどう思うかちっとも考えていないでしょ」

「妹………」

「兄さんが死んだら、妹は悲しいよ」

「………ありがとう」

「やだ、兄さん。泣いてる?成人男子が情けないなぁ。泣いたら眠れなくなるよ?」

「いや、いいんだ。兄は精神が幼いから、泣きつかれて眠ることが出来る」

「ふふ、兄さんってば子供………」

「ふっはははは………」

「あははは…………」

「は………ふふ………」

「………は………はは………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………………」

「………ちょっと、兄さん。朝だよ。ママがご飯片付かないから早くしてって」

「………」

「兄さん、狸寝入りしないでよ。目覚めているのはしっているんだから。さっきずっと、ぶつぶつ独り言言ってたじゃん。気持ち悪い」

「………妹よ」

「何」

「死にたい」

「死ねば?」

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