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カンパネラの場合

私には、同じ日に生まれた姉さまがいました。

なかなか子宝に恵まれなかった両親の間に生まれた私達。

本来ならば、普通に祝福され、貧しいながらも幸せに暮らすはずだった家族。

けれど、私達の幸せは、小さな罪一つで崩壊した。







物心ついた頃には、もう既にいなかった私の片割れ。

私とその片割れを産んで、死んでしまった母親。

その二つの事実は、母を愛し、子供を…いや娘を待ち望んでいた父をゆがませるには充分だった。

一人で私を育てることになった父親は、私を女として育てようとした。

喪失感を補うために、私は利用されたのだ。

父は私に女ものの服を着せ、女の話し方やしぐさを学ばせた。

幼い私は何の疑問も持たず、父のなすがまま、それを受け入れていた。


けれど、歳を重ねるにつれて、それが自分の本来あるべき姿でないことに気づく。

そこからが本当に地獄だった。

父は反抗する私に暴力を振い、押さえつけた。

息子を脅してでも、命の危険にさらしてでも、自分の信念を貫こうとする父は、もはや正常な精神状態ではなかった。

私が男として生を受けた限り、男性としての成長はもはや自然の摂理であった。

にもかかわらず、怪しい薬を飲まされ、まともに食事を与えられない生活により、身体的にも成長も妨げられた。

薬のせいなのか、つねに気分が落ち着かず、ときどき無性に暴れ出したくなりそうな時もあった。

さらに、声の切り替わる時分になると、言葉を発することを許されなかった。

受け入れられないことも多かったが、栄養不良でやせ細った自分など、父に反抗したところでまるで歯が立たず、耐える以外の方法がなかった。

幸い…容姿は、母によく似たらしく、父はその顔で素直に言うことを聞けば、機嫌が良かった。だから、つくった笑顔でいるのは一つの特技になっていた。

けれど、いつしかその容姿すら、私に不幸をもたらした。


14歳のその日、真夜中にふと目を覚ますと、私が眠っている様子を父が何も言わずに見ていた。

息が荒く、高揚する父。焦点の定まらないその目を見て、私はすぐに危険を察した。


そのあとのことは、正直覚えていない。

ただ、気がついた時には朝になっていて、私は火かき棒を握っていた。

衣服は乱れ、その傍らに、ほとんど判別できないほど顔を殴られて倒れている父がいた。






父が死んでしばらくして、私は世界を知ることとなった。

父と一緒でなければ、ほとんど家から出ることも許されなかった私は、外の世界がそんなに綺麗なものばかりにあふれている事を知らなかった。

景色や建物、動物や植物、それを沢山絵に描いた。

何故かそうしていると、嫌なことを全て忘れられたのだった。

そして、外に出るようになってから、私はある噂を耳にする。


それは森の奥の塔の話だった。

森を抜けようとする若い男達が、その塔に夜な夜な吸い寄せられるように入っていっては、姿を消すという不思議な噂だ。

なんでも、若い頃に男に逃げられた魔女が、その恨みを晴らすため、若い女に化けて、男達を食い殺しているとか。

私はそれを聞いて、隣に住んでいたあの忌々しい魔女を思い出した。

母と片割れを奪い、父をおかしくしたあの老婆。

それがときどき、森の奥へ出かけていくことを、私は父から聞いたことがあった。

もし、その塔の魔女が自分のよく知る魔女ならば、何とかしてあの魔女に復讐することはできないだろうか?

気が付くと、自然と足が森の奥へと向かっていた。


塔は苦労せずとも見つかった。

そして、その塔の上部に唯一備え付けられていた、窓から外を見ているその姿に、私はひどく驚いた。

あれが、魔女の化けた姿だと…。

噂が事実でなかったことを、私はすぐに理解した。

あれは……魔女ではない。

一目見れば、すぐにわかる。

なぜなら、その女の容姿は、自分によく似ていたから。

間違いない。

愁いを帯びて、何処か遠くを見つめるその女は、生まれてすぐ生き別れた自分の片割れだった。

父ですら、きっと今も生きているとは思いもしなかったと思う。

けれど、彼女は確かに生きていた。

しかし、仮に噂が本当ならば、彼女はあの魔女に利用されて、酷い仕打ちを受けてるのは想像するにたやすい。

魔女を殺して、彼女を救いたい。

いつしか、魔女への復讐だけだった身の内は、そんなことを考えるようになった。





魔女の懐に入ることは、思っていたよりも簡単だった。

魔女が男を恨んでいるのは知っていたので、私は再び因縁ある姿に身を包まなければならなかったが、それでも自分の片割れを救うためだと思えば、受け入れられた。

魔女は少女の姿で世話係を申し出ると、喜んでそれを受け入れた。

年老いた体で、塔の上を行き来する生活に難儀していたというのも幸いだった。

また、男だとばれないようにするため、声が出せないという事情も、良い方に働いた。

魔女はべらべらと秘密をしゃべるような女が嫌いだったのだ。


「今日からお前の世話係を付けることにした。カンパネラ、入りなさい。」

自分の片割れと対面できたのは、それから間もなくだった。

遠くからは自分とよく似ていると感じたその姿は、実際は自分なんかよりもとても美しかった。

石膏のようななめらかで、色白の肌に、よく整った目鼻立ち。うっすらと赤に染まる頬に、真っ赤で厚みのある唇。

そして、長い長いブロンドの髪は、暗がりにもかかわらず何処かキラキラと輝いているように見えた。

所詮真似事に過ぎない自分の姿が、彼女の前だと、酷く汚い物のように感じた。


「はじめまして、カンパネラ。私はラプンツェル。これから、よろしくね。」

「…………。」

まるで歌うような透き通った声が、私にそういうと彼女はにっこりと笑った。

なんて、その容姿に似つかわしい優しい声なのだろうと思った。

それを見て私も慌ててうなづいたが、あまりに見入り過ぎていて、すぐには得意の張り付けたような笑顔すら出なかった。

それにしても、よりによって、家族を破滅に追い込んだあの忌々しい植物の名前を、彼女が名乗っていることだけが、憎々しく感じた。


魔女の信頼を得るためにはやや時間がかかる。

そこでその間、私はラプンツェルに自分のことは明かさず、彼女の様子を見守った。

彼女は好奇心が旺盛で、私に何でも訊ねてきた。

その内容は、同じ年の女と比べ、やや幼く感じたが、物心つく頃から世間と隔絶された人間がこうなることを私はよく知っている。

だから、慌てることなく、少しずついろんなことを教えてやった。

彼女は、私が絵を描くととても喜んだので、今まで見てきた景色や建物の絵を何枚も書いてやった。

今まで、父の嬉しそうな顔を見ても、一度も幸せに思ったことはなかったが、彼女が嬉しそうにしているのを見ると、心が満たされるような気持ちになった。

子供のように無邪気で、見た目も心も綺麗なラプンツェル。

自分とは全く違う彼女は、自分には少し眩しかったが、できればずっとこのままでいてほしいと思った。



「それにしても、カンパネラの顔ってとても綺麗ね。もっとよく見せて。」


ラプンツェルはそう言って、私の顔を隠していた前髪をその華奢で色白の手で払った。

彼女が急にそんなことを言いだすので、私はきょとんとしていたが、いつもより彼女の顔が近くにあるのを認識すると急に妙に恥ずかしい気分になった。

「?どうしたの?」

私のそんな様子にさらにラプンツェルが顔を近づける。

その時、恥ずかしさから困惑していたが、ふと気づいた。

今は彼女に血のつながりがあることを知られるわけにはいかない。

そこで、私は両手で、彼女をやんわりと押しのけた。

しかし、それが良くなかったのか、ラプンツェルはどこか悲しそうな顔で私を見ていた。


「ごめん…私ったらベタベタ触って。……嫌だったのかな?」


困った。

そんなつもりではなかったのに勘違いさせてしまったらしい。

少し考えた後、私はにっこり笑って、彼女の頬にそっと触れた。


違うんです、ラプンツェル。

あなたに触れられて嫌な人間なんていませんよ。

それにあなたの方がずっと綺麗ですよ。


この思いが全て、それだけのことで届くなんて思ってはいない。

けれど、それでも彼女にはそんな悲しい顔をしてほしくなかった。

すると、思いの一端が伝わったのか、彼女は安心したような表情を見せる。

そうして、彼女もまた、花が咲くように笑いかけてくれた。



誰に対しても抱いたことのない彼女への気持ちは、日に日に大きくなっていった。

血のつながりとは、こんなにも愛おしいものだったのか。

彼女が私の名前を呼ぶのも、私を好いてくれているのも、こうして甘えてくれるのも、全てが、私にとっては幸せに感じられた。

それと同時に彼女をここから救い出したいという気持ちはどんどん強くなる。

あの魔女から、はやく可愛いラプンツェルを解放してあげたかった。

こんなところから抜け出して、二人で幸せに暮らすんだ。

そう思っていた。

彼女の口から、彼女の秘密を聞くまでは。



彼女の秘密を彼女から聞いた時、私は彼女を見て泣いていた。

魔女への恨み。ラプンツェルへの裏切られた気持ち。無知で愚かだった情けない自分。色々なものが頭を巡り、涙が止まらなかった。

そして、何より何も知らない無垢なその目で、私を見て、私の頭を撫でた彼女の顔に、胸が締め付けられるような気持ちになった。

馬鹿だった。

歪んだ愛のもとに屈折した、自分のような人間がいるのに。

ずっと、あの凶悪な魔女のもとにいたのに。

どうして、彼女だけが綺麗で、穢れ一つないと信じられたのだろう?


ただ唯一の救いは、彼女だけがその行為の意味を知らないこと。

魔女が、彼女が拒絶したり、逃亡することを防止するため、その行為の罪深さを彼女に教えなかったのだ。

それだけが唯一、魔女のもたらした幸いだと思った。

彼女を早く救わなければと思った。



「おや、よく来たねぇ。あの娘は、大人しくしているかい?」

古い木の扉を開けると、キィィと不気味な音が鳴る。

その音に反応し、魔女はそう言った。

この家にやってくるのは、今は私一人だけなのだろうか。

魔女は暖炉に薪をくべるのに夢中なようで、こちらを見向きもしな。

「…………。」

私は定期的に魔女の館と塔を行き来する。

この女にラプンツェルの様子を教えたり、食料を分けてもらいに行かなければならないからだ。

ラプンツェルが私をひどく気に入っている事や、私の仕事ぶりから、魔女は短い間ですっかり私を信頼していた。

「ケケッ、口なしのあんたに聞いたところで、答えられるわけがなかったね……」

そう言って魔女はようやく振り返った。

私が入ってきたその時に、横着せずに振り向いていれば、まだ対応できたかもしれない。

けど、もう遅い。

「死んでくれ、魔女」

「?!……その声!お前まさ………」

私は魔女が振り向く前に彼女を蹴り飛ばした。

魔女は醜い悲鳴を上げながら、頭から暖炉の炎につっこんだ。

しばらくじたばた暴れたので、私は傍に遭った椅子で、抑えつけるように魔女の頭を数回殴った。

そして、自分達を苦しめたその魔女はまもなくして息を引き取った。

復讐は、なんて容易いものなのだろう。

あまりのあっけなさにそんな感想しか出てこなかった。

私は魔女の黒いマントを拝借し、一度家に戻り服を着替える。

簡素で、動きやすい男物の服は、やはりしっくりとくる。

それから再び、森へ向かった。

はやく、ラプンツェルのところに行かなければ…。




「お願いがあるの。」

「ん?なんだい?」

「私を、ここから連れ出してほしいの。」

「おやおや、こんな可愛いお嬢さんからのプロポーズかい?」

「……えぇ、そう。」


塔に戻ってきた私が聞いたのは、聞いたこともない調子の彼女の声と、男の声。

私がいなくなったほんの半日の間に、男を入れたのか?

これが、彼女の日常だったのか……?

黒い感情が心を満たしていく。

そして、もう戻れないのだという事実を突き付けてきた。


早くラプンツェルを助けないと…。

私は予期せずにいたその男を殺した。

背後から、真鍮製の燭台で殴れば、男は簡単にその場に倒れ、為すがままになった。


そして今、

私は彼女の首を絞めている。

愛しいラプンツェルの生を、この手で断ち切ろうとしている。

彼女が自分の秘密を話すのを見た時、こうすると決めていた。

ここを出て、彼女と二人で暮らすことも考えたが、これは彼女の為なのだ。

この先生きていれば、彼女は今までの行為全ての意味を知ってしまう。

そして、身に起きた不幸を望まぬまま理解させられるだろう。

だったらせめて、おのれの身の穢れを知らぬまま、死ぬことが、彼女の救いだと思った。


「カン……パネ……ラ……」


聞き間違いかと思うほど、か細い声だった。

けれど彼女は間違いなく、私の名前を呼んだ。

どうして……。

暗い部屋に、フードをかぶったこの姿。

この姿では、彼女が自分を認識できるはずはないのに。

一瞬、判断が鈍った。

ほんの一瞬だけ。

醜い自分を彼女に見せてしまったことに罪悪を感じたのだと思う。


それでも結局、私は彼女を殺した。




夜が明けたら彼女をここから連れ出そう。

彼女の見たことのないような、美しい景色の場所に、彼女を埋めてやるのだ。

穢れを知らない、愛しいラプンツェルに、私は毎日だって花を手向けに行くつもりだ。


「ごめんなさい……」


自分の意思とは全く関係のないところから出た言葉だった。

私は、目から頬へ温かいものが伝っているのにようやく気がついた。








―――おやすみなさい、ラプンツェル。




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