好きなまま好きだったまま
「おまえ、あの映画好きだっただろ?」
高校一年生の夏、観に行った恋愛映画。
その続編が、この夏公開されている。
映画のすぐ後に別れた元彼から、五年ぶりに掛かってきた電話。
正直、驚いた。
当たり前のように電話してきた彼にも、アドレスを消していなかった自分にも。
「一緒に観に行かないか?あの映画は、おまえ以外と行く気がしないんだよな」
「うーん…」
「何か問題あんの?彼氏に怒られる?」
「いや、彼氏はいないけど」
「ふーん。じゃ、いいじゃん」
「そっちはどうなの?」
「彼女?いるよ。一緒に暮らしてる」
「じゃあ、ダメじゃん」
「何で?映画くらい平気だろ」
ストラップを指でクルクルいじりながら、考える。良いのだろうか。行きたいけど。
「わかった。私も行きたかったから、一緒に行こう。でも日曜の午前中しか無理だよ」
「何で?忙しいの?」
「就活とバイトで予定ギッシリだよ」
「そうかあ。大変なんだなあ。俺なんか実家を継ぐだけだからなあ」
大好きだった声を聞いていると、心地よくてそれだけで癒される。
大好きだった。大好き。大好きなまま。
今だって、その気持ちはくすぶったまま。
「じゃ、来週の日曜ね」
再会が五年ぶりだなんて信じられないくらい、彼との仲は昔のままだった。
笑うツボも一緒。歩くスピードも一緒。
映画の感想も一緒。
一言で表すなら「観なければ良かった」だ。
しっかりと作られてはいたが、前作の切なく美しいラストが私は好きだった。
無理して続編を作る必要があったのか?
大好きなものは、大好きなままが良い。
ブラブラと裏通りを歩く。日陰になっているので、とても涼しい。
「ここ、ほとんど車来ないからな」
彼の視線の先にには、伸びきって寝ている白い子猫。
アスファルトが冷たくて気持ち良いのだろう。のんきなものだ。
彼がニコニコしながら子猫を見る。細めた目は五年前と同じ。
大好きだった表情。
プップー ブー ブーブー
騒がしい音を発しながら、赤いスポーツカーが走ってくる。かなりのスピードだ。
「こんな狭い道でスピード出すなんて信じられない」
みるみる距離が近づく。
「あのネコ、気付いてないみたい」
「ああ」
彼が子猫を見つめたまま、うなづく。
「ちょっとネコちゃん!危ないよ!」
子猫に向かって大声を出しても、知らんぷり。
悲鳴をあげそうな口を右手で塞ぐ。
もう、ダメ。
そう思った瞬間。隣から影が走った。
彼が子猫に走り寄り、抱き上げる。
「やだ!ひかれちゃう!ダメ!」
車はすぐそこまで来ている。
「イヤ!やだ!イヤーッ!」
叫んで両手で目を覆う。
キキキーッ
けたたましいブレーキ音。
「うそ…やだ…やだよ…」
目を開けると、怒鳴り声が聞こえた。
「ばかやろう!死にたいのか!」
車の窓から運転手が、あちら側に叫んでいる。
何度も罵り、興奮した様子だ。
道の向こうには、子猫を抱いた彼。
私はへなへなとその場に座り込んだ。
騒ぎに近所の住人が出て来ると、運転手はチッと舌打ちして走り去った。
「どうしたの?事故?」
老婦人に声を掛けられ、首を横に振る。
「大丈夫です。お騒がせしてすいません。誰もケガシしてないので平気です。すいません」
私は集まってきた皆に謝って歩いた。
こちらに渡って来る彼の腕から、スルリと子猫が逃げ出す。
「ったく。あのチビ、自分が危なかったってわかってねーな」
笑う彼に、そっくりその言葉をあげたい。
「ごめん。私、帰るね。すごく楽しかった。でも、もう会わないし連絡もしないから」
「え?」
「さよなら!」
きょとんとする彼を残して、私は走った。
好きなまま好きだったまま、思い出にさせて。
彼女のこと、、ちゃんと大切にしなさいよ。
帰り道、さっきの子猫が気持ち良さそうに寝ていた。
私は通り過ぎながら、彼のアドレスを消した。
月刊公募ガイド「ライトノベルワンシーンコンテスト」佳作入選作品。字数制限の中でそれなにうまくまとまったんじゃないかな、と思ってます。思い出は思い出のままが美しい。