五十九話 静かに休ませてほしいのに―涙
祝 三年目!!
ってもう!
「ね、雪灰?」
まどろみの中で彼女の声が聞こえる。
その鼓動は目を開けていない今だからこそ分かる、鼓動が不安定だ。
まだ眠っていた方がいい、私も心配ばかりかけられ、正直疲れてるんだ。
だから私は抱きしめて黙らせる。
「煩いーーー大人しく寝ろ」
その一言で彼女は黙った。
だから私は?寝心地の良い抱き枕に抱きついてまた眠った。
「ーーーく、苦しーーー」
そんな悲痛な舞奈の声は私には一歩届かなかった。
『このお馬鹿、変わるしかないじゃない』
なんて声を最後に私の意識は今までで一番沈んで眠りにつく。
強制的に沈められたけど、恐怖は全く感じなかった。
そんな優しい深い眠りだった。
私は何故か雪灰に抱き枕にされている。
一度呼びかけて起きてくれるように名を呼んだのに。
黙って寝ろって言ってそのまま眠ってしまった。
しかも抱きしめる力をさらに強めて。
必死に出ようとするのに、苦しくて、体がうまく動かせない。
もともと体は思う様に動かないし酔ったように気分は最悪なんだけど。
流石にこのままの力じゃー——っつ。
CHIMERAの雪灰の力は今の弱った体では対応出来ない。
骨が軋むのが分かる。
く、苦しーー。
『まったく、大切な人を殺す気かしら、全く』
「!」
急に力が緩んでほっと息をついて目を開けると―——え?
『おはようございます、舞奈さん』
雪灰と同じ顔なのにーーーそこには慈愛に満ちた優しい彼女の顔があった。
その表情で私は理解した、目の前の彼女が雪灰では無いことを。
「あ、はい――ありがとうございます、助かりました」
本当に寝起きに骨が折れるか呼吸困難で死ぬかと思った。
こんな華奢な雪灰もただの人ではなく、CHIMERA何だとおもう。
『いいえ、流石に寝ぼけてアナタを窒息死なんて笑えませんから』
暫く私でいることにしますと雪灰とは非対称の淡い白を基調にした着物をその身に纏う。
姿は一緒だが性格も見た目も私にはまったく違って見える。
当たり前だけど二人は別人なのだから。
「不思議ですね、姿は一緒なのに」
「私は雪灰のような乱雑ではないですよ」
完全に体をシロンが使う様にしたのか口で話す。
「そうだね、ところで何してるの?」
「体を拭こうかと?」
いつの間にか用意されたタオルや温かいお湯。
「や、えっと、雪灰は?」
確かに体は動かないし、だけど体はべとべとで気持ち悪いけど。
二人一緒にみられるって、恥ずかしさが倍になるんだけど?
「雪灰なら眠っていますが?」
疲労がたまっていたので、私が完全に表に出て雪灰は深く眠れるようにしたそうだ。
普段の二人の立場を逆にしただけだと。
そう思うと1つの体で2つの意思は良いことも多いのかも知れない。
私が無事で安心したのか結構疲れているらしく深く眠っているらしい。
「——そっか、なら、お願いしてもいいかな?シロンさん」
そういって私は少し緊張しながら背を向ける。
「はい、それと呼び捨てでかまいません」
「分かった、だったら私の事も舞奈で」
「はい」
「ありがとう、すごくスッキリしたわ」
「良かったです、服も新しいのをいただいたので着てください」
白いレースのあしらわれたネグリジェをシロンが目の前に掲げて見せてくれる。
羽織るだけなら大丈夫かなと少し動いてみる。
「―———っつ、うん」
少し動いただけなのにーーー体は悲鳴を上げる。
動かない体を無理に動かすと反動が酷い。
「―——着替えさせますね」
その姿を見かねてシロンが私に服を着せてくれる。
「お願いします」
今の自分には出来ない、なら頼るほかないのだから。
私は大人しくシロンに身を委ねる。
無理すると大抵それ以上に迷惑をかけると流石に私にも分かってきた。
今更な気がするけれど。
私に着替えをさせようとシロンが服を私の前に掲げ、私は大人しくしていた。
そんな私達の耳には騒がしい慌てたような足音が聞こえて来た。
「「?」」
私達は動きを一時停止させて目の前の扉の方に視線を向けた。
「お待ち下さい!翔!」「おい!大丈夫だって言ってるだろ!」
そんな慌てて止めようとする声が聞こえる。
「翔?ー「ーーー舞奈失礼致します」ーーーーえ?」
とんとん!
「入るぞ!」
え!ちょ!待ってそう言う前に虚しく扉は開けられてしまう。
「姉さん!」
ノックしたは良いが返事を待たずに入ってきた翔。
その姿を認識した瞬間私はただ固まってしまう。
唯一の救いはシロンがいち早く行動に起こして私を抱きしめて隠してくれた事。
そう、シロンは謝ったと同時に手早く私をタオルとその体で覆って抱きしめてくれた。
翔から見れば裸の私をタオル事抱きしめているように見える筈。
「無礼ですよ!弟君!」
返答を待たずに女性の部屋に入るのはいくら何でも失礼だと。
「へ、あ、嫌、これは不可抗力って!」
私の状態を見てすぐに目をそらし自分が入ってきた扉を背で押して閉じる。
その扉の向こうではお付きの人達が何でしめるんですと言っている。
だが翔が扉を押さえているから入って来れない。
「入ってくるな!」
必死に止めてる所悪いんだけど?
「弟君も、一端出て下さい」
うん、出てって、とシロンの言葉に私も同意するように頷く。
「あ、だよなーーーってお前こそ何姉さんに抱き着いてんだよ!」
抱きしめる必要ないだろうと離れろという翔。
「嫌です、離れれば舞奈様の体を晒す事になりますので」
そうよ、シロンが離れたら私上半身裸よ?
「―——へ―——え?お前誰だ?」
昨日までのアイツとなんか違うぞと言いながらシロンをまじまじと見つめる翔。
「「!」」
へえ、分かるのね?
そう私達二人は感心していた。
「私は———『この変態!』」
何故か私の横の後方にある壁に次の瞬間には翔がめり込むように埋まっていた。
「へ?」
『舞奈!平気!——翔に何かされたの?』
そこには小さい頃の姿になったカリナが手のひらに風の精霊を纏わせ私を心配する言葉を掛けた。
間違いなく翔を壁にめり込ませたのはカリナだろう。
寝ぼけているのか翔の肩で目を擦っていたのに?
目をしっかりと覚ました彼女には私の置かれた状況が変態に繋がったようだ。
自業自得だし、正直よくやったと思う。
私が健康体なら同じ事をした筈だから。
「か、カリナ―—お、お前!俺よりこいつが姉さんを!」
「ふざけるなはこっちのセリフ!何舞奈の裸体拝んでるの!この変態シスコン!」
「ぐ!シスコンは良いが!変態は止めろ!それにそいつも男のくせに姉さんを!」
シスコンなのは姉さんを思う気持ちの表れで褒め言葉だと。
うん、ポジティブで自分本位な考え……引くわ!
それに雪灰は友達だし、何でそんなに傍にいるのを嫌がるのよ?
しかもそいつやお前扱い?
ふざけてるの?ーーーあれ?
翔何か言わなかった?
ーーー雪灰が男?
「は?雪灰は女性よ?それよりも名前を呼びなさい、失礼でしょうが!」
何年も名無しで通った雪灰を名前以外で呼ばれるのは幾ら翔でも許さないわ。
「え?そうなのか?でも———あれ?」
何故か翔は不思議そうに首を傾げシロンを見つめる。
「「―——」」
シロンと雪灰では確かにシロンが女性、雪灰が男性に感じられるかも知れない。
二人とも本当に非対称だから。
実際に話し合った方が良いんだろうけど?
だけど当の本人は眠ってるし?
しかもシロンもカリナも何故か複雑そうに黙ってしまっている。
ちょ、フォロー入れて欲しいんだけど?
「シロン?」
「―———私は女性ですよ、弟君、と言うより」
弟が姉の恋愛事や関係にとやかく言うのはどうかと思います。
「う——」
「とにかく、着替えるので出て行ってください」
最低限服を着るまで、そして私達の返事があるまで入って来ないでください。
「な!ーーーだけど!」
まだ渋る翔を風が包み込んだ。
念を押してカリナが翔を風で今度は扉の外に吹き飛ばした。
「ーーー着替えましょうか?」
「ーーお願い、ごめんね」
「いえ」
「それで?何しに来たの?」
「来ちゃいけないのかよ?」
「そうは言ってないでしょう、と言うより何で動けてるのよ!」
そうよ、理不尽よ?
ただの人の筈の翔が一晩で動けるってどう言う事なの?
「ん?俺は常に体動かしてたし?これ毎日飲んでたからな?」
そういう翔が出したのは錠剤?
「これはキアの実の錠剤らしい——おかげで下界酔いもしないし」
一日眠ってずいぶん動けるようになった。
「——そう、だったら翔は出かけなさいよ?」
動かない私の傍に居るよりもよっぽど?
「傍にいたら―——心配したらいけないのかよ!」
「違うわ、ほぼ動けない私と一緒より外に出て私を連れ帰る方法探す方が唯意義よ?」
私は動けるようになってシルビアさんと話せたらすぐに次の国に行くという。
「な!そんなすぐに!」
「私は精霊たちや雪灰たちがいる」
早くアナタを帰す方法を探して先に帰しちゃうから。
「さ、させるか!行くぞガル、エリアス」
何故か締め出されて状況を理解しきれていない困惑するお付きの二人を連れて慌てたように部屋を出て行った。
「単純ーーー」
思ったら一直線だけど、単純。
「―——ちょろいわね、我が弟ながら」
思ったより簡単に乗ってくれて助かるけど。
「なんだか悪い顔をしているわよ?舞奈」
「そうかな、とにかく、私は早く動けるように——寝るわ」
それ以外動けない私には何も出来ないもの。
光達もこの疲労は消し去れないから。
「あ、私も————疲れたから寝るわ」
そういってまたカリナは舞奈の中に溶け込んで眠った。
「うん、お休み」
「お休みなさい、舞奈」
眠った私達を確認すると人知れずシロンは部屋を出る。
だって、さっきから影が騒がしかったから。
眠りについた私達の部屋の外で二人は静かに密談する。
雪灰が眠りシロンが表に少しでるこの時間が兄妹の時間。
嫌、この会話が兄妹の会話なのかは微妙だが。
「我らの巫女は眠ったか?」
「兄様、はい、ぐっすりですわ」
「多分だが、いや、確実に舞奈は壊れていく」
「はい、少なくとも、核の鼓動は確実に目覚めています」
そう、舞奈の核の中の核たちは少しだけ鼓動を再開させていた。
今はその鼓動は弱い、だけど完全に目覚めれば。
一つの核だけでも安定させきれない人の子。
弱い者お中に数えきれない複数の核が鼓動する異質な存在。
弟君を押さえつけていたように、何時か舞奈の鼓動は止まってしまう。
いや、止まるだけで済むか分からない。
塗りつぶされ消えても可笑しくない。
―———。
―————。
だけど、私は最後までこの子達を守る。
例え私自身が消えるとしても。
私はもう一度家族に戻る機会をこの子に貰ったのだから。
居場所を奪わずに守ってくれた妹を守って見せる。
「えぇ、だけど私はこの子達は守るわ——絶対に」
「当たり前だ、アイツは俺を俺達を変えたんだからな」
そう簡単に舞奈は折れない、消えないと何故か私達は確信していた。
そんな兄妹の覚悟をよそに彼女は彼女のもとに降り立っていた。
「―——— っつ!」
苦しみで私は目を覚ます。
だけどこの苦しみは核の拒絶の苦しみじゃない———本当に呼吸が——!
眠る私の上にはシルビアさんがいてわたしの首を絞めていた。
『―——消えろ』
その首から揺れる赤い核が熱く鼓動を刻み、彼女の瞳からは涙が流れ落ちる。
御読みくださりありがとうございます。
ではまた。




