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3話 礼拝堂の目撃者・後編

勇者クラフト、本名クラフト・シュヴァルツといいクライツ帝国の名門中の名門、シュヴァルツ家の一族である。


シュバルツ家はかつて帝国の西部にあるシュルーレ地方を支配していた王族であったが、当時はまだ中級王家であったクライツ家に領主としての権利を委譲した。

その結果クライツ国はやがて巨大な帝国へと変貌したが、その際シュヴァルツ家とクライツ家は主従関係だけでなく婚姻関係をも結んだので、皇帝の冠を戴く資格がシュバルツ家にも認められている。


しかしながら、現在までに21人続いた帝国の皇帝は全てクライツ家が占めており、シュバルツ家の者は特に不満を主張するわけでもなく皇帝陛下に仕えている。


クラフトの母親は現在玉座に鎮座する第21代皇帝ジギスムント2世の娘で、現在の帝国宰相カーム・シュヴァルツの弟と結婚したがクラフトが幼い時に事故で夫妻共々亡くなっている。そのため、シュバルツ家一族の長であるカームの養子となった。彼にとって育ての父親とも言える存在である。


2つの王家の血を直接を継いだとも言えるクラフトは、17歳の時に突然勇者として任命された。帝国からの働きかけに対して教会が認めたためであった。


彼自身が武勇に優れていたことは知られていたが、魔族全体を相手にたったパーティー6人で挑むのは誰しもが無謀であると思っていた。しかし脱落者もいたものの、大勢の予想に反して魔族の攻勢を食い止める事に成功して無事帰還し、それ以降名声を轟かせたクラフトが帝国皇帝継承権に1歩リードしていると言われている。


そんな彼は現在軍に所属し、近衛部隊隊長に就いている。


そんな人物が、お忍びでやってきている。しかも只事ではない。


「だから、そんなことになる前にこうしてるんだ。秘密を知ってしまいそうだったり、知ってしまった奴は抹殺だ。」


「…で、この御方は何を知ってしまったのですか?」


ジル・マルは勇者クラフトよりも3才上だが、この場でも言葉を崩す様な素振りを見せなかった。その事がクラフトの地位が高い事を示している。


「魔族の地で我々人間と和平を結ぼうとする者達がいたとのことで、魔王が慌てて討伐したのは知ってるな?」


「えぇ、魔王も大変だったでしょうね。我々人間という敵がいることで魔族の長という自分の地位を安定させてますからね。まぁ、それは私達も同じですが。」


魔族達は勇者による討伐後は、表だって人間界を攻め込む事が無くなっているが、依然として脅威である事は変わりなかった。


「もしそのような事になれば、下手すれば我々との秘密協定がバレてしまいますしね。」


「あぁ。10年前に、俺達が魔王を討伐しながらも奴を生きながらえさせた理由が、魔族の存在で教会や帝国の地位を守るためだからな。まったく大主教閣下は苦労な事を考えたものだよ、おかげで休む暇もない。」


ため息を漏らすクラフトに対し、ジル・マルは特に言葉の調子を変えることはしない。


「それで、この人とはそれとどう関係があるのですか?」


「魔王が送った教会への使者を目撃されたんだ、こいつにな。運良く魔族のスパイがいると俺に通報してくれたからこうやって口封じ出来たが、あいつらヘマしやがって。」


「身なりからすると、この帝都バルトーフの者では無いですね。どこかの農民ですか?」


「西の大河沿いにある村だ。」


「ここからだと、どんなに急いでも1週間はかかる場所ですね。その間に他の者に言いふらしてる可能性はあるのですか?」


「どうやら無さそうだ。本人がそう言ってたし、おそらくそうだろう。一応、賢者ルルスに調べるようには伝えとくが。もし奴の調査次第では前みたいな事になるかもしれんな。」


「やめてくださいよ、この前みたいに口封じのために村1つ燃やすのは。あれから処理するのは大変だったんですから。」


「あぁ、善処するよ。」


年長者の忠告に渋々と従いつつ、ふとクラフトは思い出したようにジル・マルに尋ねた。


「ところで、その馬鹿な使者は何を伝えにやって来たんだ?知っているか?」


「…えぇ。討伐した一族のうち生き残った者達が、もしかしたらこちらに逃げ込むかもしれないと伝えてきたのです。この者達を襲来者として認めていいから、討ち取って欲しいとの要請でした。そろそろ教会から諸国に魔族襲来と討伐の布告が出ますよ。もしかしたらクラフト様にも、出陣していただくかもしれませんね。」


「亡命者を襲来とさせるとは笑わせる。まぁ良い、これも俺が皇帝になるための手柄とさせて貰おう。」


近衛部隊を率いているとは言え、皇帝の器を測るためにこうした外征があれば、彼は戦地に赴くことが多かった。元々、近衛部隊隊長という職に対しては魅力を感じていない。むしろ、玉座に野望を持っている彼にとって、こうした外征の方が魅力的に感じていた。


「これが終わったら、また勝利の凱旋式だな。ふふ、ジル・マルよ、頼むぞ。」


もうすでに勝った後の話をしているが、彼は今までに戦地に赴いた全ての戦で負けを知らない。と言っても、戦う以前から勝負が決しているものばかりであった。


何を隠そう、全ては敵の大将からの内通があるのだ。もうこれで負けろというのが無理な話である。


そしてその外征後は華やかに凱旋式を行う事で、さらに彼の名声は上がり玉座へと一歩近付くだろう。すでにその段取りをするよう頼んでいるのだ。


「こちらこそ、頼みますよ。」


「ふんっ、守銭奴め。では頼むぞ。」


凱旋式を行えば、帝都にあるこの教会にも膨大な寄付金が集まることになる。だからこそ、こうした凱旋式に聖教会は積極的に主催している。この帝都の教会に支払われる寄付金の一部を、ジル・マルはどうやら着服しているようであった。


クラフトが去って1人取り残されたジル・マルは、押し付けられた死体を見てふと呟いた。


「相変わらずですね。…もし、彼が失敗するようなことがあれば…。」


ため息混じりにさらに続けた。


「その時は、我々が民を導く時ですね。まぁ、今はそれよりもこのお方をどうにかしてあげないと。」


哀れな農民の死体が入れられた箱を、彼は特に調子を変えずに奥の部屋へと運び出していった。




―もし、彼女がかくれんぼに失敗していれば、今や大地に立つことは出来なかったであろう。天性の才能だったのだろうか、その才能が彼女の幼い命を救ったのだった。そして、誰にも喋ってはいけないことも悟ったこともまた、彼女の命を守る結果になった。


10歳の冬、エディールは誰も知ってはいけない世界の秘密を知った。そして、自分を守るには自分自身で守らなければならないと思ったのだろうか。彼女はこの時を境に、剣術を学ぶことになるのであった。

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