⑤
「発砲炎!」
見張員の叫び声と共に艦橋には地震のような衝撃が走った。
「近いか?」
戦闘艦橋に座上する山本は自分の後ろ側から感じた衝撃とその衝突音のした方を思わず振り向いた。
「煙突付近に命中弾あり!」
「状況を報告せよ」
冷静に言い放つ森下艦長。しかし報告を待つまでもなくその影響は大和に現れた。
「あれ?イソ君の船がなんか遅くなってくよ」
ヨシが目をパチパチさせながら不思議そうに言う。
「きっと排煙不良からくる速力の低下ね」
「ワーオ!ミラクル!」
「え?イソ君の船、もうダメなの?」
「ダメではないけど船足が遅くなるのは軍艦としては良くはないわね…」
不安気な表情を浮かべながら三人は両者の行く末を見守る。
軍艦にとって速力は敵の攻撃をかわす為に必要なものだ。
主砲など火器類などに比べると華やかさこそないが、それは目には見えない一つの武器として十分に役割を果たす。
「いかん。ビスマルクに距離を詰められたらいくら大和の装甲が分厚くても撃ち抜かれるぞ」
村田は照準眼鏡からいったん目を離した。
「次はないぞ村田!」
レシーバーから聞こえてくる森下艦長の叫び声。
「ハッ!心得ております」
村田はそう返答すると再び眼鏡を覗いた。先ほどに比べて大きくビスマルクの姿はが写っている。
「速力の低下が著しい…」
彼は心の中でつぶやくと引き金に人差し指を添えた。いつもと変わらないその感触が彼に平常心を与えた。
「白針合致!」
射撃方位盤の計算が終え担当士官が声を張り上げる。
「この距離で測距もクソもあるか…もはや直接照準だろうが」
水兵からの叩上げ。幾多の海戦を潜り抜けた村田が心の中でそう吐き捨てる。
彼の覗くスコープにビスマルクの全体は写っていない。艦橋付近から二番、三番砲塔が写っているだけだ。
「用意!!」
砲術長の号令がかかる。その時だった、彼の覗くスコープに白いものが映った。
「砲戦のさ中に水兵か…?」
村田はその白いものを再びスコープ越しに見る。
「あ!」
思わず声を出した瞬間
「テーーーッ!!」
砲術長の「撃て」の号令がかけられた。しかし、村田は引き金を引けなかった。大和の主砲は沈黙したまま。
「なにをしとるか!」
その異常事態に村田の耳には砲術長の怒号が飛び込んできた。
「甲板にみ、み、民間人!それも女です!」
人一倍冷静な村田が上擦った声に出したのに驚いた砲術長はビスマルクに思わず視線を飛ばす。
「な!」
彼も村田と同じく驚愕の声をあげたあと双眼鏡を覗き込み倍率を上げていった。
血の気が引くとはこの事かといわんばかりに背筋に一筋冷や汗が流れた。
「…ん?」
戦闘艦橋に座上する山本はその異常を察知した。
「どうした!?」
続いて森下艦長。
「ビスマルク甲板に民間人と思われる人影!数。フタ!」
見張り員の声と共に艦橋に詰める士官たちが一斉にビスマルクのそれが見える方へとざわつきながら移動した。
艦橋から見えたそれは白くてヒラヒラしたもので、双眼鏡で覗くとボロボロの日傘と裾が裂けているフリルスカート姿の女性だった。その隣には長身の男性。
全員が息をのんだその瞬間に彼女の日傘の先端がスッと天を指した。
「大和!あなたの運命は再び日本の海に沈む事よ!!」
白いヒラヒラ。おケイがそう叫ぶと戦艦ビスマルクの主砲は火を吹いた。
大気を裂き飛翔する巨弾は大和の艦橋付近へと吸いこまれていく。




