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I MY 模糊!

高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記 第七話です。

軽~く読める百合子コメディです。

とは言っても、女子高生の日常をだらだらと書いいているだけなので、過度な期待はしないで下さい(^^;)>

是可否でも部員拡大をしたい翔子が、可能性があると聞いた生徒に言い寄るのですが……

 高天ヶ原女子高等学校 茶道部日記

 

    第七話 I MY 模糊!

「で……」

「で?」

 月曜日の朝。

 混み合う電車の中で、隣の遥を不機嫌そうな顔で見ている翔子に、遥が何の事か分からずに小首を傾げながら尋ね返した。

「だから、誰なのよ」

「……誰ってぇ?」

「あのね……」

 翔子は、面倒臭そうに頭を掻きながら、

「誰を勧誘すれば良いわけ」と、ぶっきら棒な口調で尋ねた。

「ああぁ、色仕掛けの相手ぇ?」

「その言葉は使わないで」

「それじゃぁ……対象の倒錯した潜在的嗜好に迎合する手段でぇ、一種の性的欲求に対して、精神的な満足感を与え懐柔し勧誘する相手?」

「訳わからんわ!」

「もうぉ、どう言えば良いのよぉ」

 可愛らしく頬を膨らませて睨む遥に、

「手段についての議論を蒸返す気は無い」と、翔子は無感情な顔で答えた。

「で……」

「で?」

 再び、惚けた様に遥が聞き直すと、

「あのね……だから、だ、れ、な、の、よ、その、相手は」翔子のこめかみには血管が浮かんでいた。

 今にも切れそうな翔子に一切かまわず、遥は暫く上を向いて考えて、

「それはねぇ……」と、窓から外を眺めながら呟く様に言った。

「それは?」

「どうしようかなぁ……」

「おい!」

 窓の外を寂しそうに見詰める遥に、思わず大声で突っ込んでしまい、

「あっ……」と、通勤時間帯の車内で、翔子は慌てて口を手で押さえた。

 周りの視線を感じながら、気まずい思いで少し赤面して、

「いい加減にしなさいよ……」と、小声で遥に言った。

「……もうぉ、いい加減にするのはぁ翔子ちゃんの方よ」

 不機嫌そうに横目で睨む遥に、

「な、なんの事よ……」と、訳が分らずに尋ねた。

「あのね、私としては辛いのよぉ」

「辛い?何が?」

「もう、鈍感なんだからぁ……」

「だから、何よ?」

「愛する翔子ちゃんがぁ、他の女の子に愛を囁くなんて……」

「もしもし……」

「私としてはぁ、想像するだけで、涙が溢れちゃう……」

 潤んだ瞳で顔を逸らす遥に、

「あのね……」と、翔子は白けた目を向けた。

「遥、最初から、順番に、整理して、思い出してみようか……」

「何を?」

「土曜日にね」

「うん」

「新入部員の勧誘に付いて皆で話し合ったよね」

「うん」

「部員が去年より少ないと、部費が削られるかも知れないって」

「うん」

「その時、部員の勧誘方法の一つを貴方が提案したわよね」

「えっ?そうだったぁ?」

「……」

 とぼけてた顔で見ている遥を、

「貴方が、そもそも提案したんでしょうが……」と、翔子が睨み付けた。

「そうだっけぇ?コスプレが嫌だから、翔子ちゃんが色仕掛けにしたいって言い出したんじゃ無いのぉ?」

「……其処に至る、経緯って奴を、すっ飛ばしているでしょ……」

「うぅん……良くわかんなぁい……」

「……あんたね……」

「あっ、古市よ」

「……」

 言いたい事は山ほどあったが、乗り換えの駅に着いたので、翔子達は電車を降りて奈良方面のホームへと向かい電車を乗り換えた。

「そもそも遥が言い出したんでしょ」

「えっ?何をぉ?」

「とぼけないで……」

「だから、何よぉ」

「……い、色仕掛け……」

「えっ?そうなの?……」

「あなたね、まじで忘れたの?……」

「女の子はぁ、自分に都合の悪い事はぁ、瞬時に忘れる事が出来るからぁ」

「まぁ!便利ねぇ」

「ふふふふ……」

「はははは……って、笑ってる場合か!」

 拳を握りながら睨み付ける翔子に、

「それで、誰を誘う気なのぉ?」と、遥が尋ねた。

「遥……きさま……」

「冗談よ」

「ぐっ……」

 込み上げて来る怒りを、拳を更に強く握り締めて押し殺している翔子に、

「真面目な話ぃ、伊達さんなら絶対に落ちると思うのぉ」と、にこやかに言った。

「伊達さん?……」

「そう、伊達さん」

「同じクラスの?」

「そう」

「……」

 翔子は暫く考えて、

「そんな感じ、しないんだけどなぁ……」と、呟いた。

「まぁ、私が言うんだからぁ間違いないって」

「ほんとかよ……」

 自信たっぷりに微笑んでいる遥を、不信感たっぷりの目で翔子は見ていた。

 そうこうしている内に駅に着いて、二人は電車を降りて駅舎を出た。

 歩いていると、バスから降りてくる委員長の姿が目に入った。

「高倉さん!」

 翔子が声を掛けると、委員長は立ち止まって振向き、笑顔で小さく手を振っている。

「おはよう」

「おはよう」

 笑顔で挨拶を交わす翔子の後ろから、

「おはよう……」と、遥が気まずそうに挨拶した。

「昨日は御免ね、ほら、遥も……」

 遥は翔子に押し出されて、

「ごめんなさい……」と、恥かしそうに小さな声で謝った。

「ううん、そんな、大丈夫よ、全然気にしてないから……」

 微笑んでる委員長に、

「また、一緒に行こうね」と、翔子が誘うと、

「ええ……」と、少し頬を染めて委員長が頷いた。

 学校へと向う道で、翔子の少し後ろを歩く委員長は、翔子との『二人っきり』のデートを妄想し、朝から異次元にトリップしていた。

 学校に着いて教室に入り、翔子の所へと三人は集まった。

「えっ、伊達さん?」

 狙う獲物の名前を聞いて、委員長は少し驚いた。

「らしいの、遥が言う事にはね……」

 半信半疑の疑いの目で遥を見ている翔子を、

「もう、私の言う事がぁ信用出来ないの」と、遥は唇を尖らせ睨んだ。

「信用しない訳じゃ無いけど、なんか、実感って奴が感じられないのよ」

「どう言う意味よ……」

「だって、伊達さんって、固いって言うか、強気と言うか……悪い意味じゃ無いけど、きついイメージが有るのよね……だから、そんな誘いに乗って来る気がしないのよ」

 窓際最後列に座る翔子が、窓際最前列に座る伊達をチラッと見ると、

「伊達さんとはぁ、初めてね、同じクラスになるの」と、遥もチラッと伊達の方を見た。

「あっ、そうよ、伊達さんとは初めてクラスが一緒になったのに、なんで遥にそんな事分かるのよ?」

「それはねぇ……」

 横目で不信感いっぱいに睨んでいる翔子に、

「独自のネットワークによって収集した情報と、過去に蓄積したデータベースを分析する事で出した結論なの」と、自信たっぷりに答えた。

「……なにそれ?」

「つまりはぁ、女の勘と言う奴ね」

「それが根拠なの!」

「女の勘はぁ、根拠に成らないとでも言うのぉ!」

「根拠って言葉の意味知ってるの!」

「失礼ね、知ってるわよ!」

「じゃ、仮に根拠だとして、どの程度の信憑性が確保出来るのよ!」

「何よそれ、そんなものが必要なの!」

「あ、あのね……」

 話が噛み合わない事に、疲れたように頭を抱えている翔子に、

「もうぉ、これだから理系は理屈ぽいんだからぁ……」と、呆れた様にそっぽを向いた。

「……理系とか、そう言う問題じゃ無いでしょうが……」

「翔子ちゃん、人と人との信頼関係にぃ、根拠だとか信憑性だとかの担保が必要なのぉ?」

「はぁ?」

「愛よ、一番大切なのは愛なのよぉ……」

「……話にならんな……あっ」

 何かを思い出した様に、盛り上がっている遥を放っといて翔子は委員長の方を向き、

「高倉さん、中三の時、伊達さんと同じクラスだったわね」と、尋ねた。

「ええ」

 頷く委員長に、

「伊達さんって、どうなの?その、誘いに乗ってくれそう?」と、翔子が尋ねた。

「ええ、そうねぇ……」

 委員長は暫く考えて、

「中学の時も、クラブには入って居なかったみたいだし……」と、自信無げに答えた。

「伊達さんってぇ、お嬢様なんでしょ?」

「えっ?ええ、旧家のお嬢様だって聞いているわ」

「なんか、苦手なのよねぇ……」

 困った様に腕を組んでいる翔子に、

「あら、翔子ちゃんだって、代々続く、由緒正しい久遠寺本家のお嬢様じゃない」と、遥が言った。

「ご近所のおじいちゃん達から『久遠寺のお嬢さん』とか『本家のお嬢さん』って、呼ばれてるじゃないぃ」

「もう、そんなんじゃ無いわよ、昔の庄屋筋らしいけど、結局はお百姓さんなんだし、それに今は土建屋さんなんだから」

「ほらぁ、社長令嬢じゃない」

「なんか、思いっ切り馬鹿にされてる気がする……」

「なんでよぉ」

「それ程、私に似合わない言葉は無いわ」

「じゃ、逮捕令嬢」

「犯罪者かぁ!私はぁ!」

「捜査令嬢はぁ?」

「……もう良い……」

 そうこうしている内にチャイムが鳴り、遥と委員長は自分達の席に戻った。

 一時間目が終了し、三人は再び翔子の所に集まった。

「とりあえず、お手洗い行こうか」

 翔子の提案に三人が頷き、教室を出た。

「どうかしたのぉ?」

 元気の無い翔子に遥が尋ねると、

「うん……伊達さんって、何か話し辛いのよねぇ……」と、力無く翔子が答えた。

「確かに、そんな雰囲気有るわねぇ」

 後ろに着いて来ている委員長に振り向き、

「高倉さん、伊達さんって中学の時はどうだったの?」と、翔子が尋ねた。

「ええ、友達は沢山いたみたいだけど、私は、ちょっと苦手だったかな」

「そっかぁか……あっ、伊達さんって、ハーフなんでしょ?」

「ええ、お母様が確か、ルーマニアの人だって聞いてるわ」

「それで……あんなに美人さんなんだぁ……」

「そうね、肌も白くて綺麗だし」

「なんか、羨ましいね」

「ふふふ、そうね」

 伊達の事を褒めている翔子の顔を見て、隣の遥が、

「混血の人って、ある意味チートよねぇ」と、不機嫌そうに唇を尖らせる。

「なによ、チートって」

 苦笑いを浮かべて訊ねる翔子に、

「だってぇ、外国の人の派手な顔立ちだと、灰汁(あく)が強すぎるでしょ」と、人差し指を立てながら遥が説明し始めた。

「灰汁?」

「それに比べてぇ、日本人の顔は地味で華やかさに欠けるのよねぇ……」

「地味って……」

「だからぁ、二つを足して割ったぐらいがちょうど良いのよねぇ……」

「カルピスみたいに?……」

「何よぉ、それ?」

「いや、原液だと甘すぎるから水で割るとちょうど良いやつ……」

「……それが、何か?……」

 冷やかな下からの目線で睨み付ける遥の迫力に押され、

「いえ、何でもありません、どうぞ続けて下さい……」と、翔子が気不味そうに目線を逸らした。

「つまりはぁ、ずるいと思わない?」

「ずるいって、何が?」

「良い所どりしてぇ、ずるいと思わない?」

「いや、別にずるいとは思わないけど……」

「いいえ、絶対にぃずるいわよ!」

 頬を膨らませて一人先に行く遥の後姿を見ながら、翔子と委員長は、遥が何故不機嫌なのか分からずに戸惑っていた。

 トイレに着いて、各自が空いている個室に別れ、事を済まして手を洗っていると、伊達が二人の友人と共にトイレに入って来た。

 別に挨拶をするでもなく素通りする伊達の後ろから一緒に入って来た二人は、翔子に微笑みながら小さく会釈した。

 翔子も、微笑を返して軽く会釈して見送ると、

「はぁ……」と、翔子が溜息を付いた。

「どうかしたのぉ?」

「同じ誘うんだったら、もう少し話をしやすい子にしない?」

「伊達さんじゃ駄目なのぉ?」

「だって、声も掛け難いもの……」

「でもぉ、声を掛け易い子はぁ、既に誘って断られた後よ」

「そうだったわねぇ……」

 教室へと向かっている時、

「でも、勘でも何でも、遥は何で伊達さんだと思ったわけ?」と、翔子が尋ねた。

「やっぱり、雰囲気とかぁ……なんて言うかぁ、分かっちゃうのよねぇ……同じ匂いがするって感じで」

「……」

「それに、高倉さんの時にも敏感に反応したでしょ」

「えっ?何のこと?」

「高倉さん誘ってトイレに行った時、島津さん達と来たじゃないぃ」

「あっ…確かに……」

「あの時、伊達さんはぁ島津さんの後ろでぇ、じっと翔子ちゃんに熱い目線を送っていたわ」

「ははは……素晴らしい観察眼ね……」

「ねぇ、高倉さんもぉ、そんな感じしない?」

「えっ?」

 遥に、急に振られて委員長は少し戸惑いながら、

「ええ、そうね……何時も一緒に居る、畠山さんと島津さんは、久遠寺さんの事を気にはしてるみたいだけど」と、自信無げに答えた。

「えっ?そうなの?」

 驚いている翔子に、

「ほら、あの三人はぁ、絶対に翔子ちゃんのファンクラブなのよ」と、自論を裏付けられて遥が自信たっぷりに言った。

「でもぉ、島津さんは陸上部、畠山さんはバレーボール部だからぁ、誘え無いしねぇ」

「だから、伊達さんか……」

「もしかして、ツンデレさんかもよぉ」

「ツンデレって……」

「きっと、あの手の子は、はまると濃いわよぉ」

「何処にはまるのよ……」

 二時間目の授業中。

「ん?」

 斜め前二つ隣に座る遥が、なにやら腕を組んで深く考え込んでいた。

 ノートも取らずに考え込んでいる遥を見て、「何やってんのよ……」と、翔子は少し心配になった。

 二時間目の授業が終わり、二人は再び翔子の所に集まって作戦会議を開いていた。

「遥、何やってたの?さっきの授業中、ノートも取らないで」

 翔子に尋ねられて、

「……うん……」と、遥は曖昧に頷いた。

 そんな遥の態度を見て、

「……どうかしたの?」と、翔子が心配そうに尋ねた。

「……やっぱ、止めない?」

「えっ?なにを?」

「伊達さん誘うのぉ……」

「えっ?」

 意外な遥の言葉に二人が驚き、

「何でよ」と、翔子が尋ねた。

「……だってね……」

 そう言ったきり黙ってしまった遥に、

「だって、何よ……」と、翔子が訝しげに遥の顔を覗き込む。

「……だってぇ、伊達さん、綺麗なんだもん……」

「……はぁ?」

 益々、遥の言葉の意味が分からずに二人が遥を見ている中、遥は不機嫌そうに唇を尖らせていた。

「……あのね……遥が言い出したんでしょ、伊達さん誘うって」

「……でもぉ……」

「それに、何よ、綺麗だからって、何がいけないのよ?」

「……」

 黙り込む遥の心の中に「だって、翔子ちゃん、取られちゃうかも……」等と不安な気持ちが湧き上がっていた。

 しかし、そんな事を言える訳も無く、遥は黙ったまま頬を膨らませていた。

「ああ、もう、考えていても埒が明かないわ」

「あっ、翔子ちゃん」

 煮え切らない遥を他所に、翔子が立ち上がって、

「とにかく、行って来る」と、伊達の方へと向かって行った。

「もう……」

 怒った河豚の様に頬を思いっきり膨らませて翔子の後姿を睨んでいる遥を、委員長は心配そうに見ていた。

 伊達の所に向かう途中「どう切り出そうかな……取り合えず、お昼休みに部室に来てもらおうか、いや、放課後の方が良いかな?」等と考え「ああ、もう!……どうしよう……」と、勢いだけの行き当たりばったりの自分に後悔しながら「とにかく、やらなきゃ、このままだとSMの女王様、失敗したら女王様、駄目だっだら女王様……」と、脅迫観念に押し潰されそうに成るのを耐え、伊達の所に着いて「よし……」と、度胸を決め「後は野となれ山となれ!」と、開き直った。

「あっ、久遠寺さん……」

 伊達の机の前にいる畠山と島津が翔子に気付いて少し頬を染める。

「あ、ごきげんよう」

「ごきげんよう……」

 嬉しそうに挨拶をする二人の前で、

「何か、御用かしら?」と、伊達が素っ気無く訊ねた。

 伊達の、二人とは違う態度に違和感を覚えながら、どの様に話せば良いのか分からないが、取り合えず、前回の成功例である委員長の時の様に誘う事に決めた翔子は、

「あの、少しお話があるの」と、斜め横45度の角度で流し目を決め、前髪をかき上げながら翔子が切り出した。

「お話?」

「ええ」

 座っている伊達の耳元に顔を近付け、

「今日、放課後、時間あるかな?」と、甘い声で訊ねた。

 そんな翔子に見惚れて二人は頬を更に赤く染めたが、

「有りません」と、伊達は愛想無く答えた。

「……」

 行き成り、終止符を打たれて固まっている翔子に、

「私、色々と予定がありますの」と、再び素っ気無く言い放った。

「あ、あの、それじゃ、お昼休みは?……どうかしら……」

 最初とは違い、余裕無く戸惑いながら訊ねる翔子に、

「今、出来るお話なら、今、聞きますけど」と、伊達は少し苛立った様に答えた。

「えぇと……」

すずちゃんたら……」

 戸惑っている翔子を、島津と畠山は苦笑いを浮かべながら見ていた。

 部員を確保しなければ成らないと言う使命感(脅迫概念)に駆られる翔子は「前に進むしか無い!」と、決意し、

「あの、伊達さん!」と、再び伊達に迫る。

「何ですの?」

「茶道部に入ってほしいの」

「お断りします」

「あっ……」

 再び、間髪入れずに終止符を打たれて、翔子は言葉に詰まった。

「あ、あの……」

「話は、それだけかしら?」

「ええと……」

「何かしら?」

「あ、いえ、それだけです……」

「では、ごきげんよう」

 軽く会釈してから、次の授業で使う教科書を鞄から取り出し始めた伊達を見て、

「……ええ、ごきげんよう……」と、未練はあった物の、話が進まない事を悟った翔子は諦め、とぼとぼと自分の席の方へと歩いて行った。

「鈴ちゃんったら……」

 苦笑いを浮かべる島津に、

「何かしら?」と、伊達が何の事かと惚けた様に訊ねる。

「断るにしても、もう少し……ねぇ……」

 同意を求める様に島津が畠山の方を見ると、

「ええ、そうねぇ、もう少し、ねぇ……」と、畠山が頷く。

「あら、もう少し、どうすれば良かったのかしら?」

「もう、鈴ちゃんが、久遠寺さんの事、余り良くは思っていないのは知ってるけど……」

「私も、久美ちゃんと静香ちゃんが、久遠寺さんに好意を寄せている事は知っていますけど、私は無駄に時間を浪費したくありませんの」

 そんな伊達を見て、二人は顔を見合わせて、諦めの溜息を付いた。

 帰って来た翔子に、

「どう……だった?……」と、駄目だった事は翔子の様子を見て直ぐに悟ったが、取り合えず遥は聞いてみた。

「……駄目だった……」

「駄目って……」

「もう、これ以上無いぐらい、きっぱり、ぽっきり、ばっさりと断られた……」

 力無く答える翔子に、

「えっと、その、少しの可能性も無く?」と、委員長が遠慮気味に尋ねた。

「全然……可能性なんて、微塵も無い……」

「微塵はぁ無くてもぅ……」

「それ以前にやった……」

「……」

 遥の言葉を途中で遮り、翔子は自分の席に着いて、

「……遥、どう言う事よ……」と、遥を睨んだ。

「えっ?」

「えっ、じゃないでしょ、遥が言い出した事よ」

「う、うん……そうだけど……」

「もう、何よ、絶対に大丈夫って言ってたくせに、女の勘だなんて当てにならないじゃない」

「……ごめんなさい……」

 何時にも無く、怖い顔で講義する翔子に、遥は申し訳なさそうに首を竦めながら誤った。

「嫌だったのに……勇気を出して決行したのに……こんな情けない事って……」

「翔子ちゃん……」

「久遠寺さん……」

 今にも泣き出しそうな顔で、拳を握り締めながら震えている翔子を心配して、二人が声をかけると、

「絶対に嫌ようぅ!女王様なんてえぇ!」と、叫びながら翔子が立ち上がった。

「翔子ちゃん……」

「久遠寺さん……」

 涙を流しながら天井を見上げる翔子を、哀れみ半分、呆れる事半分で二人は見ていた。

 三時間目の授業中。

 今度は翔子が、心此処に在らずの状態で、ノートも取らずに呆けている。

 翔子は、凹凸の乏しい体型で、SMの女王様の姿をした自分を想像していた。

 それは、鉛筆に赤いビニールテープをグルグルに巻き付けた様な姿だった。

 そんな自分を想像して「だ、駄目……絶対に駄目……」と、絶望感に押し潰されそうになっていた。

 そして「やっぱ、処理しとかないとヤバイかな……胸は詰め物をした方が良いかなぁ……」と、少しは現実的に前向きな考えも浮かんだが「いや、絶対に嫌よ!そんな格好で人前に出たら、私は社会的に自殺する事になるのよ!学校にも居られなくなるのよ!」と、自分の将来に絶望的な恐怖を覚え、更に「それに、こんな事、お父さんやお母さん……お兄ちゃん達にばれたら、家にも居られないじゃない!まって、それより、お爺ちゃんにばれたら……確実に久遠寺家から抹殺される……」と、身の危険さえ孕んだ悲壮感を膨らませてしまった。

 三時間目の休み時間。

 抜け殻の様な翔子の所に二人は集まって来た。

「翔子ちゃん……」

「……」

「久遠寺さん……」

「……」

 魂が遠くに行ってしまったかの様な翔子に、二人は心配そうに声を掛けるが、翔子は黙って焦点の合わない目で遠くを見ていた。

「このままだと……やっぱり、コスプレかしら……」

 ぼそっと呟いた遥の言葉に、翔子がビクッと反応する。

「久遠寺さんが、女王様……」

 嬉しそうに呟く委員長の言葉にも、翔子はビクッと体を震わせる。

「この際、仕方が無いわね……」

 腕を組みながら、難しい顔をしている遥の言葉を聞いて、

「そうねぇ……」と、委員長は薄笑みを浮かべながら頷いた。

 委員長は「でへ、でへ……翔子様……夢にまで見た、女王様……でへ、でへ……」と、脳内に高笑いと共に鞭を振るう翔子の姿を浮かべ、その凛々しい姿に陶酔した時、

「おっと……」と、思わず零れた涎を、慌てて取り出したハンカチで押さえた。

「?……どうかしたのぅ?」

 遥が、そんな挙動不審な委員長の顔を覗き込むと、

「あっ、いえ、な、何でもないの」と、委員長は慌てて笑顔でごまかした。

 四時間目が始まっても、翔子は遠くに行ったままだった。

 そして、お昼休み。

 二人は夢遊病者の様にふらふらと歩く翔子を連れて、茶道部の部室までやって来た。

 ぽかんと口を開けて焦点の合わない目で遠くを見詰め、全くお弁当に手を着けない翔子を見ながら、二人はお通夜の雰囲気で食事をしていた。

 「翔子ちゃん、お茶いる?……」

 食事が終わって、遥がペットボトルを差し出した時、

「よし」と、言って翔子が腰を起こした。

「えっ?」

 二人がハモりながら、翔子を見ると、

「これより、緊急対策会議を始めます」と、翔子が二人に向かって宣言した。

「対策?……」

「会議?……」

 何の事かと二人が翔子を見ていると、

「遥、他に誘えそうな子居ないの?」と、翔子が切り出した。

「えっと、他にってぇ……」

「もう、この際、色仕掛けでも何でもやってやろじゃないの!」

「しょ、翔子ちゃん?」

 翔子は拳を握り締めながら、

「黒服上等!そんな程度で、女の子を落とせるなら着てやろうじゃないの!」と、力強く決意した。

「だから、誰か、伊達さんの他に可能性がある子、居ないの!」

「誰かって……ねぇ……」

「えっ、ええ、そうねぇ……」

 遥に急に振られて、委員長が戸惑っていると、二人の様子を見ていた翔子の中に不安が大きく膨らみ始めた。

「思い当たらないわねえ……」

「そうねぇ……」

 考え込んだ二人を見て、膨らみ続けた不安に耐え切れず翔子の中で何かが外れ、

「わあぁぁん!絶対に嫌ようぅ!女王様なんてえぇぇ!」と、突然大声を上げて泣き出した。

「翔子ちゃん!」

「久遠寺さん!」

 二人が驚いている中、

「嫌あぁぁ、絶対にいやあぁぁ!」と、翔子は机に突っ伏して泣き叫んでいた。

 泣いている翔子を何とか二人は宥め、

「ほらぁ、涙拭こうねぇ……」と、遥がハンカチを取り出して翔子の涙を拭いてやった。

「ひっく、ひっく……」

「落ち着いた?」

「ひっく、ひっく、うん……」

「もうぉ、大丈夫ねぇ?」

「ぐすっ、ぐすっ、うん……」

「じゃぁ、食事、ちゃんと食べなきゃねぇ」

「ひっく、ぐすっ、うん……」

「はい、お口を開けて、あーん……」

「あーん……」

 遥が、甘えん坊にご飯を食べさせる様に、ウインナーを翔子の口に運ぶ姿を見て、

「……」委員長は少し複雑な心境だった。

「……とにかく……」

 食事を終えて、気を取り直した翔子が、

「他に誘えそうな子、心当たり無いの?」と、二人に尋ねた。

「この際、手段は選ばないから」

「そうねぇ、誰かぁ……」

「ううんと……」

 縋る様な目で見ている翔子の期待に応え様と、二人は対象の相手を模索していた。

「武田さん……は、どうかな……」

 自信無げに尋ねる委員長に、

「……駄目ね、武田さんには春日さんが居るから……」と、腕を組んだまま遥が答えた。

「……そうかぁ……じゃ、織田さんは?」

「絶対に駄目!あの子ぉ、ガチよ」

「えっ、そうなの?」

「危険よ……」

「だね……」

 解読出来ない二人の会話を、キョロキョロと二人を見ながら心配そうに翔子が聞いている。

「加藤さんはぁ……駄目かぁ……翔子ちゃんと、被るかぁ……」

「そうねぇ、どちらも“タチ”だもんねぇ……」

「な、なによ……タチって?……」

 異次元の会話に翔子が割って入ると、

「気にしないで」と、遥があっさりと切って捨てた。

「そう言えばぁ高倉さん、中学三年生の時、三組だったわね?」

「ええ、そうよ」

「じゃぁ……大内さんって知ってる?」

「大内さん、ええ、知ってる……あっ、小早川さんとの噂の事?」

 委員長の目がキラリと光り、

「ええ……」と、遥は目を好奇心に輝かせた。

 そんな二人を見て、

「えっ?えっ?噂?」と、薄気味悪い笑みを浮かべて見詰め合う二人の様子が理解出来ず、翔子は再びキョロキョロと二人を見回している。

「あの噂……マジよ」

「えっ、リアルなのぉ」

「Yes It is reality」

「えっ?えっ?なに?」

 戸惑っている翔子に、遥が振り向き翔子の耳元に顔を寄せて、

「あの二人ぃ、一線を越えたらしいのぉ……」と、口元に意味深な笑みを浮かべ囁いた。

「へっ?」

 何の事か理解出来ない翔子が委員長の方を見ると、委員長も口元に意味深な笑みを浮かべながら、こくこくと頷いている。

「えっ?……」

 意味が分からずに眉間にしわを寄せている翔子に向かって、

「去年、中等部の修学旅行に行ったでしょ」と、委員長が話し出した。

「その時ね、伊達さん達3人と私と大内さんの五人が、同じ部屋だったの」

「うんうん……」

 好奇心いっぱいに目を輝かせた遥が委員長の方へと身を乗り出した。

「修学旅行最後の夜、消灯時間が過ぎて、私も皆も眠っていた時なの」

「うんうん……」

「何か、物音がして私が目を覚ましたら、大内さん、居なくって……」

「うんうん、それでぇ……」

「朝まで帰って来なかったの」

「おお……」

「かっ、帰って来なかったって……」

 戸惑いながら聞き直す翔子に、

「私達のぉクラスの小早川さんもぉ、朝まで帰って来なかったってぇ、同じ部屋の子達が言ってたのぉ」と、目をキラリと光らせ遥が説明した。

「でも、それって……先生に報告しなかったの?」

 不思議そうに訊ねる翔子に、

「それがねぇ、トイレかなぁって思って、夜はそのまま寝ちゃったらしいの」と、遥が説明した。

「うん……」

「朝も居ないんでぇ、少しおかしいなって思ったらしいんだけとぉ、お風呂に行ったのか、顔を洗いに行ったのかも知れないしぃ、別に気にはしてなかったみたいなの」

「そうなの……じゃ、あの、えっと、その、二人は?……」

 翔子が戸惑いながら委員長の方に振り向くと、

「それでね、朝食の時間になって、二人がそろって食堂に現れたの……」と、委員長が話を続けた。

「おお、朝帰りぃ!」

「その時の二人は、まるで二人で一つの存在で在るかの様に、仲睦まじく腕を組んで寄り添って……」

「うんうん……」

「互いに見詰め合う目は……大人の目をしていたわ……」

「きゃあ……」 

「そそそそそ、それ、それって……」

「翔子ちゃんは黙ってて、良い所なのぉ」

「……」

 睨み付ける遥に言葉を遮られ、池の鯉の様にぱくぱくと口を開けている翔子を無視して、

「それで……」と、遥が再び委員長の方に身を乗り出した。

「それでね、食事が終わって、集合時間までに間時間があったでしょ」

「うんうん……」

「その時、見たの……私……」

「なにを……」

 遥が更に身を乗り出すと、

「人気の無い旅館の裏庭でね……」と、委員長も遥の方へと身を乗り出す。

「二人が口付けをしている所を、見ちゃったの」

「きゃあぁ!」

「えっ、ええぇ!くくくくくく、くっちづけえぇ!」

「うるさい!」

「……」

 遥に、鬼の様な形相で睨まれ、翔子は黙ってしまった。

「あれは……入っていたわね……」

「尋常では無かったとぉ……」

「ええ、第一、お互いの手は……相手のスカートの中で……」

「愛撫していたとぉ……あそこを……」

「うん……」

「あっ、あっ、あう、あう、あう……」

 自分の知らない世界を垣間見て、その衝撃の事実に打ちのめされた翔子が、言葉にならない声を上げて興奮しているのを、

「どぉうどぉう、おちつけぇ、どぉうどぉうぅ……」と、遥が背中を撫でて落ち着かせた。

「それで……」 

 翔子を落ち着かせた遥が再び委員長に振り向く。

「それでね、帰りの飛行機の中で二人は……」

「うんうん……」

「硬く手を握り合ったまま寄り添って……」

「うんうん……」

「思いを遂げた満足感に浸っていたの……」

「うっほほいぃ!」 

 意味不明な雄叫びを上げている遥に向かって、

「そそそそ、その、その二人って、今、何組よ!」と、翔子が尋ねた。

「あっ、二人は、高天には居ないわよ」

「えっ?」

 二人が驚いて委員長の方を見た。

「二人とも、ご家庭の都合で別々の高校に行ったわ」

「ご家庭の都合?」

「ええ」

「お父様が転勤になったの?」

「ううん、リストラ」

「あちゃ……」

 世間の厳しい現時を実感して、三人は黙ってしまった。

「こうして、考えているとぉ、居ないものねぇ……」

「そうねぇ……」

「女子校だからってぇ、その手の子が多い分けじゃないもんねぇ……」

「そうねぇ……」 

 難しい顔をして居る二人を見て、

「だ、駄目なの?……居ないの?……」と、翔子が泣き出しそうな顔で尋ねた。

「ううむ……」

「ううん……」

 二人が更に難しい顔をすると、翔子に絶望の二文字が大きく圧し掛かった。 

 

 



I My 模糊![曖昧模糊(あいまいもこ)]


意 味:「曖昧」も「模糊」も同じ意味で、物事の本質や実体が、ぼんやりして何かはっきりしない様子を二つの言葉を重ねることによって、より強調した熟語。



最後まで読んで頂いてありがとうございました。

感想等一言添えて頂けましたら幸いです。

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