2話 礼拝堂の目撃者・前編
授業を終えると、流石に神学校とは言え10歳の少年少女たちがさらに修行へとはならず、もっぱら日が暮れるまでは遊びの時間となる。ただ、ここ最近は冬が近づいているせいか日が暮れるのが早くなっている。遊びの時間も限られてしまうのは必然的だ。
それに孤児院は教会に併設されていることもあり、朝も夜も早い。孤児院の子供たちであっても例外ではなかった。
「しっ!もうここは俺が取ったんだから別のところで隠れろよ!」
かくれんぼの遊びでいつもの場所を取られたエディールは、新たな隠れ場を探す羽目になっていた。
場所は教会全体と広い。だから鬼も10人隠れるのも10人というチーム戦であり、しかももし負けたチームはおやつが取られることになるのだから、これ程大事なことはあるまい。
誰にも見つからぬ場所を探していたエディールは、教会の礼拝堂でふと気が付いた。安息日の日曜日にはここでお祈りの儀式が行われるのだが、全体が見渡せるようにと司祭の立つ位置はやや高い位置に存在する。
普段は梯子をかけてその箱型の狭いスペースに司祭が立つのだが、壁の僅かな窪みを利用して彼女は1バール(約5メートル)の高さにある隠れ場を確保した。持ち前の運動神経が役に立ったのだ。
ふと上から顔を覗かせると、2000人も収容出来るこの礼拝堂の輝きに幼い彼女でも目が奪われてしまった。壁全体に書かれている宗教画、魔法により常に火が灯されている祭具、そして色付きガラスで作られた窓に差し込む光が、礼拝堂の清らかさを映し出していた。そんな情景がエディールの心を染み込むように広がっていく。
少しだけ司祭に憧れを感じたが、聖教会は女性が司祭になる事を禁じておりそれは無理な話であった。孤児院には世話をする修道女もいるのだが、彼女達が壇上に上がって民衆に説法をすることは固く禁じられていた。
もしかしたらこの300年続く教会で、初めてこの壇上に立った女性がエディールなのかもしれない。もっともそんな事よりも見つからない事が彼女にとって大事だった。また自分自身が禁断の罪を犯している事に気付いてはいたが、そんな大した事では無いと思っていた。運悪く夕飯の食事が抜きになるぐらいの罰しか与えられないと思っていた。
15分後、2人の足音がエディールの耳に伝わってきた。あまり動きが無いので、つまらなく思い別の場所へ鞍替えしようかと悩んでる時のことである。
レームか?シュルーレか?鬼チームにいる勘のいい友人の事を思い浮かべながら、隙間の狭い割れ目から覗いてみるとどうやら違う人物のようだ。
1人目の正体が分かるとあ、まずいとエディールは思った。
…院長先生だ。
もしここにいるのがバレた時に怒られる事を考えると絶対に見つかってはいけないと、彼女はジッと動かないでいた。
それにしても、もう1人の男は誰だろうか。今までに会った事のない男だ。顔つきは端正でハンサム、やや細いが腕には幾つか剣で出来たのだろうか傷が見える。白いマントを羽織り、服装は黄金の胸当てをしておりどうやら地位が高い人物のようだ。
「エーリス・サウン・イリス…ユリティス!」
聞き慣れぬ呪文をジル・マルが詠唱し終えた時、一瞬にしてこの部屋が静寂になったことをエディールは感じた。
「これで大丈夫です。この前みたいな事故は無いでしょう」
「ふんっ、そしたらあの時みたいにすればいいではないか」
彼の言葉に、白マントの男はそんなことを気にしてないかのように反論した。
「私の苦労が増えるんですよ。…とにかくこの呪文でドアは開きませんし、外に音が漏れることも無いですから安心してください」
「そうか。で、本題はこれだ」
「…またですか」
何かの箱を見せたようだが、エディールからは白マントの男が邪魔して見ることが出来ない。一体何を見せているのだろうかと気になるが、だからといって動いてしまったならばバレてしまいそうだ。仕方なく、そっと彼女は耳を傾けるしかなかった。
「あぁ、そうだ。けどご覧のとおり、今回はたった1人だから手間もかからないだろう。この前みたいに村一つ滅ぼしたわけじゃないんだからさ」
「あの時は大変なので控えてくださいって言ったじゃないですか…また殺したのですか?」
え?温厚な院長先生からとは思えないセリフが出てきた時、彼女は思わず隙間からジル・マルの姿を見たが彼の顔色に変化はなかった。
「仕方あるまい、秘密を知られる可能性があったからな」
そう言いながら白マントの男が動くと、箱の中身がエディールの眼に飛び込んできた。
惨殺された血まみれの男の死体がそこにあった。
思わず声が出そうになるのを、手を口にあてて必死で彼女は抑えていた。しかし、男2人は何ら驚きもせずに言葉を続ける。そこにジル・マルが続けてさらに驚かせるセリフを吐いた。
「まったく民衆がこの真実を知ったらどうするんでしょうね、勇者クラフト様」