むっつめ
ミーンミーンミン・・
ジッジジジ・・ジジジ・・
蝉の声が四方から、重なって降ってくる。
その姿は、鬱蒼と乱立する木々に巧く隠れて、見つけ出せない。
けれど、太陽のギラギラした、灼熱光線を葉や蔦が遮ってくれる。
僅かな隙間を盗んで、差し込まれる光は柔らかな、優しいものになっていた。
F司は、そんな柔らかな光を受けながら、奥へ奥へと歩みを続けている。
「ふぅ。だいぶ、奥まで来たな。」
それは、誰かに向けて発した訳ではなかった。
ただ、勝手に漏れて出てきた、という類いのものだ。
目的地は、もう少し奥へ進んだ辺りだろう。
よし。と、気合いを入れると、背に背負った荷物と肩に掛けた猟銃を、背負い直した。
F司は、この時期に山籠りをするのが、趣味だった。
ワンッ。
先を随分と進んでいた、愛犬が哭いて、早く来いと催促してきた。
「あー、はいはい。今行くよ。」
おざなりな言い方だが、愛犬に対する愛情が滲み出ている。
表情が、とても優しい。
F司が追い付くと、愛犬は千切れんばかりに、尻尾を振り回す。
そんな愛犬の頭を撫でると、先を促して自分も歩く。
暫く獣道を進んでいると、木々にポカリと穴が空く。
その木々の切れ間に、古ぼけた山小屋が建っていた。
見た目はボロだが、その実、しっかりと建てられているため、とても頑丈だ。
F司が背負った荷物の脇のポケットから、鍵を取り出して入り口を開ける。
扉を開くと、愛犬は我先にと飛び込んでお気に入りの窓際で、一休みをする。
はっはっはっ・・・。
息が上がっている愛犬に、持ってきた器に水を入れて飲ませる。
それから、窓を全て開けて、中の空気を入れ換える。
水道は、暫く捻りっぱなしにしておく。
ここへ訪れた際に、毎度初めに行うプロセスをこなし、F司も窓際の床に直に座り込む。
猟銃を引き寄せると、手入れを始めた。
熊も出るため、準備を怠るといざというときに困るのだ。
ガサガサッ・・ガサガサッ・・
ピクリ。と愛犬の耳が動き、身を起こす。
ヴヴゥゥゥ・・・。
山小屋の入り口に向けて、低い唸りを発する。
「なにか、いるのか。」
今にも飛び出して行きそうな、愛犬を宥めつつ戸口を見つめる。
「伏せ。出るなよ?」
そう言うとF司は、戸口を細く開く。
ゾゾゾゾゾゾゾゾ。
一瞬にして、全身に悪寒が走った。
開いた隙間から見えた・・・。
猟銃をいつでも撃てる状態にして、戸口を一気に開け放つ。
すかざず、猟銃を構える。
・・・が。何もない。何もいない。
見間違いか・・・?
猟を趣味とするF司は、動体視力には自信がある。
確かに、何かが・・・。
開いた隙間から覗き込む目とかち合ったのだ。
それから、数秒と置かず開け放ったのに、何もなかった。
念のために外に出て、辺りを注意深く探る。
・・・なんの気配もない。
いつの間にか、愛犬も唸り声を発するのを止めた。
ふぅ。
知らず、息を詰めていたようだ。
息を吐き出して、山小屋へ戻る・・・・。
ギャン!!
愛犬の甲高い悲鳴が響いた。
はっ!
急いで山小屋に入ると、そこには無残に切り裂かれて死んでいる愛犬の骸が・・・。
「!!!!」
声もなくソレに近寄って、手を伸ばす・・。
ガツッ。
「ぎゃっ!!」
どう見ても生きている様には見えない、ソレがF司の腕に咬み付いた。
F司は、大きく腕を振るが、咬み付いたまま離れなかった。
振り上げられた腕にぶら下がった、ソレ。
腕も足もダラリと垂れて、引き裂かれた腹からは、内臓がはみ出てブラブラと揺れる。
「う・・うあぁぁぁぁぁ」
手に持った猟銃で、愛犬だったソレを殴る。殴る。殴る。
グショッグショッグショッ!!
肉の潰れる音が響く。
血が、肉が、辺りに飛び散る・・・。
「あああぁぁぁぁぁぁああ」
叫ぶ。殴る。飛び散る。
グショッ。
パーーーーンッ。
※
あら、またなの?
そうなんのよ。今度はあの猟好きの・・・。
とうとう、熊にでも?
それがね、自分の猟銃で・・・。
犬も一緒だったらしいだけどね、その犬がね、グチャグチャだったらしいの。
あら、いやだ。気持ち悪い。
そうなのよ、マトモに見れる光景じゃなかったらしいわ。




