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6話 願いと風雲(3)

 ファウラーは上司より3つ年下の29歳であり、また若齢ながら優秀な人物である。

 彼の仕事の役割は、上司であるジル・マルの補佐である。その職務に8年務めており信頼は厚い。彼の良い所は機転の利くところであり、ジル・マルの求める前の段階からその仕事の準備を終えていることも多い。またファウラーは上司を信奉しており、この職を離れたいとは一度も思ったことはない。


 そのため、一部の口の悪い者からコバンザメと陰口を叩かれている。だが、耳にしても気にする素振りはしない。それは、同じように悪口を言われることが多い上司を見習ってるかのようである。


 ところで、ファウラーは多くの者と接点を持つことで情報を仕入れるという重要な役割を持っている。ジル・マルが行うことに対して、彼は助言をしなければならない。帝国と聖教会は結びつきはかなりの強固のものであるが、だからといって秘密事がないというわけではない。隠し事は少なくないのである。そこはあくまでも赤の他人となるわけであり、ジル・マルはどうにかしてそれを知る必要があった。


 だからこそ、ファウラーは帝国の王宮内にもスパイとも言える情報網を形成している。


 そこから一つ大きな情報が入り、彼は珍しく慌ててジル・マルの下に伝えてきたのである。

 

 しかし、上司はその情報を手にしても全く動じることはなかった。ただ一言、こう呟いたのみである。


「ほぅ、このタイミングでですか…」


 ジル・マルにもたらされた情報はこうであった。




―クライツ帝国第21代皇帝ジギスムント2世、落馬し危篤。




ジギスムント2世は、玉座について55年と歴代の皇帝ではいちばん長い在位期間を持っている。その間、ホーツァー王国事変や各国との戦争、そして魔族との接触とその討伐という激動の時代に帝国のトップとして指導力を発揮してきた。若い時には軍の先頭に立つことすらあり、75歳になった今でも乗馬をすることを止めようとしない。


 この日も狩りのために、皇帝は馬に跨っていた。そして得意の弓矢で鹿を仕留めた際に、事故が起きたのである。 

 跨っていた若い馬が、突然両前肢を骨折し皇帝を投げ出してしまったのである。全身を強打した皇帝であったが、すぐにやってきた側近には怪我はしたが問題ないと伝えていた。しかし王宮に戻る途中に突然不調を訴え、そのまま危篤状態に陥ってしまったのである。



 この情報は、ファウラーが王宮内に送り込んだ医師からのものであった。ファウラーの意図としては、高齢の皇帝が病気になった際にすぐに対応できるようにするために送り込んだわけだが、それまでは至って健康であるという報告を受けていた。帝国内での皇帝継承に対する見えない争いがあることを把握していたファウラーは、ジル・マルがこうした次の皇帝争いに対しての対策が行えるように情報を集めていた。


 その中で起きたこの事態に、ファウラーはやや焦っていた。


「司祭長様、すぐにこの情報を連絡しましょうか?」


「…誰にですか?」


「勇者クラフト様の下へ…」


「…そのような必要はありませんよ」


 次代皇帝候補であるクラフトは、現在近衛隊長という職務を兼任しながら、魔族の侵入があったということで国境にいる。また宰相カーム・シュヴァルツも、旧シュヴァルツ王国内で起こった一族の揉め事の仲裁を行うために、帝都バルトーフから離れている。


 シュヴァルツ派にとって、あまり状況がよろしくない。そのため、ファウラーはジル・マルがクラフトの下へ知らせを送るように尋ねたのであった。


「ファウラー、なぜそのような事を行おうと思うのですか?」


「それは…、司祭長様がクラフト閣下の皇帝継承に賛成されているかと思いまして…であれば、今すぐに連絡を送る必要があるものかと」


「ほぅ、私がそう思っているということですか…。ファウラー、私はですね、皇帝が誰になろうと関係ないと思うんですがね」


「え?」


「クラフト様がなろうが、他の者になろうが、それは帝国がやることであって我々教会は余所者ですよ。仮にその余所者が手助けを行ったとして、帝国の者たちは全員心穏やかに思うでしょうか?」


「はぁ…」


「それにですよ、もし、帝国の王宮内に教会がスパイを送り込んでいる、その事実を知ったらどう思うでしょうか?」


「あ…」


「いえ、ファウラー、あなたを責めているわけではないのですよ。ですが、この事態にあえて我々が動く必要はないのです。どうなろうが、民衆は教会に助けを求める…そうなればよろしいのです」


 大主教閣下の考えはとファウラーは尋ねたいところであったが、それはついに伺うことは出来なかった。


 後にファウラーは日記を本に残しているが、このようなやり取りを特に書くことなく、次の一文のみを記載している。




―聖暦611年6月17日午後7時12分、クライツ帝国第21代皇帝ジギスムント2世、急逝。

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