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持たざる者の奇跡  作者: 煇山 とぺもん
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女王達の奇跡



 冬姫リリエンが心を取り戻した謁見の騒ぎから3年。

 冬姫は次代の冬の女王となっていました。


 ファロスの一族に誰も名前を付けることができなかかったのは、ガングレリの呪いではなく、リウメレスが掛けた冬の女王の奇跡によるものでした。

 水晶玉で全ての真実を知ったリウメレスは、すぐさま女王を引退して【引退の奇跡】で呪いを解いたのです。

 冬姫が仮面の男にエルサリオンと名付けられたのは、そのおかげでした。

 そして空席になってしまった冬の女王をリリエンが受け継いだのです。


 エルサリオンの遺言通り、リウメレスとソロンシア、リリエンはお互いに心の内を話して誤解を解きます。


 ソロンシアはファロスとガングレリの一件について謝罪し、娘への過度な期待を反省しました。

 リウメレスはソロンシアが隠していた事実を知っていたことと、自分の分まで頑張っている娘が自分を嫌っているのではないかという後ろめたさを告白します。

 リリエンは両親のために強い施政者になろうとし過ぎて、心を閉ざしてしまっていたことを話し、リウメレスと同じく自分が母親に嫌われているのではないかという思い違いを告白したのです。


 少しの間ですが冬の王家は和解をし、家族の絆を取り戻せたのです。

 しかし、1ヵ月後にはリウメレスは「やるべきことをする」と言って城を出て、そのまま音信不通になってしまいます。

 さらにその翌年には、長く煩っていたガングレリの疫病でソロンシアはこの世を去ってしまいました。

 リリエンはひとり城に残され、施政と女王としての責務をこなします。

 前にも増して厳しく働くリリエンの身を案じ、大臣が婿候補を選定してはどうかと提案します。

 初めは渋っていたリリエンですが、ある条件を付けて承諾をします。

 その条件とは……婿となる者に条件を一切付けないこと。

 この御触れが出たあとは、国中がパニックとなってしまいます。

 その美しさではどの国の美女にも優るという聡明なリリエン王女を娶ることができるのです。

 参加希望の長蛇の列は毎日続き、ちょっとしたお祭り騒ぎになってしまったのです。

 リリエンが余計な仕事を増やしてしまったとボヤき始めた頃、ある奇妙な男が現れます。


 背が高く逞しい体つきの男は、(ナラ)糸杉(イトスギ)の枝葉が複雑に絡み合った杖を担いで謁見の間に入って来ます。

 その杖の先には、2mはあろうかという竜の首が括り付けられていました。

 驚いたリリエンが聞いてみると、4人の魔女と一緒に北の悪竜と呼ばれていた竜を倒したと言うのです。

 魔女達はそれぞれの力を使って楢や糸杉などの魔法の樹木を湖の周りに植え、その生命力で腐りかけた爛れ竜を癒やし、食事を与えていました。

 そして爛れ竜の毒気が抜けきった時、この男が木の枝でできた杖を振るうと、音も無く竜の首が落ちたと言うのです。


 リリエンはすぐに気が付きました。

 この竜こそがガングレリ。

 そして竜を癒やしたという魔女達が四季の女王達だということに。

 楢は生命の象徴、糸杉は復活を意味する樹木。

 これは復活と活力を象徴する春と夏の女王の力。

 そして爛れ竜に与えた食事は、豊穣を司る秋の女王の力。

 しかし、魔女は4人いると男は言いました。

 冬の女王は自分であるはず。

 もうひとりの魔女がいるとすれば……。

 リリエンは気になって男に質問をします。


 「4人の魔女の中にリウメレスという者はいなかったでしょうか?」


 男は首を横に振り、その質問に答えます。

 3人は女王を名乗り、ひとりは名前を名乗ることは無かったと。

 そして、名を呼びたくばディプライブ……奪いし者と呼べと言ったというのです。

 その言葉を聞きリリエンはこの魔女が母であると確信します。


 「しかし、貴方は一体、何者なのですか? 北の村の住民なのですか?」


 リリエンは昔よりも物腰柔らかな口調で杖を持った男に問い掛けます。

 この問にも杖の男は首を振ります。

 詳しく話を聞いてみると、この男は過去の記憶が一切無いというのです。

 つい最近に楢と糸杉の森の土から這い出して、それ以前のことはまるで覚えていないのだと説明するのです。


 何故でしょう。

 リリエンの鼓動が早くなっていきます。

 4人の女王達と記憶喪失の男。

 その男はガングレリの首を持ってここへやってきた。

 爛れ竜すら癒やした四季の女王達の力なら……。

 そして何より……杖の男が腰に付けている装飾品に見覚えがある。

 あれは……あの男が付けていた仮面ではないのだろうか。

 もしやという思いが頭に駆け巡り、リリエンは落ち着きの無い態度になってしまいます。

 それを見てた杖の男は、笑いながらこう言いました。


 「何か気になることがあるのかい? キミの鼓動が早くなったみたいだ。生まれつきなのか耳だけはよく聞こえるんだよ」


 そう言うと杖の男はにこやかに笑いリリエンを見つめるのです。

 これは……間違い無い。

 リリエンは、この男がエルサリオンなのだと確信し始めます。

 そして彼女は初めて女王としての決断をするかどうかを迷うのでした。


 冬の女王としての就任の奇跡。

 心を司る冬の女王の力を使えば、彼の記憶は甦ることでしょう。

 しかし、リリエンの心に不安が過ぎります。

 それはエルサリオンが冬の王家を恨んではいないかということでした。

 事実としてファロスの一家は、ソロンシアの暴挙とリウメレスによる呪いによって苦渋を舐めさせられながら潰えてしまったのです。

 そしてエルサリオン自身も、最後は自分の心を開かせるために散っていきました。

 あの時のことを思い出すと、リリエンの瞳から涙が止め処なく流れ落ちてきます。

 するとエルサリオンは、その涙を指でそっとすくい上げながら、こう言うのです。


 「姫様はお優しい。誰かのために泣いているのですね」


 聞き覚えのある語り口。

 姫様……女王となっている自分を記憶喪失の男がそう呼んだのです。

 彼女の決心は決まりました。

 リリエンは涙を流しながらエルサリオンを抱きしめ、冬の女王の奇跡を使います。

 もう一度、正直に話してみたい。

 父母とも和解できたということも報告しよう。

 そして彼が最後に口にしようとした言葉を確かめるために。


 謁見の間に目映い光が走ります。

 その光は暖かくふたりを包み込み、まるで祝福をしているかのように、いつまでも輝き続けていました。




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