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1話 10歳の少女

「…機械文明時代、それは人間の驕りの時代とも称される。その結果、我々は破滅へと突き進んだ。神を冒涜し、神を騙った者さえもいた。そして当時の恥知らずで愚かな人間たちは、彼らに従ったために最終的に自身を滅ぶに至ったのである。


あまりにも強大な力を有し、その制御をやめた者達を非難した者は当時は極一部であった。その極一部であった私達が正しいと証明されたのは、彼らが滅んだ後からである。


彼らの信じる神たちは現れなかった。現れたのは、我々が信ずる唯一の正しい聖霊様のみであった」


窓越しに差し込む光がエディールの机にある本を読みにくくしている。見えるようにと目を細めるうちに、説教臭い言葉が身体の動きを徐々に奪っていった。


「ブレスト君」


初老の教師は、男女関係なく君付けで呼ぶ。しかしその口調は穏やかなもので無く、明らかに怒りと侮辱がこもった言い方であった。


神学の授業にて、聖教列伝という聖書の朗読の最中にエディール・ブレストはついウトウトしてしまったのである。

これが初めてではない。注意はしているが、どうしても背後から聞こえる念仏で抑揚のない言葉の羅列に身体が眠気を求めてしまうのである。


「すみませんでした、アントノフ先生」


「君から何度謝罪を聞けばいいのかね」


こう言われてしまうと、返答に困ってしまい押し黙るしかない。10歳の少女にとって、先生とは神様のように逆らってはいけない人物である。もっとも、ここは神学校であるが。


神学校には3つのタイプの生徒が居る。


1つは、聖教会所属の僧侶となり神である聖霊の下僕になる事を決心した者である。


2つ目は、貴族など由緒正しい家柄出身ながらも跡継ぎにならないであろう子息たちである。先程から念仏のように聖教正伝の朗読をしていた男児も、名門ロドフォーツ公の9男である。彼の母親は公の正妻でなく妾なので、名門の長となる事はありえぬ話であった。


エディールはそれらと異なり孤児出身であった。神学校は聖教会が作った学校であり、孤児院もまた教会が設立し運営している。そのため、孤児たちの教育を神学校で行ってしまおうというわけである。


乱暴な話であるが、孤児のために別々に学校を作るのは非効率であるのだから仕方あるまい。それに僧侶となるために本格的に修行となるのは神学校を卒業して上級学校に入学してからだから、こうした運営でも問題はあまりない。

だから、この神学校では男女関係なく在籍しているのだ。


ただここクライツ帝国は身分制度があり、貴族は庶民より上である。妾の子であっても、貴族の子は貴族なのだ。それが裕福かどうかは別として。必然的に、貴族のお坊ちゃま達が孤児達を従えるのはいつの年になっても見る事の出来る光景である。


だが、このクラスは少し違う。エディールのせいともお陰とも言える事であった。


生来のお転婆娘であった彼女をイジメようと思えば、それこそ10倍返しに合ってしまう。エディールがこの学校に入ってまだ1年経たないが(10歳になってからでないと。どんな人物であっても神学校に入学は出来ない。それまでは義務化されている初等学校に在籍することになるのだ。)、入学早々に仕返しされている貴族出身の男子の姿を見たクラスメイトたちは悟ったのである。


ただエディールは決して無分別で乱暴なのではない。教養はまだまだこれからだとしても、誰にでも優しい少女の一面がある。


例の1件にしても、他の孤児出身のクラスメイトが受けたイジメが許せなかったことから起きた騒動であった。


父親の貴族から学校へ、彼女を退学にするようにと抗議があったのも事実だが、正式に調査された後に校長のジル・マルからそれは拒否されている。貴族の身分を蔑ろにするのかという意見に対し彼は


「この神学校では身分によって教育が変わることはありません」


と言われてしまい、結局抗議を取り下げざるを得なくなったのである。神学校は帝国のものでなく聖教会の運営であったこともあり、帝国の治外法権となっていたのだ。



ジル・マルは30歳の若い司祭だが、経験豊かな人物だ。神学校の校長だけでなく孤児院の院長も兼任している。それだけでない、帝国の司祭長も務めており将来は聖教会の中枢を担う人物になると期待されている。


そして何よりも、10年前の勇者クラフトのパーティの一員であった事が一番有名である。若くしてこの地位を得てることに反発する者も少なくないが、人望も豊かな彼はその有能な才を示すことでその声を抑えている。


―さて、神学の教師・アントノフに叱られたエディールはどうもこの授業が苦手である。決して神学校自体が苦手というわけではない。


ここで問題なく5年間の学生生活を過ごす自信はある。(もっともその自信はどこから来るものなのかは全くを持って不明であるが。)


ただ、なんとなくではあるがこの神学の授業が身体に合わない気がするのだ。初等学校の道徳の授業では特に感じることはなかったのだが、神学の宗教論はその道徳の延長線とでもあるべき学問なのにである。

神学校に入ってそれは何事だとなるが、これに関してはほぼ強制入学なので仕方あるまい。


ただ、そのうち理解してくるのかもしれないと思う時もある。少なくともエディールは食事前のお祈りを欠かすことは無いなど、聖霊様への信仰心はある方だ。いつかは…、そんな気持ちでいられるほど彼女は楽観していた。



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